春藍の希望
春藍はライラの言葉を聞いた瞬間。
命令でも指示でも違った。
アレクに似た感じでもなかった。
ライラの助言を聞いて、ようやく自分が動けたみたいだ。自分の意志というのが動いた。
今までついさっきまで怖かった。
立ち上がる足は今も震えていただろう。
「なんだテメェ?やんのかよ?」
ライラの負傷でラッシは甚振ろうとしている笑みを見せていた。
慢心だと、ライラには分かっていたが、相手がそーしていられるのも分かる。
私はできる限りの事しか今は言えない。それにやるのは私じゃなく、春藍だ。戦ってすらないただの凡人。何かを作る事しかできない。一般人だ。
なんて、意地悪な女だろうとライラは感じた。自分だったらどれだけ良かったか。
「………は」
春藍は何をすべきか。分からない。とりあえず立ち上がった。
戦え。このラッシと戦うしかない。どう戦えばいい?って顔をしても、それはライラにもラッシにも答えを返してくれるわけがない。アレクさんと呼びたい。あの人ならきっと何でも教えてくれる気がする。
けど、今は。ライラとネセリアを救え、ラッシを倒せる機会があるのは春藍だけなのだ。
「春藍慶介はさ」
人間だろうか?それとも、管理人に飼われたり、言い様に使われるだけの、”物”なのだろうか?今のところ分かるのは自分は"管理人"が嫌いだ。
だが、嫌いだからといって、戦うなんて選択肢を一度たりとも選んだことはない。
左耳に声が入って、頭の中で嫌な気分になって、右耳に声が出て行くんだ。それだけしか自分にはできなかった。
「これぽっちしか、できないんだ」
「あ?」
春藍がポケットから取り出したのはまだ試作段階の"科学"だった。取り出した物は小型のスピーカー。そして、コードが繋がっているのはまだ春藍のポケットの中に隠れる小さな音楽プレーヤーだった。そのスイッチを春藍は付けた。
"Rio"起動しました。
「なんだぁ?」
自分には心地の良い曲だ。けれど、アレクさんやネセリアにはどうやらそれが分からないようだ。人によってやはり好みがある。僕は"クラシック"が好きだ。アレクさんは"ロック"な曲が良くて、ネセリアは"テクノ"という僕やアレクさんには一番理解し難い曲が良かったそうだ。
春藍慶介
スタイル、科学
スタイル名、Rio
音楽プレイヤー型の科学。
曲によって、聴いた者の状態を変化させる能力。”クラシック”、”ロック”、”POP”、”テクノ”の4種類(現段階では)にジャンルが別れ、聴いた者の好みによって、状態が変化する。
ドォォンッと深い打楽器の音がスピーカーから流れてから始まる、チェロとピアノ、バイオリンなどの弦楽器のメロディ、吹奏楽器の音も流れ出る。
パンパカーンと派手な音も出るし、綺麗で優しい音も流れる。良質なクラシック曲。ここにやってきて、3度目くらいの仕事で音楽ソフトを作るということがあり、春藍はそれで音楽の素晴らしさを知ってしまった。それが影響して"Rio"という科学を作る事になった。
「良い曲だよね」
「……悪くないけど」
ベットに転がって、今はスピーカーだがヘッドフォンにして聴くとそれはもう最高だった。
"クラシック"がサイコーであり、口ずさんでしまう時もある。
だが、それがたまに不快な気分を生んだりもする。
「な、なんだぁ?その変な曲は?」
曲を10秒ほど聴いてしまったラッシは突如、膝に手をつけた。ふんばるような表情を見せていた。
「き、気味悪い曲を流してんじゃねぇ!!」
「ひっ!!」
春藍はラッシの形相に驚いたが、スイッチは切らなかった。切ったら殺される。
アレクさんやネセリア達で実験をしており、"Rio"は不快に思った曲を聴くと、体調に悪影響が出る。また、良曲だと感じ取ると身体が軽くなり、ストレスなども忘れる事ができる。
音楽の力を良い意味でも、悪い意味でも現していた。
ラッシが"クラシック"という曲を嫌っていた事は偶然だった。正直、偶然に賭けるしかなかった。そして、春藍は突如座り込んで手袋を填めている両手を地面につけた。
"Rio"には自分の能力を強化できる力もある。"創意工夫"を、春藍慶介を曲が流れている間なら力を増す事ができる。
「守ってくれ!」
ズウウゥゥンッ
"創意工夫"によって瞬時に春藍とライラとネセリアを守る、何層にも作られた大地の要塞が出現。土を変化させ、鉄や金にしてラッシの雷と風を守れるようにしていた。
「この!クソガキが!悪足掻きのつもりかぁっ!?」
ラッシは両手を揃え、この気分が悪い状態から全力を放った。
「愚者の祈り!!」
バヂイイィィッ
雷と竜巻の一撃は春藍の作った大地の要塞は崩れなかったが、大きなヒビを作り出した。
即座にその一撃を連発するラッシ。
バゴオオォォッ
「うわぁっ!!」
「はぁっはぁっ」
必死に作り上げた要塞が大破。1分も掛からずに崩壊し、ラッシの目に春藍達が映った。
「終わりだぁ。クソガキィ」
「!」
春藍の目にはラッシと、もう1人。この人をいつも頼っていた。
タバコを吸う余裕があるならもう少し早く来て欲しかった。
「アレクさん」
春藍の守り勝ち。救われたという笑みが出た。ラッシが振り返った時にはもう遅かった。ライターを付け、炎の形は剣のようになっていた。アレクはもう攻撃を始めていた。
「火斬」
ズパァンッ
炎の熱で斬る現象を再現。ラッシの身体、胴を焼切り下し、ライターの火を消した。
「があぁっ!?」
痛みの叫びと同時にラッシの身体は地に落ちた。
「あっっちいぃっ!?テメェ!アレク!クロネアを、倒したのか!?テメェはぁ!?」
「ど、胴体が離れているのに、喋れるなんて」
ラッシの、管理人の生命力に驚いてしまう春藍。だが、アレクは切り落としたラッシよりなんとか生き延び守った春藍より、傷付いたネセリアより、ライラに叫んだ。
「急げ!ライラ!早くしろ!」
今はこの世界から出ることを優先していた。
それからでも良いはずだと、アレクの頭にはあったからだ。
ライラも、ラッシがやられたところを見て急いで陣を組み立てようと動いていた。
「言われなくても!つーか、その音楽消して春藍!」
「そうだ!春藍!五月蝿いぞ!」
「え、えぇっ」
自分にはとても心地の良い曲なのに、みんなには雑音みたいな扱いを知り、ちょっとショックな顔する。一方でアレクは切断したラッシの頭の方を、ライラの魔法陣から出るように投げ出した。
「クソが!アレク!この世界を出る気か!?」
「テメェ等みたいなのと付き合うのは嫌だからな。俺はしばらく、旅に出る」
「それは俺達"管理人"全員を敵に回す事になるぞ!覚悟は出来てんだろうなあぁ!?この世界の地位や功績なんて関係ねぇ!見つけ次第処刑だ!」
普通なら死んでいるような状態で喚き脅迫するラッシ。それはきっと間違いではないと、春藍には感じ取れた。ライラが別世界から来ても、そこには"管理人"がいたらしい。
どんな世界にも"管理人"というのはいるのだ。
人類は管理されているんだ。
「脅すなよ、余計にお前等が何をしているか気になるじゃねぇか」
「!」
「なぁ、春藍。色んな世界があるみたいだぜ!」
「あ、アレクさん。なんで楽しそうな顔をしてるんですか?」
まだライラがどうして管理人に追われているのかを、まだ聞いていない事を思い出した。
なぜなんだろう?彼女はどうして、こんな危険な事をしているんだ。
そして、僕も、普通に分かりそうなのになんで助けたんだ?
「俺は"科学"がどこまで凄いか、"科学"のない世界で試したい」
「アレクさん」
「一番の技術者だからだ!それくらいの野心があるから、こーゆう事をするんだラッシ。お前には人間をちーっとも理解できていなかったようだな!俺達人間は向上心と夢の塊でできているんだよ!」
アレクさんは言葉通りの覚悟がある。ホントに凄い人だ。だから、追っていける。けど、それは着いて行く理由じゃないか。僕の意志が伴っていない。
「調子に乗るなよ、たかが四人!それもまともなのはテメェとライラだけだ!すぐに死ぬぜ!!ええぇ!?おい!"管理人"は数え切れねぇほどいるんだよ!」
「死が怖くて、"科学"を頂点にするなんてできねぇだろうが」
僕達は。
「行くよ!春藍、アレク、ネセリア!!」
「飛ばせ!」
「!」
世界を救う旅に出るのではなく、世界を変える旅に出るのである。
それは人間を支配している連中からの管理から逃れる事、四人の冒険が始まる。
ドヒュンッ
ラッシの目の前で、春藍慶介、ライラ・ドロシー、アレク・サンドリュー、伊達・ネセリア・ヒルマンの4人が、この世界から別世界へ飛んで行ってしまった。