僕に勇気をください
タァッ
「ここだよね」
ベンチェルロ広場に出られる梯子の前に辿り着いた春藍達。
まだ、アレクがクロネアと戦っていた。アレクの命令通り、先へ行かなくてはいけない。
「私が一番に行きますね」
そう言いながら、すぐにネセリアは梯子に手を掛けて昇っていこうとしていた。
「え、ネセリア」
下からスカートの中丸見えじゃんって、ライラはライラなりの常識を持っていてツッコもうとしていたが、あっという間に昇っていくネセリア。それを心配そうに下から見ている春藍。とても静かにとても心配そうに見ていた。
「普通に見えるんだけど」
ライラはネセリアに代わって恥じた。自分の両目を左手で抑えた。
「ライラも次に行って良いよ」
「えぇっ!?」
春藍の言葉にライラは自分の体の衣服を見た。ネセリアのメイド服ではない、アクティブでカジュアルな運動に適している服だ。下からは見えないが。
「この変態が!!」
バチンッ
ライラとしての女の本能が動いて、言葉と行動が出た。レディファーストや女性優先なんて言葉は存在するが、これはどう考えてもおかしいだろ。悪意が感じられる。下からパンツ見える状況を男から言い出すなんて変態以外何物でもない。ガチの変態だ。ライラの心中に、春藍は"真摯なスケベ"という性格であることを察知した。
「いっ、痛ぁっ。な、何するの、ライラ?」
お前が何させようとしてんだよ!って顔をするライラ。
つーか。分かっている、自信はある。私の服は下から見ても不思議はない!それを後々になって自覚するライラ。スカートじゃないんだ。
「僕はその」
そのぉ?
「アレクさんをギリギリまで待ちたいんだ。アレクさんが心配なんだ。管理人と戦うなんて無謀過ぎるよ。分かってくれないかな。ライラ」
「!……」
春藍ってアレなのかもしれない?
ネセリアもそうだが、春藍も相当あぶなかっしい性格だ。ライラは一旦、冷静になって。
「じゃあ、私が昇るまでアレクがいる方向を向いてなさいよ」
「う、うん。けど、どうしてそんなに怒るの」
「分かったぁっ!?」
「は、はい!」
ライラはネセリアに続いて昇る。なるべく、早く。ネセリアはもう地上、ベンチェルロ広場に上がった。
「あ、ライラ!心配しましたよ」
「私がネセリアを心配したわよ」
無事、春藍達はベンチェルロ広場に辿り着いた。
「春藍も早く来なさい!」
「わ、分かったよ!」
周囲には科学兵器もおらず、周囲の様子も慌しい声や放送が聴こえているが、ここは至って静かに思えた。
「よっと」
「遅いわよ春藍、始めるわ」
やや遅れてここに来た春藍。しばらく、アレクを待ったんだろうって顔をライラはしていた。一方、ネセリアは命令に尽くそうとしていた。こんな子がアレクから離れたらどうなるんだろうか。
そんな思いとか考えは、これが終わってからでも良いだろう。
アレクは待って欲しいと言っていた、春藍も言っていた。ネセリアもきっとそうだが、ライラは待っているわけがない。今すぐ、行きたい世界がある。救いたい場所がある。
正直、待てる時間は10分。移動できる陣が完成するまでにアレクが来なければ置いていく。
ビリイィンッ
異世界へ移動するための陣を製作するための魔力の消耗は激しい。ライラの魔力は管理人の2人分以上もある。ラッシやクロネアよりも"魔術"に関しては上に行ける人間なのだ。
ビリリィィッ
ライラの身体が赤く光り出し、頭から足へ何かが動いてライラの身体から発していた赤い光が地面へと移った。高速に描かれる魔法陣、
「ふあぁっ」
「な、なんだこれ」
陣内で見守る春藍とネセリア。今まで"科学"ばかりに浸っていた2人にとって、ほぼ未知の領域。見た事がある魔術と言えば、ラッシの"ライヴバーン"。噂でクロネアの"クロツグ"だけ。
ライラもそうだし、ライラ以外にも自分達の知らない世界にはこんな連中がいるのだ。
聞き取り難い言語を喋りながら、自分に集中しているライラ。周りが見えない。
ギリイィィッ
「!」
とても不吉な音がした。異世界に行くというから、春藍が想像していたのは空でも飛んでいくのかとファンシーな考えであったが、例えるならどこにでもあるノートにある一枚のページ。そこから次のページへ行くようにするには、捲れば良いという単純な動作ではなく。今のページを破いて次のページを見るような。破壊を催す予感が春藍には分かった。
危険な予感。今まで、この世界で亡くなった中で事故死した人達のほんの一部。成功するかしないか。分からないような実験をして死んでいった、かつての仕事仲間が浮かんだ。
危険を承知してやっているとは違う。危険な行為をもうしている者達
「危ねぇよ。その移動の仕方はなぁ」
待っていた。ど派手に作られる魔法陣。
それがライラの気の緩み、大チャンスであった。
管理人、ラッシにとって。これほどカンタンな仕事はない。
バヂイイィィッ
「あっ……ぅ……」
ネセリアの大きな胸を貫く、ラッシの雷の槍。貫いたまま、雷の槍はその先に進んである巨大な"技術開発局"の一つの施設に直撃して大爆発した。
ガラシャァァッ
音が、遅れてやってきた時。どれだけ、音が軽い物か知れた春藍。凄みと不吉を孕んだライラとは違う。正真正銘の恐怖を思い出した。調子に乗ってました、ごめんなさいって謝っても、逃げても無理な相手。人間達は"管理人"達に徹底的に管理され、生きていられる。
カクンッ
春藍の両足が折れてしまった。地にへたり込んだ。そして、一撃で倒れたネセリア。息は、ない。雷はラッシからだ。ラッシ以外ありえない。
「くっ」
ライラは苦心の末、陣を解除した。途中で陣を解いたが、大きく魔力を陣に使っていた。疲労感が来ている。そして、この相手。ラッシとやり合う。
「おうおうおう。唆すんじゃねぇ、そいつ等は貴重な労働者なんだ。大人しくしてくれよ、ライラ」
「あ、あんた。ネセリアを後ろからやるなんて」
「良い子にしてるんだな。クロネア達がいねぇとなりゃ」
抵抗するのでって報告で"技術開発局"を半壊させても文句はでねぇ。
ライラが自分の魔術を発動するよりも先にラッシはネセリアを攻撃した時と同じく。次への攻撃の準備が整え終えていた。
さっさと降伏して欲しい。それは"管理人"としての立場。
「3秒で地面に伏せろ」
ラッシ自身の本音は戦いてぇ。ぶっ壊してぇ。ただ人を管理する仕事ってのはラッシには苦痛であった。管理人達にもそれなりの感情を持っている。
「1、」
たった3秒でライラに何ができる?魔力もあまりない。
今は戦って勝てる相手ではない。相手はおそらく、無茶苦茶にしてくる。この広場を消し飛ばしても良い気持ちでいる。攻撃力と破壊に対する覚悟がライラとはレベルが違う。
「2、」
空中に移動する?けど、それで逃げ切れるのか?時間が経てば経つほど自分には不利だ。
自分は連れ戻される。桂はこいつよりも何百、何千倍と強い。
「3」
ライラは思考に思考を重ねたが、いい答えは出なかった。ラッシは右腕を振りかぶり、投げるように放った巨大な魔力の竜巻。
見た瞬間、ライラがとれた行動は本能に近く。どうしてこんな事をしたのか、理性は分かっちゃいない。
バシイッ
地に座り込んで失意にある春藍と、ラッシにやられたネセリアを助けようとした。自分だけ竜巻を避ければ良かったのに何をやっているんだって、
グシャアァッ
右足が避け切れなかった時、感じた。
「ぐうぅ」
"魔術"の攻撃は自分の持っている魔力である程度の軽減はできるが。足が繋がっているだけマシと思えた。ラッシが放った竜巻は地を抉り取っていた。春藍やネセリアが直撃していたら、木っ端微塵になっていた。
「ら、ライラ」
春藍は震えていた。ネセリアもライラも、ラッシに傷つけられた。自分は何もしていないどころか、2人に助けられているかのように思えるほどだ。何をしているんだって、心の中で問うても。僕に何ができるんだと。僕は答えていた。
自分には管理人に立ち向かう勇気はない。終わりだ。
「馬鹿じゃん」
「!」
僕には。春藍慶介には、何をしていいか分からなかった。けれど、足をやられたライラには春藍が生き残る手段が分かっていた。
「怯えてちゃ、助けた私が馬鹿になるじゃない……」
「ライラ!」
「戦いなさいよ、春藍。……男の子でしょ?」