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目が覚めた。でも、目覚まし時計を止めた記憶が無い。妙に頭がスッキリしているから、寝ぼけてはいない。それもそのはず、
「ぴぴっ」
時計は、今鳴った。
目覚まし時計より先に起きてしまった。
損した気分を感じながら、朝の日課を始める。部屋を出るとき、懐中時計も忘れない。
「おはよう」
「おはよう一二三」
ダイニング・キッチンでは、既に姉さんが朝食の準備を済ませていた。昨日はご飯だったから、多分今日はパン。
テーブルの上には、カリカリベーコンとセットの目玉焼き。ついさっき、コトリと置かれたマグカップのコーヒー。そして、マーガリンが絞ったらにじみ出そうなくらい染みた、パン二枚。
「ジシンで目が覚めた?」
「自身? うん、自分自身で、目覚ましより先に起きちゃったよ」
変な聞き方だなと思いながらボクは椅子に座った。
「そうじゃなくて、地面が揺れる地震」
「地震があったんだ」
どおりで、自覚もないのに目が覚めるはずだ。
「気が付かなかったの? 結構揺れたけど」
「言われてみたらそんな気が」
やれやれと溜息をつきながら、姉さんも向かいに座り、二人揃ってテレビを見ながら、しばしの静寂。
「今日も遅いの?」
コマーシャルになったところで、姉さんがまた話しかけてきた。もうすぐ文化祭なので、美術部員のボクは展示用の油絵を目下作成中。ここ最近、帰ったら飯・風呂・眠る状態だった。
「うん、あと一週間くらいは遅い予定」
「そっか。涼しくなってきたから、夕飯はラップ掛けてテーブルに置いとくね」
「わかった」
待ってて欲しいわけではないし、欲しくても「待ってて」とは言えない。
両親を事故で失い、ボクと姉さんの生活資金は、もっぱら死んだじいちゃんの不動産資産でまかなっていた。羨ましがられるけど、その資金は最低限の生活分だけ。ちょっとは小遣いだって欲しいので、姉は大学生とアルバイトを、二重生活的な勢いでこなしているのだ。ボクの小遣もそこから捻出されているとなればなおのこと、頭が上がらない。
二枚目を食べ終え、残りの準備を完了させて、亡き祖父が残してくれた遺産の一つ「十六十コーポ日川」から学校へ出発する。
「いってきます」
「いってらっしゃ――」
姉の声を聞き終わる前に、扉が閉じきってしまった。
地震以外はいつもどおりの朝。これから、いつもどおりの高校生活がコンティニューされる。
はずだった。