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正しい世界の壊し方

 俺は家に帰ってきていた。なぜならキャンプをするための用意をしなくちゃいけないからだ。今日世界は滅びる。それは変えようのない事実だ。でも俺はそんなことなんて忘れているかのよう楽しそうに準備を進める。


「そうかい、じゃあお友達と過ごすんだね、でもよかったよ。あの頃みたいにただ生きているだけではないみたいだし」

「ええそうね、やりたいことがあるならやりなさい、それがあなたの幸せなんだから」

「うん、やっと俺は生きてる意味が見つけられたよ」


 少し前の自分では考えられないことだが、俺は今生きていると感じている。


「そっか、もう行くのか、じゃあ忘れ物はないか?」

「うん大丈夫。じゃあ行くね、もう帰ってはこれないけど」


 俺はドアの前でおじさんとおばさんに最後の挨拶をする。


「うんいってらっしゃい」

「気をつけるんだぞ」


 俺はドアを開けこの家を出る。でも最後に一言、言わなくちゃいけないことがある。これはとっても大事なことだから今言わなきゃいけない。


「行ってきます。父さん、母さん」


 俺はそういってドアを閉めた。






「父さんか、やっと言ってくれたな」

「ええ、なんでかしらね嬉しいはずなのに、とっても嬉しいのに涙が止まらないの」


 部屋にはリビングのボロイテーブルに座る二人の姿があった。


「そういえば覚えてるかこの机」

「ええ、今でも昨日のように思い出せるわ、たくみが来る前の日にこんな小さな机じゃ三人で飯が食えん!


 早く大きな机を買わなきゃ! って急いで買ってきたものだもんね」


「そうだったな、もうあの日から十年か、このテーブルもボロくなる筈だ」

「ええそうね、あんなに小さかったたくみがあんなに大きくなるんだもの」

「なぁ、私たちはちゃんと親を出来ていたのかな?」

「どうでしょうね、でもたくみはどこに出しても恥ずかしくない私たちの息子ですよ」

「そうだな、たしかにそうだ。あいつは自慢の息子だよ」

「そうそう、そういえばこんなこともありましたよね」


 その日その部屋から明かりが消えることはなかった。その部屋からは最後の瞬間まで幸せそうな声が辺りに響いていた。






「遅い! 何分待ったと思う? 二十七分よ! 秒数にすると千六百二十秒よ!」


 教会にはもう三人の姿があった。


「いやだから秒数にする必要なくね?」

「だってなんか秒数にするとすごく待った気にならない?」


 そんなどうでもいい理由でそんな面倒くさいことをしていたのか、というかよくそんなに早く計算できるよな。


「まぁまぁそろったんだからいいじゃん、ほら早く行かないと時間が無くなっちゃうよ?」


「そうだよ、僕たちに残された時間は本当に短いんだから」


 そう、世界が滅びるまでもう十二時間を切っている。今日この地球は滅びるのだ。


「ほら早くしなさいよね! さっさとしないと置いてくんだから!」

「はいはい、んじゃ行こうぜ。もう忘れ物はないよな?」


 最後の確認、答えは分かっていた。でもこれが本当に最後だから、みんなに確認しないと少し不安だった。


「もうないよ、やることはやったさ」


 誇らしげに答えるリョウ。


「もうないわ、私は今完璧よ」


 自信満々に答えるミキ


「大丈夫だよ、私は今幸せだよ」


 笑顔で答えるユキ。


「たっくんはどう? 忘れ物はない?」


 俺は一度教会を振り返る。そうしてもう一度みんなの方へ振り返り、こう答える。


「ああ、俺はもう大切なものを忘れたりしないさ」


 そうもう忘れたりしない。この気持ちを、この思いを、もう二度と忘れたりなんかしない。








「ねぇ見てよ、星が何処までも続いているよ」


 右隣の少女がそんなことをつぶやく。


「そうだな、本当にどこまでも、どこまでも続いてるのかもな」


 少し離れた場所からこの年にしては大人っぽい声が聞こえる。


「あら、宇宙だって有限よ、どこまでも続いてるわけないじゃないわ」


 今度は左隣の少女がそんなことを呟く。


「おいおい、そんなことを言ったら風情もあったもんじゃないよ? こういうのは雰囲気を楽しむんだよ? ねぇタク?」


 いつも夢の中ではこの先を答えることは出来なかった。でも今なら自信持って言える。


「ああ、この星はどこまでも続いているさ。それこそ永遠に、だって永遠って言葉は本当に存在しているんだから」


 そう永遠はここにある。なくなった訳じゃない、ずっとここにあったんだ。気づかなかっただけだ。


「ああ、あともう五分で終わりだね」


 時計の針は十一時五十五分を指していた。


「ええ、秒数にすると三百秒ね」

「なんで秒数にするんだよ」

「だって秒数にした方が、とってもの長く感じるじゃない?」

「そうだね、じゃあもう五分じゃなくてあと三百秒もあるって考えなきゃね」


 そこで辺りは静寂に包まれる。真っ暗な世界に満天の星々の光だけが俺たちを照らす光だった。


「ねぇ言えなかったことが一つだけあるんだ」

「ん? なんだ早く言っとけよ」


 ユキの言えなかったこととはなんだろう? こんな時に言うんだとても大事なことなんだろう。


「えーとね、みんなのことが大好きだよ」


 なんだそんなことか、そんなことは決まってるさ。


「僕だって大好きさ」

「当たり前じゃない、好きに決まってるわ」

「おう俺もみんなのことが大好きだ」


 決まってる。そんなのは十年以上も前から決まっていたことさ、ただ忘れていただけ。


「あーあもうあと三十秒しかないね」

「ええ秒数にしても三十秒ね」

「いやそれは言わなくてよかったでしょ」

「そうだな、じゃあ俺も一言みんなに言おうかな」


 最後の最後、俺が言いたい言葉は別れの言葉なんかじゃない。俺たちは永遠だ。別れたってまた会えるに決まってるさ。だから俺の最後の一言は決まっている。


「またな!」


 俺がそういった瞬間、世界はスイッチが切れたかのように活動を止めた。テレビの電源が切れるように、動いていたおもちゃの電池が切れるように。世界はプツンとその生命を終わらせた。

 何を間違えたんだろう? 何がダメだったんだろう? こんな思いが俺の中に溢れる。もう今更だすべてが終わったのだから、でもたった一つだけ言えることがある。こんな世界の壊れ方は間違っていると。どこかにあるのだろうか? 正しい壊し方が、いやそんなものはないからこうなったのか。でももしそんなものがあるとするなら俺は間違いなくそれを実行しただろう。正しい世界の壊し方を。

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