あの店のあのあれ
「あの店のあれがすっごく美味しいってさ」
食べた事はないが、SNSやら周囲の情報やらテレビとかで手に入れた朗報を語る。
「今度あの店に行ってあのあれを食べてみない?」
御子柴は1人で行くのもつまらないから、友達を誘うのである。
しかし、それは建前で、情報をもらったがどの店のどの何かというのを忘れてしまった。
誰か覚えているだろうと、しかして、それを話しておいて訊くのは恥ずかしい。
誘う3人の中で誰かが分かるだろう。きっと、たぶん。
「わーっ、いいねぇ。日曜日でどう?ショッピングの後で、あの店のあのあれを食べたいなぁ」
迎、純粋におでかけしたいだけである。
お昼に何を食べたいかなんて、後回し。一体なにが美味しいのかはちょっと気になる程度。
「あの店のあのあれ。美味しそうだったよね。評判良いらしい」
嶋村。御子柴の話を合わせるつもりで乗っかる。当人も、
『どのお店の、どのあれだっけ?』
ま、御子柴が知ってるんだし、案内してもらえればいいかー。
「待ち合わせ場所はどこにしようか。近いのは△△△駅?」
川中。御子柴や嶋村と同じく、知った風な口ぶり。自分達が待ち合わせによく使う駅を提案。そこならまず迷わない。一緒に行けばいい。
「そうね。いつものところ、10:00にしましょ」
迎や川中、嶋村が知ってそうだし。マジで旨そうなのに住所や店の名前を忘れたなんて言えないし
「さんせー、あの店のあのあれ、食べてみたーい」
御子柴が誘っているから、御子柴に付いて行けば、あの店のあのあれが分かると思う。
「楽しみだねー。美味しいのかな、あの店のあのあれってー」
あの店のあのあれを知っている御子柴と迎、川中なら、間違いはないでしょー
「予算は多めに、奮発しちゃおー」
みんなとお出かけは楽しみだなぁ。
◇ ◇
当日、
「…………それじゃあ、行こうか」
「うん」
10:00前に来たみんな。固まり始める。
「……………あの」
「なに?」
「御子柴ちゃん?」
なぜか4人共。立ち止まる。
「………」
ヤバイ、私。結局あの店がなんなのか分からないし、アレってなんなの?
「あの店に行くんだよねー。あれを食べにー」
どの店だ?みんな、誰かしら知ってるんじゃないの?
「うんうん。その前に買い物を済ませて、小腹を空かせよう」
「そうだよね。あの店のあれを食べるわけだし、お腹は少々空けておかないと」
あれってなんだろ?御子柴ちゃんの言っているあれってなに?
店を知っているんじゃないの?ねぇ、御子柴。
私、知らないんだけど。あの店ってなに!?あのあれってなに!?
「ショッピングするならここから○○○駅に行こうね」
「そ、そうね。○○○駅に、たぶん、あの店があるわけだし」
あるのよね!?あるんでしょうね!?
「え?あの店って○○○駅から行けるの?」
「え?川中、どうなの!?」
「あ。ごめん!ショッピングが先だもんね!」
違うのか!?
あーっ、どこなんだ。そして、何を食べるべきなんだ。
「あーーっ」
「えーーっ」
「うーーっ」
ショッピングを楽しみながら、刻々と時間は正午に近づいていく。カゴに入っていく品物の金額分だけ、御子柴達に不安が走る。口走って、御子柴が尋ねる。
「あの店ってどこのこと?あのあれってなに?」
「知らないわけ?御子柴」
「そーいう迎はどーなのよ。あたし、知らないから」
「1抜けか、嶋村!どーしてこうなった!?」
結局、なんだったっけ!?あの店の、あのアレって……
そんな時だった。
「ねーねー、御子柴ちゃん」
「どうしたのよ、川中」
何も知らずか、それとも知っていたのか。
「ほら!みんなが言っていた、中華料理屋の冷やし中華。まだあるってー!もう食べよーよ!あの店のあのあれなんだから!」
その天使の微笑みと、お告げから繰り出される救済の話。3人は川中に祈りながら、
「「「いただきます!」」」
ようやく、それがそうだと。そう誓って思い、中華料理屋に入るのであった。
◇ ◇
「誰が中華料理屋の冷やし中華を食べようって言った!?」
その日の夜のこと。とある男性陣4人はなぜだか冷やし中華を食べるために出歩いていた。店なんか閉まっている時間帯にだ。非常に醜い言い争いをしながら
「夜の中華料理屋の冷やし中華が旨いって言ったのは、相場だろ?」
「いや、そんな話してねぇよ!?人のせいにするな、舟!」
こんな時間に冷やし中華を食いに行くバカがどこにいる。
「俺達の事だな」
「四葉!すまし顔をするな!くっそーー!なんだった!?」
「俺達はなにをするため、こんな夜中に集まったんだ!!」
どこかに行く予定だったんだよ。忘れてしまった。書き換えられてしまった。あの店のあのあれって呼んでいた。それだけ、学校では語れない、××××なお店であったはず。どこの事だっけ?伏字のせいだ。
「クソーー!冷やし中華なんて食べられるかーー!」
「なんでこうなったーー!」
絶叫と憤怒に満ちる相場と舟。
「まぁそう言わず、ラーメンの屋台見つけたから食べようぜ」
「俺もそれでいい」
付き合いのつもりであった、四葉と坂倉はラーメンの屋台を見つけ
「親父さん、冷やし中華を頼める?」
「同じく。冷やし中華が良い」
「うち、ラーメンが売りなんですけど?どーしたんです、学生さんが集まって」