リソウキョウ
俺たちは大きな国道を歩いていた。今更こんな道を走る車などあるはずもなく、俺たちは堂々と道路の真ん中をゆっくりとした足取りで歩いていた。
あたりにはなんの物音はぜず、ただ俺たちのはるか頭上を鳥たちが自由に飛んでいるのが見えるだけだ。
「なぁ、僕たちが鳥だったらどんな鳥なのかなぁ?」
「は?」
俺はあまりにも謎な質問に間抜けな声を出してしまう。
「いや例えばだよ、たとえば僕たちが鳥ならこんな何もない道路を歩くこともなかったのにね」
「ああそういうことか、でも鳥だったらこんなことをしようとも思わないんじゃないか?」
「でも意外に鳥さんたちも探しているのかもしれないよ? だって私たちの頭の上に飛んでいる鳥さんはさっきからあっち行ったりこっち行ったりしてるし、なにか大事なものでも探してるかもね」
「そうかもなぁ、そう考えると鳥も俺たちも変わらないのかもしれないな」
「そうだね、根本的なことは何も変わらないのかもね」
「何を言ってるのよ、鳥は鳥でしょ? バカなの?」
「あーお前はそういうと思ったよ、お前の回答にはいっつもロマンチックなものがないよな」
「バカにしないでよね、私にだってロマンチックがどんなものかぐらいわかるわ」
「へぇじゃあどんなのがロマンチックなんだよ」
「君の瞳に乾杯とか?」
「それがロマンチックに聞こえるならお前は何かロマンチックを勘違いしてるぞ」
「じゃあ君と仁美で乾杯?」
「仁美って誰だよ!? もうその時点で何かもう危ない雰囲気になってんじゃないか」
「じゃあ鳥と瞳で乾杯?」
「さっきの話と混ざってんじゃねぇか、というか鳥と瞳で乾杯したら大惨事だよ、瞳に鳥が刺さっちまうじゃねぇか」
「もうグダグタうるさいわね、私たちは私たちなの、ほかの何でもないんだからそんな話は無駄よ」
「へぇミキにしてはいいことを言うね、僕少し感心したよ」
「だね、ミキにしてはだけど」
「そうだな、ミキのくせにいいこと言うな」
「まぁ私がいいこというのはいつものことだけどね」
褒めてねぇよ、そんなことを話しながら俺たちはただ続いていく長い長いこの道を笑いながら歩いていくのだった。
私には親はいなかった。でも家族は居た。優しいシスターに楽しい家族、でも私は満たされなかった。いや満たされないと思っていただけのなのかもしれない。私はいつでも完璧でいたかった。家族はいた。でも親はいなかった。
「で、私の住所はどこらへんなのよ?」
私たちはどこにでもあるような住宅街へと来ていた。亮の住所の場所から出発してからもう一週間も経っていた。
「ここらへんで合ってるはずだ。でもまぁこんなにも同じような建物ばっかりだと訳分からんよなぁ」
たしかにたタクミの言う通り辺りには型にでもはめて作ったのかと思うほどに似たような建物が並んでいた。
「でも住所はここらへんなんでしょ? じゃあ見つかるでしょ、早く見つけなさいよ!」
「いやしらねぇよ、ここらへんは地元じゃないんだからわかるわけないだろ!}
「もう二人とも喧嘩しないの、もうすぐ着くんだからおとなしくしてなさい」
「わかったわよ」
どうしても焦ってしまう、別に会えなければそれでも良かった。でも親に会えるそう思うだけで心はドキドキしてしまう。
「何を焦ってるんだい? 焦ったって何もいいことはないよ?」
「分かってるってば! というか私は何も焦ってないってば!」
「はいはい、分かったよ。まぁその気持ちは分からないでもないけどね」
焦らないわけがない。あんなにも子供の頃に臨んだ両親というものが目の前まで迫ってきているのだから。
別に両親なんてものが欲しいのではない。いやもう欲しくない。偽物の家族がどんな結果になるかなんてもう見もって痛感した。
さっきの会話から五分は経ったかもしれない、でも目に映る風景に何の変化もなかった。
「まだ着かないの?」
「ここらへんなんだけどな……全員で探しても埒が明かない、手分けでもして探そうぜ」
「そうだね、こんだけ探しても見つからないのはタクが見落としてる可能性があるもんな、そっちの方が確実かもしれない」
「くっまぁその可能性もなくもないかもしれないし手分けするか。みんなちゃんと住所を覚えとけよ、じゃあ一時間後にあそこにある公園で待ち合わせな」
そういってタクミたちは行ってしまった。途端にさみしくなってきた。一人は嫌だ。一人は寂しすぎる。一人になるとどうしても思い出す。あのころの自分を、あの世界を。
「どうしたの? 迷子にでもなったの?」
途方に暮れる私に一人のおばさんが話しかけてくる。その後ろにはそのおばさんと同い年ぐらいの男の人が立っていた。
「いえ……探してる場所があるんです」
やっとの思いで言葉を捻りだす。あのころをおも出すたびにこんな感じになる。もうずいぶんも昔の話だというのに。
「どこなの? 私たちはここに暮らして長いから、ここら辺のことなら大体は知ってるわよ」
「どうしたんだい、ん? この子は誰だい?」
「迷子なんだって、でどこに行きたいのかな?」
「えっと……あれ?」
どうしよう住所を忘れてしまったようだ。せっかく親に会える機会ができたというのになんで私はいつもこうなのだろう。
「忘れちゃったの? 困ったわねぇ、じゃあおばさんたちとお話しでもしましょうか、話しているうちに思い出すかもしれないしね」
「でも迷惑じゃ……」
「いいのよ、どうせ配給をもらった帰りだし、前と違って夜ご飯を作る必要もなくなったしね」
そういっておばさんはおじさんの手に握られている弁当を見る。そこには四つの弁当が握られていた。
「そうだよ、なんか君を見てると放っておけないんだよ。なんでかはわからないけれど」
そういっておじさんは人のよさそうな笑みを浮かべる。いや多分こんな私に声をかけてくれる人なんだいい人なんだろう。
「あなたはどこから来たの? ここら辺の子じゃないでしょ?」
「××から来ました。あと私のことはミキって読んでください」
「ミキ? ……いい名前ね、××かーあそこには昔住んでいたわ」
「へぇーそうなんですか? 何もない場所ですけど、いい街ですよね」
「ええ、でもあそこにはいい思い出はないのよ、あの街に住んでいるときはとても貧乏だったからね、生活もままならなかったのよ」
「そうなんですか? じゃああまり町のお話しはしない方がいいですね」
「そうだねミキちゃん。あまりしてほしくないかな、じゃあミキちゃんはなんでこの町に来たの?」
「そうですね、探し物です。昔なくした大事なものがこの町にあるらしいんです。まぁ確証はないんですけどね」
「そう、見つかるといいわね。未来への希望を忘れちゃだめよ。じゃあそろそろ行くわね家に子供たちが待っているから」
おじさんはもう先に帰ってしまったようだ。いつの間にか居なくなっていた。
「何か思い出せた?」
「いいえ、どうもすいません。なにも思い出せません」
「そう、力になれなくてごめんなさいね、じゃあまた会えるといいわね」
「ええ、そうですねまた」
「ええまた今度ね」
そういって笑いながらおばさんは東の方へと去って行った。
「って、何処も探せなかったわ」
気が付いたらすでに一時間経っていた。もう集合場所へと行かなくてはいけない時間だ。
「はぁ、まぁみんながなにかしら見つけてくれてるでしょ」
でもなにか見つけてなかったらどうしよう? まぁ何とかなるといいな。
「遅い! お前俺たちが何分待ったと思うんだよ!? 七分だぞ!」
「いいじゃない七分ぐらい!」
「秒数にしたら四百二十秒だぞ!」
「秒数にする必要ないじゃない!」
なんでわざわざ秒数にするのよ、あれなんかこのやり取りしたことあったような?
「もういい、お前と話してるとなんか疲れる。さっそく結論から言うと見つかったぞお前の親、でもお前にとってはつらい現実かもしれないぞ?」
「いいわ、大丈夫、私は希望を捨てないわ」
「そうか、一人で行くか? それとも……」
「いいわ場所だけ教えてちょうだい、一人で大丈夫だから」
「そうか、場所はここから東に少し行った場所だ」
「そう、じゃあ行ってくるわ」
ああ、そんな気はしていた。いやそうだと思った。なんでこんなにも私の人生はままならなんだろう。
私は一つの家の前に立っている。その家はこの変わらない街並みの一風景でしかなかった。普通の場所、普通の家、普通の幸せそんな言葉を体現しているかのような家だった。
表札には東雲の文字、間違いない私の家だ。中からは楽しそうな子供の声とそれに応える二人の声が聞こえた。
私はインターホンを押そうとして手を止めた。私がいま彼女らと会って何をするというのだ? だって彼女たちは今の暮らしが幸せだと感じている。なのに私がそれを邪魔していいのか? 私が今この家族と会うことでこの幸せを壊してしまうのではないか? そんな考えが頭から離れない。
「あれ? ミキちゃんじゃない? こんなところでどうしたの? 探し物は見つかった?」
そんな悩んでいる私の前にさっきのおばさんが現れる。
「ええ、見つかりそうです。見つかりそうなんですが、それを手に取るかすごく迷っています」
「そうなの? でも大切なものなんでしょ? じゃあとらないと後悔しちゃうわよ、失って初めて分かるっていうけど、あれは本当のことよね」
「じゃあおばさんも何か後悔してるの?」
「ええ、言ったっけ? 私たちは昔とっても貧乏でね、暮らすのがやっとだったの、二人で精いっぱいだから三人で暮らすことはできなかったのよ」
「三人ですか、じゃあその一人は?」
「ええ、施設に預けてしまったわ、でも今は本当に後悔してるわ、苦しかったとはいえなんで捨ててしまったのかってね、だから手に入るなら手に入れた方がいいわよ。それが大切なものならなおさらね」
「ねぇおかあさんこの人誰? お友達?」
「ねぇ遊ぼう、ねぇママ!」
中から出てきたのは気の強そうな女の子と気弱そうな男の子。
「うんミキちゃんっていうのよ、挨拶しなさい」
「「こんにちわー」」
元気な声が響く、ああそうか、これだ。私が求めたものはこれなんだ。当たり前の幸せ、当たり前の兄妹、当たり前の親。そう別に何か特別なことを望んだわけじゃない、そう普通の幸せ。
「うん、こんにちわ」
私は二人の声に笑顔で答える。
「ほら家の中に入ってなさい、まだお母さんはお姉ちゃんとお話があるから」
「えー? なんでー?」
「もう戻るよ未与、ほら早く」
「分かったよーもう早く戻ってきてね」
気弱なお兄ちゃんに連れられ戻っていく未与ちゃん。
「じゃあ私も帰ります。あ、そういえば私の名前の由来って知ってますか?」
「えっ?」
「未来の希望で未希っていうんです。それじゃあもう会うことはないかもしれないですがさようならお母さん」
私はそういって走り出す。後ろの声も振り切って。
「ねぇお姉ちゃん! 未与がいう事を聞かないんだ!」
「だってお兄ちゃんがイジワルするから」
二人の兄妹が私に向かって叫んでいる。
「だってそれは未与がいけないことをするから!」
お兄ちゃんは気が弱いせいか妹に責められ半ば半泣き状態だ。
「あーもううるさい! そんなことお母さんに言いなさいよ!」
この子達はいつもそうだ。やったやらない、悪い悪くない。いつもこんなに喧嘩をしていて飽きないのだろうか。
「もう未稀、お姉ちゃんなんだから怒鳴らないの!」
キッチンの方からお母さんの声が聞こえる。いつもそうだ二人が喧嘩してると私が起こられる。お父さんはリビングで新聞を読みながら笑っているし、でもこれが私の日常、なんの変哲もない普通の幸せ。
こんなやり取りもあったのかもしれない、でもそんなのただの願望だ。そんなものは子供のころ夢見た理想郷でしかない。だって私は私なのだから、私は現在の私以外はあり得ないのだから。私が求めた理想郷は手の届く場所会ったけどそれ決して手に触れてはいけないものだった。でも私は何も後悔はしていない。
「ミキーお帰り! どうだったんだ?」
手を振って待っている亮。
「ミキ! お帰り、ちゃんとお母さんに会えた?」
ぴょんぴょんとはねながら私を待っている雪。
「はぁ、心配したぞ」
とても不安そうな顔で嬉しそうな声を出すタクミ。
子供の頃夢見た理想郷は手に入らなかったし、普通の幸せも手に入らなかったけど。今はたしかに幸せだ。なぜなら私が今居るこの場所も、いやみんなと居られるこの場所こそが今の私が望んだリソウキョウなのだから。