リソウノムスコ
俺には大切なものがあった。それはたしかにそこにあった。あの日までは。
「これで全員の住所に回ったよな? でも俺のはどこなんだ? まさか俺のだけ調べられなかったとかないよな?」
全員の住所を回り教会に戻ってきたが俺の住所はいまだに空欄のままだった。
「そうだね、でも空欄ってことは書く必要がなかったってことじゃないの?」
「どういう意味だよ?」
「さぁ? でも意図的に書かなかったってことはない?」
うーん意図的に? じゃあなんで俺だけわざと書かなかったんだ。それこそおかしい気がするが。
「というかユキこの紙ってどこにあったんだよ?」
「うーんと、そこの棚の中に置いてあったよ、ここの掃除をしてた時にたまたま見つけたんだ。あ、でも一つだけは絶対に開けちゃダメって言われてた引き出しがあったでしょ、そこだけは開けてないよ」
「ユキも律儀よね、もうシスターは居な……」
「ミキ! もうその話はしないって言っただろ!」
「いいんだよリョウ、あのことは俺が悪いんだから」
俺はシスターという単語を聞いてから心が深く沈んでいくのが分かる。
「じゃあ何かこの引き出しに俺の住所のヒントがあるかもしれないな、開けてみようぜ」
俺は棚の上から二番目の引き出しを開ける。中には一枚の手紙と俺たちの幼いころの写真がしまってあった。
「わー写真だー。私たちがまだ小さいころの写真だね」
「そうだね、ほらこれ覚えてる? ミキが調子にのって公園の噴水に落ちてさ」
「ば、そんな昔の話、今しなくてもいいでしょ!? そんなことを言ったら亮だって!」
楽しい思い出だ。今考えればこのころが一番楽しかったのかもしれない。そんな大量の写真に俺は違和感を感じる。何かがおかしい、子供のころの写真だ。とても楽しそうに映っていてその写真は普通のものだ。なのになぜか俺はとても違和感を感じる。
「どうしたのたくみ? なにかおかしなことでもあるの?」
「いや、おかしいってほどでもないんだが」
俺は何かがおかしいと思うんだが何がおかしいのかが分からない。普通の幼いころの写真のはずだ。幼い?
「ああ! そうか俺だけなぜかみんなより小さいころの写真からあるからだ」
よくよく見ているとみんなは小さくても三歳ぐらいからなのに俺は幼児のころからの写真がある。
「ふーんでも、そんなのたくみが私たちより小さいときに捨てられたからじゃないの?」
「それもそうなんだが……」
言われればそうなのかもしれないがなぜか俺は違和感が拭えなかった。かたっぱしから写真を探す。何かこの違和感の答えになる写真があるはずだ。
そうして俺は一枚の写真を見つける。普通の家にあるのならあたり前の写真だが、ここにあってはおかしすぎるもの、それは俺の生まれた直後の写真だった。
俺は急いで写真と一緒にあった手紙の封を切る。中には昔みた綺麗で丁寧なシスターの文字が並んでいた。
「ははっははは、そうかそうだったのか。それじゃあ住所は書けねぇよな」
俺はおかしくなって笑い出してしまった。いやその事実を受け止めきれなかっただけか、だって俺の親はこんなにも近くにいたのだし、その親を殺してしまったのも自分なのだから。
「どうしたのよ? いきなり笑い出して、おかしくなったの?」
おかしくなれたらどれだけよかったんだろう、おかしくなってしまえばこんな現実受け止めなくて済むのに。
その手紙はこう書き始めてあった。
『言いにくくって直接言えないので手紙にします。あなたの、いや巧巳の親は私です』
その一言ですべてが崩れ去る。思い出すのはただ一つ、あの日の記憶、あの日起きてしまった事件の記憶。あの日飛び出した俺を追いかけてきたシスターを襲った悲惨な悲劇を。
「『シスターはお母さんじゃない』か、はは、何を間違ったことを言ってるんだか」
「ねぇどうしたのたっくん、シスターがお母さんじゃないってどういうこと?」
「いやこの手紙の一番最初の文を見てみろよ」
俺はユキたちに手紙を渡す。その手紙をみてユキたちも驚愕の顔を浮かべる。
「これは本当のことなの?」
「さぁ? 俺には分からない」
「でも、たしかにシスターの筆跡だよね」
「たっくん大丈夫?」
「大丈夫だよ……大丈夫」
俺は自分に言い聞かせるように呟いた。
「嘘だよ、だってたっくん泣いてるもん」
「えっ?」
たしかに俺は泣いていた。何も悲しくなんかないのに、何も感じていないのに。
「いいんだよ、悲しいときは泣いて、私だって泣いちゃったもん、たっくんだって悲しまないと」
その言葉で俺は泣き叫ぶ、今までの悲しみを一気に解放するように。
「俺があんなことを言うから! あんなことを言わなかったら、俺が悪いんだ! 俺が全部悪いんだ」
止まらない、感情が溢れ出して止まらない、この十年間我慢してきたものが一気に溢れ出す。それは十年分の思い、それは十年分の罪の重さ。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ」
叫ぶ、声が枯れるまで、いや声がかれても叫び続ける。
「俺が、俺が殺したんだ。あんなことを言わなければ俺はシスターと、いや母さんといつまでも幸せに暮らせたんだ!」
「うん」
「俺があの日シスターと喧嘩しなければ!」
「うん、でも大丈夫だよ。大丈夫」
俺はユキの腕に抱かれ、いつまでも、いつまでも泣き叫ぶのをやめなかった。
「落ち着いた?」
その優しい一言で我に帰る。俺はどれだけ泣いたのだろう、気づいたのどはカラカラ、俺の顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
「うん少し落ち着いた」
「じゃあこの手紙を最後まで読んでみようよ、シスターが残した大切なものなんだし」
そういってユキはシスターの手紙を俺に渡す。俺は勇気をもってその手紙を読み始める。
『言いにくくて直接言えないので手紙にします。あなたの、いや巧巳の親は私です。
私はみんなのシスターだったから、あなただけの母親で居ることは出来なかったのです。だって私にとってみんなはとっても大事な家族なんだもん。だからこの事実はずっと隠そうと思ってた。でもね親でいられないってことはとても悲しいことなの。だって私はたしかに巧巳の母親なんだから、みんなのシスターである前に巧巳の母親なんだから。だから我慢できずにこんな手紙も書いちゃったんだけどね。この手紙もしかるときが来たら巧巳に渡そうと思うの、そしていっぱい甘えさせて、いっぱい母親をするの、そしてあなたにこう呼んでもらうのお母さんって、だからその日まで私はみんなのシスターでいようと思います。でも忘れないで私はいつでもあなたのお母さんなんだから』
「どうだった?」
「うん、シスターは確かに俺のお母さんだった。だからこそ俺は、俺は……」
「そうだね、でもそんなたっくんのことをシスターは見たくないと思うよ? あんなにも優しくて立派なシスターの息子だったらもっとしっかりしなきゃね?」
「そうだわ、これからはシスターの息子として生きるんでしょ? じゃあシスターに恥じないようにしなきゃいけないのよ」
「シスターの息子なんだからもっと胸を張って。僕たちのシスターの息子なんだろ? じゃあしっかりしなきゃ、シスターに笑われちゃうよ?」
そうだよな、母さん。俺は今とても幸せだよ、母さんを殺したのは俺だその事実は消えない、でも俺は前に進むよだって母さんの息子だから、だってシスターの息子なんだから。