タビダチ
「で、他の二人の今の住所はわかるのかよ? 俺は全然知らないぜ?」
十年前に別れてからは一回も連絡を取っていないし、一度もこの町で会ったこともない。なので俺にはあいつらが何処に居るのか皆目見当もつかない。
「大丈夫だよー、みんなが何処に行ったかは大体分かるよ。私がここに最後まで残ってたからね、みんなが引き取られて言った場所ぐらいはわかるよ」
俺は最初に引き取られていったから知らなかったが、そういえばユキと分かれるときに俺も新しい家の場所ぐらいは言ったかもしれない。
「じゃあ案内は任せた。俺はお前について行こう」
「りょーかいです。こうやって歩いてると昔を思い出すね、でもいっつもたっくんが先頭で私が後ろだったからなんか新鮮な気分」
「そうだったか? でもそういやユキが俺の前を歩いてるところを見たことがなかったな」
「そうだよぉ、いっつもたっくん歩くの早いからついていくのだけで大変だったんだからね」
ユキのゆっくりなペースに合わせて十分ほど歩いただろうか、一つの大きな屋敷の前に出る。そこは町でも噂の大金持ちの家だった。
「ここにいるのか? でもここの屋敷に子供がいるなんて噂聞いたことないぞ?」
こんな屋敷だ些細なことでもこの町では噂話しになる。やれ犬を飼い始めただとか、やれあそこの夫人は吸血鬼だとか。大体はそんな根も葉もない噂ばかりだ。そしてそんな根も葉もない噂の中でも子供がいるなんてことは聞いたことがない。まぁでもそういえばここ数年この屋敷についての噂もめっきり聞かなくなったが。
「本当だよーだって本人にちゃんと聞いたんだから」
にわかには信じがたい、たまにユキは勘違いして覚えていることがある。カブトムシとクワガタを反対に覚えていたり、体と休むを反対に覚えていたり、あれ? なんかたまにじゃない気がしてきたぞ。
「まぁほかに手がかりもないしな、ダメもとで行ってみるか」
「ひどいなー本当に居るんだからね!」
「はいはい」
俺はあまり期待せずにその屋敷のチャイムを押す。ジリジリという音の後に年老いた男の落ち着いた声が聞こえてきた。
「はい、どなた様ですか?」
「すいません、こちらの家に高校生ぐらいの子供はいないでしょうか?」
「……いません」
少し間があった。怪しいな。
「本当に居ませんか? おかしいなここに居るって聞いたのにな?」
「この屋敷にはご主人様とその夫人様、そして私の三人しかおりません」
「そんなわけないよ! ミキはここに居るはずだもん!」
いきなりユキが飛び出してきてそんなことを叫ぶ。
「ってユキ、ここに居るのはミキなのか?」
「そうに決まってるでしょ!」」
いや初耳なんですが。
「早くミキを出しなさい! じゃないと……じゃないとなんかおこるんだからね!」
「この屋敷にはそんな子供はいません」
そういって切られてしまった。というか何か起こるって脅すにしてももっとなんかあるだろうに。
「もう! ねぇどうするたっくん?」
隠しているのは確実のようだ。でも正面からは入れないとすると。やっぱり忍び込むしかないよな。
俺たちはさっきいた正面口とは真逆の裏口までやってくる。あの爺さんの話を信じるとここにはミキのほかに三人しかいないはずだ。ならこっそり忍び込めば、ばれるはずもないだろう。
「なんか昔を思い出すね、よくみんなでこの屋敷に侵入しようとしたよね」
「そうだな、でもこの年になってまで不法侵入をするとは思わなかったよ」
そういって俺たちは屋敷の周りの柵を乗り越える。昔はあんなに高く感じたのに今では楽に超えることができる。これも俺が変わったことの一つだろうか。
俺たちは柵を乗り越え屋敷の中に侵入する。屋敷の中は荒れ果てて、昔憧れた屋敷とは似ても似つかないただの荒れ地と成り果てていた。
「で、ミキはどこにいるんだ?」
「知らないよ? ここに居るのは確かだと思うよ?}
まぁ期待はしていなかったが、ユキが知らないとなるともう虱潰しに探していくしかないな。
俺たちは屋敷の周りから人がいそうな部屋を探し続ける。でも人の気配が全くない、どういうことだ?
「あれなんかあっちの小屋に電気がついてるよ? 屋敷の人が消し忘れたのかな?」
ユキの言った通り屋敷の敷地内にある小屋の中から電気が漏れている。小屋の周りには木が生えておりそこだけは何か異質な感じがした。
「行ってみる?」
何か不吉な予感がしてならない、だが俺は勇気を出してその小屋の扉を開く。ギギギという不吉な音を立てながら扉が開く。中はまだ昼だというのに薄暗くジメジメとしていた。そしてその部屋の真ん中に一人懐かしい人物が座っていた。
「ミキか? ミキなのか?」
暗くてよくわからないが、体格からして女と思われる人物がそこに座っていた。
「守屋さんではないわよね、あなたたちは誰なの?」
昔と変わらない強気でよく響く透き通るような声、俺はその懐かしい声に一瞬感動を覚えた。
「ミキ! 私だよユキだよ!」
「ユキ? 本当にユキなの!? 夢じゃないんだよね!?」
俺たちは感動の再開を果たす。
近くで改めて見たミキは至るところが汚れていて、神は無造作に伸ばされていたけれど、強気な目、凛とした顔立ちと昔と全く変わっていなかった。
「でもどうしてユキがここに? どうやって入ってきたの?」
「昔みたいに侵入したのです」
なぜか誇らしげにこのことを話すユキ、これは普通に犯罪だぞ、誇っていいことじゃないんだぞ。
「そう、でもなんで今頃? 何か大事な用事でも?」
「おっとそうだった。なぁミキ、ここの住所に何か心当たりはないか?」
俺はそういってミキにシスターが残した紙を見せる。
「住所? 全然見覚えないわね、でもこれがどうしたの?」
「シスターが残したらしい、俺もユキもこの住所についてはさっぱりだ。そこでだ、この住所に行ってみないか? 昔のみんなで」
俺は、ミキに俺たちがここに来た本当の理由を話した。しかしこの話をした途端ミキの顔は曇ってしまった。
「本気なの? 私たちの状況は分かってるわよね?」
「ああ、分かってるからこそさ、お前も感じないか? 大事なことを忘れているような、なんかこうこのままじゃいけないというか、ああ言葉にしにくい」
「……」
ミキにも思い当たる節があるようだ。それでもまだミキはまだ決めかねているような感じだ。
「俺たちに残された時間は少ない、だから明日にでも出ようと思う。今はまだ決めなくていい、だけど明日までには決めてくれ」
ミキの顔は最後まで晴れることはなかった。
「さてと後はリョウのところに行くだけだな」
「そうだね、じゃあ行ってみよー」
そうして歩くこと十五分俺たちはある建物の前についた。
「なぁユキ、本当にこの建物なんだよな?」
さっきはあっていたが基本ユキはおっちょこちょいなはずだ。そうに決まっている。じゃなければ俺は夢を見ているのかもしれない。
「本当だよ? 私の記憶力に寸分の狂いはないよ!」
まぁ信じがたいが本人がこう言うんだし本当なのだろう。ではユキの話を本当だと仮定し話を進めよう、まず俺の前にある建物はこんな片田舎には珍しい超高層マンションだ。
「あれ、俺だけなの? 一般家庭に引き取られたのは」
不安になってくる。なぜかみんな金持ちに引き取られているのに俺だけ普通の家だと何かおかしな力でも働いているのではないかと不安になる。
「大丈夫だよ、私も普通のおうちだから、この二人が異常なだけ」
「良かった俺だけ仲間外れなのかと思った」
安心したところで俺たちはその高層マンションへと入っていく、中は変に装飾が凝っていて居るだけで目が回ってしまいそうだ。
「ここの何階の何号室なんだ?」
俺はオートロックの番号の前でユキに聞いた。
「え? そんなの知らないよ?」
「え?」
「ん?」
きょとんとする二人、いやなんでお前まできょとんとしてるんだよ。
「いや、だってマンションでしょ? だからどこの部屋なの?」
「え? だから知らないよ?」
話にならない、どうやってこんなたくさんの部屋の中から探せというんだよ……このマンション二十階あるんだぞ。
「まぁ適当に番号押せば出てくると思うよ?」
「そんなわけあるか! 何部屋あると思うんだよ!? 探してたら一か月たっちまうよ!」
「もうたっくんは大げさなんだから、三日ぐらいだと思うよ?」
「そういう話じゃねぇよ!」
もう最悪だ。俺たちには時間がないのに、こんなところで時間の浪費をしている暇なんてないのに。
「まぁまぁ、私こういうの得意だから大丈夫だよ」
「はぁ」
俺はため息をこぼさずにはいられなかった。というか得意ってなんだよ。
「リョウくん居たよ」
「そんなバカな!?」
百何分の一だというのに一発で引くだと? これは何かの間違いじゃないのか?
「言ったでしょ? 得意だって」
「もう勝手にしてくれ」
俺はもう突っ込む気力もない。
エレベーターの十三階を押すとエレベーターが段々と上へとあがっていく。十三階って意外に長いんだな。
やっとのことで十三階にたどり着く、エレベーターから降りると長い廊下がある。どうやらこのマンションは外観だけでなく内装にもかなり力を入れているみたいだ。
長い廊下を歩きやっとのことで目的の部屋へとつき、一回深呼吸をする。そして落ち着いてドアのインターホンを押す。
「すいません。リョウ君はいますか?」
「誰なんですか? 亮とはどういう関係ですか?」
「友達……です」
本当に友達と言えるんだろうか? 十年もなんの連絡もとってないのに。
「友達? 初めて聞くね、あの子に友達なんていたんだ。まぁいいわ、ここにあの子はいないわよ。あの子に会いたいならこの近くにあるアパートへ行くといいわ。あの子に会う価値があるならね」
「リョウ君のことをふがふ」
「それじゃあ失礼します」
俺はユキの口をふさぎその場から立ち去る。
「なにすんのー!? あのひとリョウ君のことをバカにしたんだよ?」
「まぁ落ち着けって、あの人に何言ったって無駄だよ」
「でもー」
「まぁさっさとリョウのところに行こうぜ」
俺たちはさっきの人が言った通りに近くのアパートへ行くことにした。
言われた通り近くにそのアパートはあった。しかしこれは……。
「ぼろっちいね」
「そうだな」
さっきのマンションとは比べようもないぐらいにボロイアパートだった。家族があんなところに住んでいるのに、リョウだけこんなところに住んでいるなんて何か理由でもあるんだろうか?
「まぁいっか、早くリョウ君に会いに行こうよ!}
「そうだな、さっさと行くか」
一階の郵便受けで名前を確認し、西脇亮と書いてある部屋へと急ぐ。どうやらリョウは新しい家族の名字ではなく、他の名字を使っているらしい。
二階の一番手前の部屋がリョウの部屋らしい、俺はインターホンを探すが見当たらないので、勢い良くリョウの部屋のドアをたたいた。
ボロいからだろうか俺のドアをたたく音がアパート全体に響く。
「誰ですか?」
中から出てきたのは、メガネに茶髪、そしてパジャマのだらしない恰好の青年だった。昔とは外見も全く違うのだがなぜか俺には彼がリョウだということが分かった。
「俺だよ、タクミだよ。覚えてるか?」
「たくみ? あのたくみか?」
「まぁどのたくみかはわからんがそのたくみだと思うぞ、あとはユキも居るぞ」
「久しぶりだねー、元気にしてた?」
俺とユキはそろって挨拶をする。
「本当に久しぶりだな、でもどうして今頃? まぁいい、久しぶりに会ったんだ。いろいろ話そうぜ」
「ちょっと待ってくれ、話すのは大歓迎だが、少しその前に言っておきたいことがある。大事なことなんだ」
「なんだよ? まぁ上がって行ってくれよ、狭いけど我慢してくれよな」
俺たちはリョウに誘われるまま部屋の中へと入っていく、中は外見とは裏腹に意外に綺麗だった。いや綺麗というよりも何もない、生きるのに必要最低限のものだけで構成されているという言葉がぴったりだった。
「で、大事な話ってなんだよ?」
担当直入で聞いてくる。そういえばこいつは自分で話すときは回りくどいのに人の話は急かすんだよな。
「そうだな、とりあえずこの紙を見てくれ、この住所に見覚えはないか?」
俺は住所が書かれている紙を見せる。
「さぁ? 知らないな、なんで僕たちの名前と住所が書かれてるんだ? 僕の隣の住所なんか隣の県の住所じゃないか」
「それは俺にもわからない、俺の隣だけなぜか白紙だしな、でもこれを残したのはシスターらしい、だからユキが言うにはとても重要なものらしい」
「シスター、あれから十年か、もうお前は平気なのか?」
「大丈夫とは言えないが、ある程度折り合いはつけたさ、十年もあればいやでも整理できるさ」
口でこうはいったがまだそんな折り合いをつけられているわけではない。今でも俺はあの日のことを夢に見る。あの日の惨劇を。
「で、その住所を見せるためだけに来たわけじゃないんだろう?」
「ああ、この住所に行ってみようと思う、だからみんなで行かないか?」
「正気か? 今からこの住所を全部回ると一か月はたっちまうぞ? この意味が分からないほどバカではないよな?」
「ああ、それでも行こうと思う、たとえ間に合わないとしても」
「お前はバカか? この住所に何もなかったらどうする!? 根拠は? この住所が俺たちにとって大事なものだっていう証拠はあるのかよ!? それでどうだ何もなかったらどうするんだよ? それだけで俺たちはこの大事な一か月を消費することになるんだぞ?」
「分かってる。でもこのままで良いのか? お前だって今のままじゃいけないって思ってないか? 俺はそうさ、ただ生きているだけ、いや死んでないだけさ、こんなの生きているなんて言えない」
「それは分かるさ、でもどうする!? 何もしようがないだろ!? 俺たちに残された時間は一か月だ。あと一か月で地球は滅びるんだぞ? その意味が分かってるのか!?」
そう、地球はあと一か月で滅びる。それはもう十年前からわかっていることだ。
十年前のある日、世界は驚きの発表をする。地球があと十年しか持たないということを。環境汚染、資源枯渇、温暖化。それらの要因もないわけでもない。しかしそんな些細なことではないのだ。もう地球自体が持たないのだ。
地球も生命だ始まりがあれば終わりも来る。それは分かっていたことだ。本当の永遠など、どこにもありはしないのだから。しかし人間は愚かだ。そんな終わりが来るなんて思ってもいなかったのだ。地球という母体が生命の活動を終えれば俺たち人間も滅びざるおえない、それがどんな終わりかは分からない。でもたしかに終わる。それは変わりのない事実なのだから。
「わかってるさ、だからさ。だから今やらなくちゃいけない」
「お前は変わったな、僕はそんなに強くない」
「俺だって強くないさ、でもこのままでは終わりたくはない、このまま終わることだけはいけない気がするんだ」
「……何もない可能性だってあるんだぞ?」
「そん時はそんときだ。俺たちがまた揃うだけでも意義はあると思うがな」
もうなくなった十年前の絆、それを取り戻せるだけでも俺は何か意義があるのだと思う。
「ふぅ……そうだな、みんなでやらないと意味がないもんな」
少し考えた後、リョウはそう呟いた。
「そうだよ、みんなでやらなくちゃ!」
ユキが元気に頷く。
「そうだよな、このままじゃいけないもんな。よしじゃあ行こうか四人で」
「あ、そういえばまだミキは行くかどうか決まってなかったんだ」
こんないい雰囲気でいうのもなんだがまだ四人でいけると決まったわけではなかった。
「あ、そういえば」
「おいおい、しまらないね。まぁあいつも来るでしょ、あいつは昔から天邪鬼だし、なんだかんだ言っても毎回着いてきたしね」
リョウがそんなことを言う。
「ああそういえばあの日のキャンプもあいつ最初はあんなに嫌がってたのに、結局一番はしゃいでたもんな」
「そういえばそうだったね、いっつも最初に文句言うけど最後には一番楽しむのはミキだもんね」
そうやって俺たちは話し続けた。とても長い十年という歳月を埋めるかのように。それは長く長く、いつまでも続いた。
次の日、俺たちは教会のドアの前に来ていた。
「本当に来ると思うか? 僕は来ないに一票、タクはどっちだと思う?」
「そんなの賭けになんないだろう、俺も来ないに一票」
「みんなしてそういうことを言わない絶対に来るよ! 絶対に!」
「そんな怒んないでよ、冗談だよ。僕だって来ると思ってるさ」
「おう、まぁ来なかったら連れ出すだけだけどな」
「もうなんで二人してからかうかな? これ以上からかうと口聞いてあげないよ?」
ユキが頬を膨らませ不機嫌そうな声でそんなことを言う。こんなやり取りさえも懐かしいと感じる。十年か、そりゃあ懐かしいよな。
「でもさすがに遅くないか? 今日出るってことは言ってるんだろう?」
リョウが不安そうな声で言う
「うーん確かに遅いな、来るとは思うんだが」
俺もだんだんと不安になってくる。来るとは思うのだがこんなに遅いとさすがに一抹の不安を感じずにはいられない。
「なんか前にもこんなことなかった? たしか遠足に行く日に駅で待地合わせで私たちは一緒に行ったけど、ミキだけ早く行っちゃって、北口で待ち合わせなのにミキだけ南口で待ってたみたいなことが」
「そういえば、確かあの日は結局ミキは遠足に行けなかったんだよな、駅に帰ってきて見たことあるような後姿が見えるなと思ったらミキが南口で突っ立てたんだよな」
「ああ、僕も覚えてるよ、一日中南口で待ってて僕たちが会いに行ったらいきなり泣き出したんだよね」
これもまた懐かしい思い出だ。あのときは三日ぐらいミキは俺たちから離れようとしなかったもんな。
「まさか今日も一人だけ違う場所に居るとかじゃないよね?」
「まさかそんなこと、でもミキならありうるんじゃないかな? ちょっと不安になってきたぞ」
「ああ俺も少し不安になってきた。まさか俺たちより先に来てて、教会の中で待ってたなんてことはないよな?」
「はははそんなバカなことあるわけないじゃん、ねぇユキさすがにそこまでミキもバカじゃないよね?」
「そうだよリョウ君はミキのことをバカにしすぎだよ、でも一応確認した方がいいかもしれないよ?」
「そうだな万が一ってこともあるもんな、よしじゃあとりあえず見るだけ見てみようか」
俺は恐る恐るドアを開けた。そしてドアを開けた瞬間キーンとした声が俺の耳を襲った。
「バカっ! 遅いじゃないの!? 私がどれだけ待ったと思う三時間二十六分よ!? 分に直すと二百六分よ?
秒数にしたら一万二千三百六十秒よ!?」
「毎回思うんだが、なんでわざわざ秒数に直すんだよ、というかお前朝早くいすぎだろ、まだ八時を少し過ぎたぐらいだぞ」
時計を確認したらまだ八時五分だった。
「うるさいわね、だってあなたたち明日としか言わなかったじゃない、どうするのよ十二時ちょうどに出たら、さすがに私もそれはないと思ってたけど途中で不安になってちょっと早く着ちゃったのよ」
「いっつも思うけど、ミキってバカだよね。毎回努力の方向が空回りだよね」
「ああ、そうだな。いっつも無駄に頑張っちゃうんだよな」
「そうだね、ミキは少しおっちょこちょいだから」
ミキもユキに言われたくはないだろう、こいつこそおっちょこちょいそのものだからな。
「キーっ! あなたたちが悪いんだからね、私は少しも悪くないわよ!」
「はいはいわかったよ、俺が悪かったよ。じゃあ全員揃ったしそろそろ行こうぜ」
「はいはいって何よ!? ちゃんと悪いと思ってるの!?」
「じゃあどっから行く? 近くからでも行くか?」
一番近いのはユキの住所か、ユキの住所なら近くにある。今日中か遅くても明日には着くだろう。
「そうだね、僕のところからだと遠くなっちゃうし」
「私は反対、断固として反対! 全部回って帰ってこなくちゃいけないんだし、遠くから行った方がいいと思うよ?」
「それもそうだな、でも急げば今日中にでも着くぞ?」
「いいの、私は後回しで。やっぱり私たちの町なんだからここに帰ってくるようにしなくちゃ」
「っていうか私を無視しないでよ! 私も話に混ぜなさい!」
「分かったよ、そんなに言うならリョウのとこから行くことにするか」
「まぁいいよ、別に僕もいい案があるわけでもないし」
「だから私も話に混ぜなさいよ!」
「うるさいなーじゃあ意見はあるのかよ?」
「別にないわよ! 何か文句ある?」
「ないのかよ!」
「ええないわよ、でも仲間外れはよくないわよ!」
「だってね、ミキはいっつもうるさいだけで結局僕たちと同じ意見になるじゃん」
「そうだよね、ミキが何かいい案を出したことなんて一度もないもんね」
俺たちは十年という歳月を感じずに話し続ける。まるで昨日も一緒にいたかのように、ああこれが仲間なんだと、大事なものなんだと俺は今やっと実感することができた。