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家から学校までの道のりは、約二キロ。自転車通学なので、時間にして十分足らずだ。
始めは大通り沿いに進み、三分の一程進んだらゲオの手前で左折。以降は小道になる。小学校の通学路にもなっているこの道だけど、同じ県立神栖商業高校の生徒は見たことが無い。
今日までは。
その少女の歩き方は、止まりかけのオルゴールの様にゆっくりしていた。十字路、丁字路でスマホを見たら、ゼンマイを巻き直したようにまた歩きだす。
基本、人見知りなので、遠慮無く追い越させて貰った。登校中なのに、腰に携帯ゲーム機ゲーム・スフィアをつけている人物に碌な奴はいない。
けど、すれ違った時の様子を思い出して引き返す。
「迷っていたから助けなくちゃ」と親切心を抱いたのは嘘じゃない。でも、一番心を締めたのは「正面は、どんな顔なのかな」と湧いた興味だ。
しゃしゃっと、ペダルを漕いで正面で停止。緊張で懐中時計を握りしめながら、意を決して一言。
「道に迷ったんですか?」
後で相手の身になって考えたら、いくらセリフに親切が滲んでいても不審だったかも。だけどボクは、舞い上がっていて気づけなかった。
鼓動を打つ心臓は、正面から見た推定迷子少女をみてさらに高鳴る。
肩まで伸ばした髪は、天然っぽい自然な色合いの茶色。前髪は真ん中より向かって右で分けられている。過剰に薄くしていない眉。猫のように大きな眼が、焦茶色の虹彩を輝かせる。やや大きめで筋が通った鼻梁。リップをしていない薄桃色の唇がちょっと開いて、奥にプラスチックのようにつるりと白い歯が覗く。顎は、親指と人差指で、くいっと上げたくなる程度。
うわっ可愛い。
校章バッチは二年生。一つ年上か。ちょっと残念。なんて感想を抱いたところで、相手の瞳が、こちらの姿を下から上へと探るように動いた。
「あぁ、商業の生徒か」
安心したような「あぁ」だった。間違っても、バカにしている響きはなかった。
安心感がこちらにも伝染り、続きの言葉を出せる自信が湧いてきた。
「あの、もし、商業に行く道がわかんなくなっちゃったなら、教えてあげようかなって。あ、ほら、ボクも商業生だから」
必要もないのに、証明するようにブレザーの「C」マークを強調してみたりして。
「ありがとう。じゃあ、お願い」
「まず、あそこに見えるコンビニの丁字路は左で。道沿いに進むと――」
スマホがあるから、もしかすると案内は無用かも知れない。だけど、「人に教わったほうが分かりやすいはず」と自分を説得しながら説明する。きっとたどたどしかったことだろう。
「あそこを左――、――次が右で――」
なのに、先輩はいちいち復唱しながら聴いてくれた。
「で、坂を上がりきったら左手に校門があります」
「左手に校門」
「大丈夫そうですか」
「うん、OK。本当にありがとね」
「じゃあ、ボク行きます」
爽やかな好青年に見えますように。心で祈りつつ左手を上げて、ボクは颯爽とその場を去る。
冬が近づいているっていうのにじめじめと濡れた壁面。覆いこむように伸びる木々。その下を登る細く長い上り坂。いつもは、ここを自転車を押しながら登るのは苦行でしかないのに、今日は全く気にならなかった。
だけど、ボクは大きな失敗をしていた。
朝のテレビで聴いた歌を軽く口ずさみながら、自転車置場で鍵を掛けている途中で思い至る。
「道を教えるんじゃなくて、一緒にくればよかったんだ」
さっきまでの高揚感が一気に醒めた。
靴箱で上履きに履き替えている時、さらに追い打ちをかける。
「名前くらい聞いておくべきだった」
この、がっかり感は、二時間目が終わるまで続きそうだ。