アーライア。旧跡地
ドオオォォンンンッ
アーライアにとても大きな歪が生まれた。
朴の結界から出てしまった春藍とネセリアが待ち受けるのは死しかなかったと思われたが、触れたら終わりと察したネセリアがとっさに起動した"掃除媒体"が、ライラの"ピサロ"とは違って良い暴発をした。
非常に強い吸引力で自分も、春藍も、多くの"SDQ"も吸引して。一枚のCDの中に入れた。
「う、ううぅっ…………」
「だ、大丈夫!?ネセリア!?」
"SDQ"をわずかに触れたネセリアの負傷した左腕を春藍は"創意工夫"で修復しようとするが、この世界がそうなのか。ネセリアに触れてから発動しようとしているのに、空気にも反応してボコボコと"創意工夫"から黒い煙を発現させてしまう。
「うわぁっ!?なんだこれ!!?」
「大丈夫です。春藍…………少し掠めただけみたい…………」
「は、早く朴管理人と合流しないとね……」
春藍もここがネセリアの"掃除媒体"の中だというのは分かる。だが、彼女の力でもここまでの出力は絶対に出せないはずだ。ネセリアがこの空間に入っているというのに吸引力が止まっていない。
「ど、どんどん奥へ行こう!走れる?ネセリア」
「う、うん!」
春藍とネセリアは空間を走り、とにかく"SDQ"から離れていく。外の様子がどうなっているのか分からない。ライラとアレクが無事であれば良いと思っている。
「はっ………はっ…………」
「はぁっ……はぁっ……」
2人共分かる事はアレクやライラと比べれば体力がなく、スピードもないし、長時間は走る事もできない。頻繁に2人で振り返って、"SDQ"が積もっていくのを確認する。ただ逃げるしかないけれど、二人には不思議と焦りも、恐怖も……薄かった。
怖いのは確かだと思うけれど。特別にやれる事もなく、もうこの先は明らかに運任せであった。何を考えているか、二人共同じだったと思う。
心配する方よりされる方は気楽で良い物だ。まだそこまでの痛みと苦しみが二人に届いていないから。
出身世界と教育された世界が"未来科学"フォーワールドという、人間が物のように扱われていたからこそ命の危機は当然怖いが、当然にあるものだと理解できていた。
事故死や、処刑されたところをも見て来たからだ。
「ここから出て大丈夫なのかな?」
「外は"SDQ"だらけだよ。それより、ここがどこまで持つのかな…………」
慌てないのは覚悟ではなく、仕方ない、無理じゃんという諦めが多く。行動するのも覚悟ではなく、ただ危ないから避ける、埃がつくから払おうという心が伴っていない行動だ。
ライラやアレクの心配ほどの状況ではなかった(無理ゲーは変わらずだが)。決して優秀ではない。最善ではない。しかし、2人の育った環境の歯車と、ライラ達と一緒に色んな世界を回った環境の歯車が噛み合って2人は歩ける。生きられる。
「そういえば」
「なに?」
「春藍と2人きりって久々だね。フォーワールドにいた頃は結構一緒だったよね?同期だし」
「そうだね。よく考えたら……うん。ネセリアはライラと一緒が多かったね。僕達は変化が大きいね」
春藍もネセリアも、こんな日は珍しく感じた。懐かしいというよりかはお互いに変化したというのが正しくて。ネセリアだけは何かを考えていて、何を考えるんだっけ?っと繰り返すような顔になった。
「うーーん……このまま死んじゃったら、少し嫌かな?」
「そ、それは僕も思ってるよ。頑張って生きようよ」
「!」
「アレクさんにもまだ学ぶ事があるし、ライラとも一緒にいたいし、ネセリアとも旅したいんだ」
目の前にある危機の受け入れに少し抵抗を感じたネセリアだが、春藍は希望だけを言った。それは確かにネセリアに勇気と、複雑なモヤモヤを与えてしまった。でも。後者はすぐに晴れて消えた。打開する事はできないが笑顔を出して、気持ちだけは保ってみるネセリア。
「うん!一緒に生きよう、春藍。ライラとアレクさんに合流しよ!」
「ああ!!」
二人の気持ちが引き締まったところで。絶望を伝えるように文字通りの壁が二人前に現れた。"掃除媒体"の空間範囲の限界だ。押しても無理だが、……ここをぶっ壊したら。それはどこに辿り着くか分からない。
「ど、どうしよう?」
「うーん…………」
できる範囲を考える。ここから救われる方法。1.アレクさんが助けてくれる。2.ライラが助けてくれる。3.朴管理人が助けてくれる。結論、仲間が助けてくれるしか浮かばない。それはダメだと春藍は無意識に首を横に振った。
"Rio"は使えない。"創意工夫"はあるが、何を変えれば適切か?そもそも"SDQ"に触れて大丈夫だろうか?迫り来るというより、埋まりそうな形になる"SDQ"……。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
「あ」
際限なく吸い込み続けた"掃除媒体"だったが、自分達を含めて容量がパンパンとなって空間が破裂する事がネセリアには分かった。春藍もそれに気付け、とっさにネセリアの身体を守るように掴んだ。
ゴガガガガガガアア
間近で春藍とネセリアは拝めた。先ほど巻き込まれたアーライアでの振動はどうしてできるのかというメカニズムが分かった。とてもシンプルじゃないか。シンプル過ぎて対処できないじゃないか。思うに時間は掛からず、口が開いた。
一枚のベニヤ板に100トンの鉄を乗せて、割れないようにしてくださいという難題が出された気分だ。耐えられるならベニヤ板にしないし、一枚にもしない。
ギュウゥッ
「は、春藍!」
春藍は強くネセリアを抱いた。二人の髪が大きく凪んだ。"掃除媒体"が吸い込みから吐き出す動作を行うのはエラーの証だ。しかし、吐き出す動作も何かがおかしいと感じる。
「うああぁぁっ!!」
仮想空間が物理的に折れるように砕け、春藍とネセリアは下へと落ちていく。だが、落下していると視覚が理解しているが、横にも転がったり、打ち上げられたり、身体は動かされていた。不安定な異空間にいるため、無重力に近い状態である。終わりに辿り着くまでただ流されていく。
二人にとってはこんな体験はもうないだろうと思っていた。死ぬという意味でもある。だが、不思議な移動は1分ほどで終わってとある世界に辿り着いた。
その辿り着き方は異世界への移動とは別で、突然に現れた感覚。
「あ」
「ここは……」
先ほどは落ちていたのに。自分達はいつの間にか街の中で棒立ちしていた。
「ど、どこでしょう…………」
「さ、さぁ……?困ったね」
アーライアとは違う世界。人類の居住宅共思えるほどの濃い人口密度だった。犬と散歩をする者、スーツ姿で自転車を漕ぐ者。タバコを吸う者。一緒に学校を向かおうとしている学生さん達。春藍とネセリアの恰好がおかしいと思えるほどだった。だけれど、どこか一部の人間達は自分達と似ていた気がした。
「あのー」
「はい、今すぐ向かいますので!」
「すみません」
「でさー、船田が彼女を作っていて」
「分かる分かる!」
春藍とネセリアは通りかかった人達に声を掛けるも、まるで無反応。それどころか春藍がこの世界の人に触れようとしたらスカリと……空転した。
「え?」
ネセリアもその後に気付いた。この人達に触れられないだけじゃない、声も届いていない。
「な、なんだろう!これは!!?」
「わ、分からないよ!ライラなら説明できるんじゃない!!?」
ライラはいません。
「ど、どうしよう!こんなに人がいるのに声が届かないのか?」
「もっと大きな声を出す?」
「それは意味がない気がする…………」
春藍とネセリアは戸惑いながらひとまず歩いてみた。人に聞けないのなら、少しでも外の景色を見て判断するしかなかった。歩いているとまず不思議な事に気づいた。
自分達の歩行速度よりも周りの人達の歩行速度が速いことを感じた春藍。それがどんどんと速くなっており、ネセリアは他人の会話を隣で聞いたところ。現在の時刻と西暦が違っている事に分かった。
「あ、あれ?」
「ホントになんだろう……」
ここに流れ着いたと思ったらドンドンと景色が変わっていくことに気付く。学生さんは顕著だ。髪型を変えたり、香水を変えたり、制服が変わったり、友達から彼氏や彼女を連れたり、時にはスーツ姿や私服姿となり。そして、働いていた者達は徐々に老いていった。人にもよるが髪だったり、足だったり、顔だったり……どんどんと衰えていき。やがてどこかへ消えてしまった。
街並みも変化していく。少しずつ豪華になっていく。
「こ、これって…………僕達以外の時間の流れがおかしいのかな?」
「そうかも。私達がいた時から200年前ほどだと、さっきの女学生……あ、もう子育て、あ、子がもう大きくなってる」
「さっきからドンドン時間の流れが速くなってる!」
景色の変わり方がドンドン速くなり、何が起こるか2人には分からなかった。けれど、速い世界の中で理解できたのは安定した環境であった事。一個人の不幸や幸運があれど世界はよく回っていた。それが一瞬で壊れる物を見た。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
「え?」
時間が加速しているため春藍とネセリアからしたら急に転ばされた。凄い揺れが発現し、同時に誰も疑わないところから空間が壊れるようにやってきた、白い津波を作り出す"SDQ"…………。
この世界全体に覆いかぶさった時。
加速した時間でも、…………人々の姿は見れたし、変化も見れた。それが途絶えた。全てが屍となり建物が喰われたように朽ちていき、時々崩れた。何十年かけて崩れたんだ。
「僕は死ぬかと思った…………」
「私も少し…………ビックリしました。でも、なんで無事なんでしょうか?」
春藍とネセリアは"SDQ"の上に乗っていた。埋まらずに自動的に"SDQ"の上に乗っていた。
「もしかすると、これが起こっているのは過去の事なんじゃないかな?僕達は完全に過去へタイムスリップしたんじゃなくて、不完全な状態で来てるんだよ」
「た、確かに。私達の声が人々に聴こえてませんでしたし、反応もなかったですね」
「過去の事を僕達は見ているんだ……………」
実感ができるというのは生きたということ。恐怖を理解するのはそれからだった。
「まだ降ってるね」
「うん」
降り積もる。…………春藍達は今、元いた時間に戻ろうとしているのに理解できたが、変化が見えるのは自分達が自動に昇って行くこと。埋もれた人間達は出たりもしない。上から見下ろせばわずかに"SDQ"が侵食していない土地が見えていたが、徐々に白く覆われていく。そして、そこからも降り始めた。
ここまでなるのにどれだけの年月が掛かっているのだろうか?
「っ………………」
春藍とネセリアはここでは未来の人だ。だから、過去の人の声が聴こえる。言葉が分かる。だけれど、アーライアのここには過去はあれど、言葉はなく。終焉しか見えなかった。
自分達が踏み入れたアーライアは平坦で平地であると思ったが……平坦ではあるが、普通の世界では上空と指す位置だったのだ。高すぎるところまで自分達は昇り、白いだけの世界になる。周りにあった世界も"SDQ"で高くなっていく。一杯一杯になっている。
だけれど、ここに人々はいなかった。住めなかった。生存できる環境ではなかった。




