”商業市場街”月本に行ってみよう
「お買い物ですか!!?私、行きたいです!!」
「いや…………買い物じゃないわよ?交渉をしに行くのよ」
本格的にフォーワールドで、"SDQ"の研究が始めるために色々な道具を揃えやすくしたいという意見が出た。クロネアに相談したところ、"無限牢"内で一番の流通と商売が起こっている異世界を紹介してもらった。
フォーワールドはその科学力を全世界に提供しているため、向こうからの協力もおそらく受けられるとクロネアは語っていた。すでに向こうの世界の管理人にも話は通しているのだとか。
「アレクさん、スーツが決まってますね!」
「久しぶりに着たぞ…………まったく……。白衣が恋しい」
「なんで俺まで付き合わねぇーっといけねぇんだよ。殺すぞ!!」
アレクとライラを中心に話をまとめ、監視という役目で管理人のラッシも同行。春藍とネセリアは参加を希望し、アレクとライラがちゃんと見ると決めて同行が許された。
「妙なマネをした瞬間にテメェ等、皆殺しだからな。よく覚えとけよ」
「そうならないように気をつける。お前はただ記録してれば良いんだよ」
建前上、異世界を移動する際には春藍、ライラ、アレク、ネセリアは目を塞がれてラッシがちゃんと移動の手続きと科学を操作した。正式に人間を移動させるのは滅多な事でもない限りしない。そんな権利をラッシ達はまだ持っていないからだ。
ゴアアアァァァァッンンッ
派手な音ともにちゃんとした移動で、フォーワールドから月本へと辿り着いた4人。ラッシが目隠しを外してやった。
「ここが、……”商業市場街”月本…………」
送られた地点は管理人達が使うちゃんとした施設の中。それでも窓の向こう側に広がっているのはフォーワールドのような、巨大な施設がいくつにも存在している場所。人込みも非常に多く、耳に残りそうな声もよく轟いた。商業の風景はここから見えないけれど、音だけでとてつもない騒がしさを持っていた。
「おい、春藍とネセリア。ここの探索はなしだぞ。テメェ等は用事があってここに来ただけだからな!分かってるな!?」
「ご、ごめんなさい……」
ラッシに注意され、ピシッとする春藍とネセリア。右腕に魔力を溜めて本気で撃つ構えであった。買い物を愉しむということはできそうにないと残念がるネセリア。
ラッシに案内をされる形で春藍達は進んだ。その中でアレクがラッシに積極的に話しかけた。彼のことは嫌いだというのに…………。
「ラッシ。ここの世界には俺達が作った科学も流通されているのか?」
「当然だろ。フォーワールドの科学はブランド物扱いされているんだぞ」
「ブランド物か…………ならばさぞ、良い物と物々交換ができたのだろう?」
「テメェは等価交換と思っているのか、そんなわけねぇーだろ。馬鹿野郎が」
アレクを貶すラッシであるが、術中にはまっている……。彼の会話から情報を得ていた。
「フォーワールドは決定的なほど、食料自給率が他と比べて低い。お前等の腕で食料を買い占めてんだよ。ハンバーガーとかパスタとか、加工食品メインでな」
「それが等価交換じゃない……?」
「頭悪ぃーな!テメェな!!お前等の腕にはつりあわねぇーもんと交換してるんだよ!!」
「なるほど。ラッシには珍しく、俺達の腕を褒めているというわけか。加工食品は確かに必要だが、消耗品ゆえに価値としては難しい物と交換しているのは惜しいというわけか」
「!!っ……ぐっぅ…………テメェな……。ムカつく野郎だぜ」
ラッシはようやくそれに気付いて、歯軋りをした。
月本にある建造物の高度さはフォーワールドと同等くらいであった。大型なエレベーターに乗ったり、認証システムがあったり。迷路過ぎるこの建物内をまっすぐと進んでいるラッシ。
「お前はここの関係者でもあるのか?」
「正式な管理人じゃねぇが、多くの異世界のバランサーとして成り立っている世界なら多少の情報と主張ができるんだよ」
「異世界のバランサー?それってなんです?」
ネセリアの疑問にラッシは口をつむいだが、代わりにライラが答えてくれた。
「世界をいくつか繋げて存在を確立させている世界のことよ。さっき、ラッシも言っていたけどフォーワールドも優良な"科学"を開発するだけで、異世界からフォーワールドが不足している部分を補っているのよ」
「あ、そっか。じゃあ、吉原やモームストみたいなところも」
「きっとそうね。いくつか異世界を回って気付いていたかもしれないけど、どの世界も一つでは成り立たないようにしているのよ。異世界同士共存するようにね」
「なんでそんなことをしているの?」
春藍はライラにではなく、この場で唯一の管理人であるラッシに明らかに訊いていた。こんなことができるのは春藍が成長したからだろうと、アレクには分かっていた。
「人間はいちいちもめちまうんだよ。必要以上を求めたり、時には欲求にやられんだよ。その点、俺達は数字でテメェ等を計ってやるから適量なんだよ」
「て、適量って…………僕達は人間だよ……」
「うっせーし、うっぜーな!!テメェの頭の中にはフォーワールドしかねぇのか!?"無限牢"の中にある異世界ってのは俺でも数えきらないほどあんだよ!!ムズイんだよ!!」
ラッシはこれ以上話させるんじゃねぇーっと意味を込める怒気だった。それにネセリアは竦みあがってしまったが、春藍はケロッとしていた。これ以上の質問は確かにマズイと思いつつ、ラッシの言葉には人類を信頼していないという面が見られたと考える事ができた。
「おっと。ここだ、ついたぜ。余計な事を話してるからうっかりしちまった」
「!」
「月本の管理人様の部屋だ」
ラッシが指差したところはどこにもありそうな会議室の扉であった。ただの白い扉。張り紙に黒くて汚く、"会議室"と書かれている。いかんせん貧乏臭さが漂う…………。アレクさん、スーツに着替えた意味はあるのか?
ガチャァッ
「やぁ、ラッシ。何百年ぶりだい?入りなよ」
櫛永
管理人ナンバー:037
スタイル:魔術
スタイル名:パゥチュー・エンチュー
会議室と書かれている割に中はなんと和風かつ家庭的な環境が目立つ部屋。中央のコタツ、置かれた皿に乗る柿、置かれるリモコン。二つあるモニターはどうやら月本の商業風景を映し出しているようだ。コタツに入っているやんわりしている男性……なんとも気の抜けている感がある。
「相変わらず、コタツ好きだな」
「入った入った!客人達も入りなさいよ。大きいコタツだよ!」
「は、はぁ……………」
なんていうか……あっけにとられた感がある。人間味が多い管理人だ。異様とも思える会議の円卓。コタツ。ラッシが一番似合っていない。
「良いコタツですね。気持ちいい」
ネセリアは服を一枚脱いで、後ろに置いた。十分に寛いでいる顔だ。気温は少し寒いくらいにして、入れている足は生温かくしてくれる。櫛永はテーブルの上に置いた蜜柑をとって、皮を剥きながら尋ねる。
「なんか色々欲しいんだろう?私には物の価値が分からないけどさ、…………物資と人材のリストを出してくれないかな」
剥いた蜜柑を頬張りながら、緊張感などとは無縁のオーラをさらけ出す櫛永。管理人であることは認められるが、度量が本当にあるのか……逆にライラが聞き返す。
「ホントに私達が望む物まで用意してくれるのかしら?」
「疑われちゃってる?困るなー、仕方ないけどさー」
蜜柑を一個平らげてから、
「ま、君やそこの大男はもちろん、ラッシと戦ったら私は死んじゃうよ。戦闘向きじゃーない。後方支援を軸としている魔術なもんで」
「………………」
「だらしねー奴だが能力だけは一級品だ、そこらへんはこの俺が保障してやるよ。なんか一発、芸を見せてやれよ」
「私は大道芸人でもないんだけどね、ラッシ」
ラッシに薦められる形でライラを信頼させようとする櫛永。集中して、魔力を練りながら指パッチンの構えをしている。
パチンッ
音と同時にまるで上からタライが落ちてくるようにやってきたのは、
ドサドサドサァ
「うわぁぁっ!?」
「か、柿が降って来た!!」
「!……転送のような力か」
櫛永には2個……春藍達には1個ずつ置かれた加工を施された柿がテーブルの上にやってきた。
「皿もついでに持って来いよ。ふざけんじゃねぇよ」
「冷静なキレ(ツッコミ)じゃないか、ラッシ。テーブルは綺麗だから大丈夫だよ」
櫛永は自分で運んできた柿を手にとってムシャムシャと食べながら春藍達に説明する。
「大男………って、君がアレクくんかな?君の考えは半分正解。ただ転送ってのはちゃんと座標が分かっていなきゃできないことだろ?私のは徴集だよ、この世界にある欲しい物を自在に好きなだけ持ってくる事ができるんだよ。どこに隠してようが、連れて来ることができる。どうだい?凄い能力だろ?(生命体の徴集は不可能)」
そして、櫛永は二つ目の柿に手を伸ばした。
「櫛永さんって食べるの速いですねー。美味しそうに食べてますし」
「あれ?私、能力を説明してカッコつけたつもりなんだけど。見るところが違うね、お嬢さん」
「よーするに泥棒したわけでしょ?あたし達が食うわけないでしょ。皿にも置かないし」
「泥棒って…………はい、そうです。悪く言うとそうです」
「俺達は別にタダで欲しいというわけじゃねぇよ。力を貸してくれと言っているだけだ」
「あ、うん。………分かっているつもりだよ」
「掃除機みたいな能力なんですね。無くした物を見つけられるなんて凄い回収能力です!」
「私はゴミを集めているわけじゃないんだよー。本当だよー。部屋はわりと綺麗でしょ?」
4人にフルボッコされながらも、二つ目の柿も食した櫛永。まぁまぁ、分かった。自分の理解能力の低さに少々気落ちするも、
「商業市場街"月本"は自信を持っている。何でも揃えられる。多くの異世界と繫がっているから、いろんな物が集まっているんだ」
立ち直り、そこだけは爽やかで真面目な顔をして4人に伝える櫛永。ラッシもそれには頷いた。そして、
「櫛永の能力はこーゆうところじゃねぇと無意味だからな。役に立たねぇ能力だ」
「あ、君も私を弄るんだよねー……もう心のヒットポイントがないよー」
また櫛永は集中して、魔力を練りながら
パッチンッ
今度はテーブルの上にではなく、自分の後ろに落とした。徴集してきた物資は洋服だった。
「自分の服だよ」
「そうなの?」
「泥棒じゃないからね!!ホントだよ!!」
ライラが泥棒みたいな能力だと言ったもんだから、櫛永はあえてその部分を強調していた。パゥチュー・エンチューは商業市場街"月本"にある物体は何でも徴集できるが、自分の服やA店の林檎だけなどといった条件や縛りを加える場合、座標や情報をしっかりととらない成功しない。
櫛永は服を羽織ながら五人に伝える。
「それじゃあ、見学に行ってみようか?私の監視がつくけど、月本を実際に見回った方が。アレクくんにとっては実際良いだろう」
「!!」
ラッシは頑なに拒否していたが、ここの管理人である櫛永はあっさりと何も言わずにOKを出してくれた。
「おい!良いのかよ!?」
「構わないんじゃない?私とラッシがいるんだ。大事になったら対処できるさ」
「良いの!?それはありがたいわ!実際に見た方が良いわよね!?アレク!」
「ああ。何でも揃うと言われるだけの世界なら、良い発見がありそうだ」
「お買い物できるのかな?」
「ネセリアはそれが楽しみみたいだね」
意外でとてもグッドな提案に明るくなる4人であるが、ラッシは櫛永の耳元で尋ねた。アレク達にはちゃんと聴こえない声で
「あいつ等は管理人に対して良くは思ってねぇーんだぞ。やべぇとこは行くなよ」
「そうかな?ポセイドン様は以前、ここから大量の実験体を買ってたりしてたんだよ。いずれ、仲間よりも物を使った方が良いと思うさ」