弱い……………。けど、私は生きている。
ゴゴオオオォォォッッ
「こ、今度は火災だよ!!」
「!!す、凄い炎…………これじゃあ、あそこにいる人々は…………」
ザラマの"リアルヒート"は熱から炎に変わった。遠くてもその光景が春藍とネセリアにも分かった。気温も15℃ほど跳ね上がり、ライラのせいでずぶ濡れになってしまった服も少しずつ乾いていった。
「…………ど、どうなるのかな…………」
「分からないよ、春藍…………」
ネセリアは春藍の肩を掴んで寄りかかるようにして、不安を彼に打ち明けた。
「ただ、私には怖いことしか分からないの。どうすればいいのかな、春藍」
「!………………」
震えるネセリアの腕が春藍には分かった。こんなにも温かい腕が気温と違い、冷たくなるようならとても痛いことだ。
心配しないでって
「だ、大丈夫」
これは本心だった。心配しないで、大丈夫だなんて……口で言えるだけ。こんな光景に立ち向かう覚悟や勇気は、いつだって頼れるアレクさんやライラなどがいてだった。その2人とも離れ離れ、むしろあの2人がやられている状況がもう春藍にとっては不安で仕方がなかった。
ウェックルスと対峙したような気持ちがいられるか?…………無理だ。ネセリアを護れるような男じゃないし、あの時ほど選択が限られた状況ではないからだ。
何が起こるか、何ができるか…………僕1人で何ができる?
声が震えていたのか、体が震えていたのか。春藍が気付いた事はネセリアが自分に触れて、何かに気付けた事だった。
「頼り…………ないかな?」
「ネセリア?」
「アレクさんやライラみたいじゃないし、……私。ただの女の子だから」
ネセリアだって普通でいられなかった。友達のライラが、恐怖を発していたラッシが、頼りにしていたアレクの3人が同時に葬られた現実を未だに信じられなくて、春藍だって同じ気持ちじゃないかと分かっていた。
アーライアで本当に辛い目にあった。
けど、今は仲間が…………本当に辛い目にあっていて、次は自分の番になるという事がネセリアには怖かった。折れそうになっていた。泣きじゃくりそうな顔になっていた。とても春藍にはみせたくはない顔だった。不安しか与えられない女だ。
「…………聴いて」
「っ…………?」
春藍はこの時。言葉を出すことが出来なかった。言葉だけで自分とネセリアの不安を止める事ができない。僕は死にませーーーんっと叫んでおいても、体がガクブルだって丸分かり、頼りねぇ。
春藍はそっとネセリアの耳にかかる髪を凪いで、ソッと両耳に春藍はかけてあげる。
「え?」
「ヘッドフォン…………。僕の声も聴こえるようにしている。…………」
光景がとても残酷だけど、せめて。耳に聞こえるものだけを安らぎにしたかった。
「"Rio"でネセリアの好きな曲をかけている。僕も音楽を聴いている」
一つの音楽プレーヤーから二つのヘッドフォンに音楽を流し込んだ。本体を春藍が握っていることから体が触れ合わなくても、近くにいられる距離にさせた。
集中して音に耳を傾ける状態ではなく、"Rio"の効果も薄かったが……言葉よりもよかった。行動という明確な映像と音声、魂が込められた総合的なメッセージ。
「炎の中に行こう。ここで泣いていたら何も状況は変わらない」
「は、春藍……………」
"Rio"よりも彼の優しい気持ちにネセリアは救われた。
ネセリアの震える掌と春藍の震える掌が握った時、震えは止まった。
ガジャアアァァンッ
炎に包まれつつも、苦しみにもがいても。ただただ生きている。ガイゲルガー・フェルは崩れたボイスの絶叫を放った。
ザラマの体は自身が飲んだ毒で静かに熱い地面に転がっていた。意識を朦朧とさせて起きながらも一切、"リアルヒート"を解除しない。
喚きの音声がなければ、炎に包まれながらも美しい光景だろう。死体になろうとも道連れにするザラマの姿には美の特攻がある。
「グルルルルルルルゥゥゥゥ」
我慢比べには慣れたくはない。それでも、弱さは屈辱とコンプレックスの塊。胸張って誇れることと言えば、このステータスで今日の今日まで生きてきた事くらいだ。
負けねぇぞ。なんて、カッコイイ主役にはなれねぇー。名脇役ですらねぇ。
生きてやるぞ。なんて、泥臭い主役でしかない。縁の下の力持ちってとこ。
泥と美も混ざった我慢比べの決着は……………。
ガジャアァァンッ
地面に倒れたザラマに熱々でドロドロと溶け出している自分の体で歩いて、体全体でザラマを押し潰したガイゲルガー・フェルの泥っぽさが打ち勝っていた。
ジュウウウウゥゥゥ
ザラマの背を焼き尽くし、大きな火傷を作り出した。かろうじで"リアルヒート"を維持していた力が消し飛んでしまった。ガイゲルガー・フェルは浴びた熱が急速で冷えていく事を知って、生き残ったと知った。
溶かされた体だ。前以上に醜い姿になったことだろう。だが、生き残った。それだけが弱さの誇りよ。埃みてぇな命だった。
「げうっがふぉっ……」
体が思う以上に冷え始めた。人間の凍えるような寒さの感じではなく、部品が寒さで壊れて固まってしまう機械という感じだった。
ザラマに圧し掛かったまま、身動きできず。生き残ったという表現がまさに正しい。
「……………………………」
ロボット型の自分でも修復機能はしっかりとあるが……。そこも、バックアップ用の再生データもザラマに潰されている。誰かが修復してくれなければ一生このままの状態だ。こんな時に限って、"THE・BRAVEⅡ・DLD"はずっと起動しっぱなし。もうこの世界全体に広がって、並以上の管理人達はまず入っただけでやられるだろう。
強くもないし、助けにもならない能力だ。
ザッ
「?…………足………おと?」
誰だ?
敵…………。ではないはずだ。しかし、味方でもないはずだ。
「な、なんだろう。……これは…………」
「ロボットと人だよ。両方とも潰れているわ。どっちも酷い有様……」
二人の姿が現れても声は出さなかった。ガイゲルガー・フェルにとっても、ザラマにとっても異分子の存在。
春藍とネセリアが2人の前に現れた。春藍はザラマを、ネセリアはガイゲルガー・フェルの意識を確認した。
「!この人はまだ生きている!今すぐ治療できれば助かるよ!上のロボットをどかせれば……」
「お、重いよ!大丈夫かな?」
「"創意工夫"で材質を軽くしてから……って、ところどころ熱いなぁ」
春藍は予め填めていた"創意工夫"でガイゲルガー・フェルの体の材質を変化させ、ネセリアと力を合わせてザラマの上からどかした。人体の事には多少の知識がある春藍はザラマの様子が火傷以外のものがあると触れて理解した。
お揃いのヘッドフォンのおかげか、理解もやるべき事も同意できた。
「ネセリア、そちらのロボットは任せていい?」
「うん!私にはそれくらいしかできないよ」
春藍とネセリアにはそこに転がっているガイゲルガー・フェルにトドメをさせば、解決する事が分かっていない。元々力量が隠れているような奴だが、両者の傷具合を見れば全世界の異常の渦にいる2人であることは察することができただろう。
だが、2人はそんなことなどを一切思わずにとにかく、傷だらけの2人の治療と修復にあたった。
「回路に異常があるわ」
リアだって修復できるネセリアの腕をもってすれば、ガイゲルガー・フェルの修復は少し手間になる程度だった。一方でザラマの方は火傷の修復は素材で補えるが、ザラマが服用している毒は"創意工夫"では取り除くことができない。
しかしながら、旅の間で成長した春藍は奇策に出た。助けたいという一心でよくできる。ザラマが服用した毒でも、生命活動に影響が出ない身体に変化(改造)させることだった。どのようにするべきか詳しくは知らない。手探りであったが、一瞬一瞬に集中してゆっくりとザラマを治していく。心臓などの内臓器官は毒が通じないよう慎重に変化させている。
こんなことをしている場合ではないはずだが…………。具体的にどうすれば良いのか、2人には指示が来ていないために行動不能だった。ただ、春藍とネセリアには治療する二人なら何かを知っているとは考えているかもしれない。
ネセリアの修理が終わりそうに感じた時、黙っていた口をようやく開けたガイゲルガー・フェル。
「な、なんなのだ…………?」
「え?」
「お前達は……なぜ、助ける?」