その昔の事とか、今の事とか
トントントントン
「本当にいいんでしょうか?私達が勝手にここで調理をしてしまって…………」
「うーん。勝手にやって構わないって言ったからね」
アーライアへ行く事が許可された後、よく考えればレースやら命懸けやらをしていて。身体もお腹もクタクタであった。ポセイドンの話を聞くだけでも眠気が来たものだ。
ポセイドンに調理場を使わせてもらい、ネセリアとライラが食事を作っていて。春藍はびしょぬれとなっている服の洗濯や館の掃除(ポセイドンは綺麗好き)、アレクはポセイドンと共にアーライアへ行く準備のため、館の倉庫で力作業になった。
ぐうううぅっ…………
「うううぅ……お腹が減ったわ」
「はい」
春藍とかに聞かれたら嫌になる音が鳴ったライラ。出発までは二日掛かるとポセイドンは言っていた。今日は食べたらシャワーも浴びずにベッドに泥のように眠るだろう。みんなそうだ。
とにかく疲れてしまった。ゆっくり休みたい。明日、時間があればポセイドンからも色んな世界での出来事を聞いてみたい。"管理前の遺物"というのも興味深い話、桂はそーゆう点については一切知らないと言っていただけに。
「ライラ、こちらはできますよ」
「あ、……えぇ。お皿を用意しなきゃね」
疲れからか、少しだけ考えと動きが遅れている。ネセリア達もきっとそうだと思う。美味しいシチューの匂いに釣れられて、春藍やアレクはやってきてくれた。ポセイドンはまだ整理を続けると、アレクが言っていた。
「俺達はレースで疲れているからな、食べたらすぐ寝よう」
「そうよね」
「あのレースについても僕はポセイドンさんに尋ねてみたいです。少し様子が違いましたし……」
「ポセイドンさんに時間があるんでしょうか?なんだか、一番偉い管理人と言っていましたよ」
食事を摂りながら軽い雑談をするだけで精一杯だった。みんな疲れている、疑問や質問はいくつもあるけれど。
「ご馳走様」
自分がよそった分はしっかりと食べて食器を洗面台に置いたライラ。アレクも春藍も、ネセリアも。息を合わせるように四人はポセイドンが用意してくれた客室のベットでそのまま眠った。深い眠りの中でいた。
ライラ達が寝静まった後、ポセイドンはアーライアへの出発準備を整えながら自室で通信を行っていた。すでに自動操作で回答されるようプログラミングされている。通信の相手は桂だ。
「返答は?」
『そんなことよりもやってくれおったな』
「?なんの事だ?」
『貴様が我に罪を与えるためにやった行ないだ!!貴様、玉砕覚悟でこの異常事態に我と一騎打ちを行うつもりであっただろう!!』
「最初に。貴様が拙者の邪魔をしただろう。拙者が寛容で良かったな。首をはね落としていたぞ」
直接出会っているわけでもないのにも関わらず、開始数秒で喧騒飛び交う。
「春藍慶介を送ったのはライラの仲間だからだ。その仲間に大罪を与えようとした貴様だ。拙者なりのやり方で助けただけに過ぎん」
『では貴様は奴等の罪を何処で償うというのだ!!?』
「彼等は無罪だ。拙者も償う気はない。世界の乱れは確かにあったが、今は少しずつ良くなってきている。罪だ罪だというが、大規模な賭けや見せしめのために土地どころか世界まで貸している貴様が、裁判長では説得力がないな。毎回、参加者の死亡率が9割というのは死刑より質が悪い」
『それはそれ。これはこれという物だ。人間の一部にいる賭けや、死に物狂いがないといけないアホまで管理をしなければならんからだ。それらのゴミ屑どもの世話はガイゲルガー・フェルの管理職だ。手助けするために貸しているだけに過ぎん。死者の多さは奴に言え』
一旦。口を置く、両名。言いたい事を言っていては話が終わらない。一騎打ちは両者共に避けたいと思っていながら、目の前にいたらガチでバトルをしていた事だろう。
「ライラにとらせる責任には拙者に考えがある。ポセイドンの許可が欲しい」
『なんだと?』
「"SDQ"……どの道、アーライアに向かうとなればそれの対策をせねばなるまい。"管理人"の中で最も"科学"に精通していた貴様が手を退いて、その前の人類も結果的に隠すしかできなかった物だ。それをライラに解かせる。彼女にはその意志も、できうるだけの資質があるのは貴様も知っているはずだ」
『ふ』
ポセイドンはこの言葉を聞いた時。自動での対話を止めて、本当の声で桂に伝えた。
『人間の命はせいぜい50年だ。残りに続く道は枯れて朽ちた木を、木と言っているだけに過ぎんぞ。果たして、それが上手く行くのか?無理だろう?』
「拙者もそれは思っている。人間の寿命はあまりに短い。だが、人間にはきっと繋ぐ意志と繫がる意志がある。"無限牢"を作ったのも、拙者達"管理人"を作ったのも結局は人間だ」
『それらを作らなければいけなかった状況も、人間が作ったというのは歴史から分かる事だ、桂よ』
「ああ。そうだ。拙者も無理だとは思っていると言ったはずだ。だが、貴様やガイゲルガー・フェルはそーゆう行ないを眺めるのは好きだろう?性根が腐りまくった野郎」
『心外だな。我にそのような心はない。しかし、そうか。だが、奴にそれは伝えたのか?権限はないにしろ、貴様だけが"ある意味の損"を持たないではないか』
「いや。まだだが…………だからといって、表舞台に出てくる奴ではないだろう。とにかく、ライラ達が本格的にこの問題に取り組ませるというのを、罰とするのはどうだろうという事だ。道中でくたばるのなら、粕珠に殺されるのと同じのはず。何かの奇跡が起こってくれれば人間にとっても、管理人にとっても良いことだろう?」
『我の邪魔はしないだろうな?』
「それは保障せん。ともかく、行かせてから好きにさせてやりたい。手紙にも書いただろう?拙者には春の足音が聴こえているようなのだ。パイスーが現れた事も含め…………な」
桂の提案にポセイドンは文句の出ようがないほどの、刑であると無意識に頷いていた。人生で苦難しかあり得ず、絶望色に染まったところに留まらせる桂の刑は、仕事や使命で死ぬことだ。その仕事が必ず救われるわけでもないし…………。
『逃げんのだな?機密情報に等しいのだぞ?』
「逃げるなら拙者か貴様で殺せば良かろう。それに逃げるような娘じゃない。仲間もきっとそうだ」
『1人でも逃げようとしたら』
「ああ、……殺して構わない。粕珠にやらせてもいい」
とりあえずは決まった。了承済み…………。
『それともう一つの事だが』
「分かっている」
テメェとはやっぱり組む気はない!!!
ガチャァンッ
本当の話についてはわずか一秒で片がついた。両者の溝が埋まらない事が、今の異世界の不安定さを生んでいるのは分かっているんだろう。桂の思う春の足音も、ポセイドンにはとっくに聴こえていた。
だが、管理に不必要な変化が起ころうとしているのを感じているのはまだこの2人だけだった。
ザーーーーーーーッ
それからおよそ10時間が経過しただろうか。ぐっすりと眠っていた四人が目覚めた。疲労がかなりとれ、四人で一緒にポセイドンのところへ向かった。
「おはようございます」
「おぉ、ゆっくり眠れたかね?あと準備に一日掛かると思う」
ポセイドンは意外にも自分で料理を作り、しかも人数分まで用意していた。鯨という食材を使った海鮮サラダは豪華という貴重な物だと、ポセイドンは言っていた。食べてみれば美味しいが、不思議な味があると春藍の舌は言っていた。
朝食の間にライラはポセイドンに切り込んでみた。
「ポセイドン様、今日。お時間が空けられますでしょうか?」
「大事があるとすれば、アーライアの管理人との綿密な打ち合わせくらいだが…………。他はそこにいるアレクくんに任せれば良いので、半日くらいは空くだろう」
「勝手に振ったな」
「君は体格も良く、力もある。働いた方が得というものだ。彼が代わりに残りの準備をしてくれるなら長く付き合おう。桂からも話すよう言われているよ」
ポセイドンは遠慮なくライラの誘いに条件付きで承諾する。それにライラもやんなさいよっとアレクに命令する。アレクはやれやれといった顔を出して、朝から赤ワインを出してライラ、ポセイドン、自分用に注いだ。許可なく勝手に出したのはアレクなりの報酬を頂くことだろう。
「僕もお話に参加していいですか?」
「私も」
「なっ…………お前達もライラ側に付くというのか?」
「アレクくん。今の君は3人のために犠牲になる事が吉良なのだよ。重たい作業だが頑張りたまえ」
春藍もネセリアも、ポセイドンとの会話を望んでいた事に不意を突かれたアレク。1人で支度をするとはなんつーか、イラッてくる。
朝食を摂り終えた後、アレクだけが別の部屋で作業をしてライラ、春藍、ネセリアは並んでポセイドンという管理人の最高責任者との対話が許された。
「さて、我が答えられる範囲内の質問ならば答えてやろう」
「あたしから良い?」
「構わないよ、ライラ」
「ポセイドン様。2階に置いてあった展示物の事ですけれど、あれは管理される前の物と仰っていましたよね?管理される以前の世界はどのような物だったか教えてもらえませんか」
この手の歴史についてはライラが知りたい物の一つであった。"無限牢"や目の前にいるポセイドンや育ての親である桂を造った連中の正体。
「"和の国"吉原にある書庫に行くのが鮮明であるが、…………その頃の人間達は非常に優秀であると同時に劣等でもあったのだ。かといって、平凡でもなかった。右を向こうが左を向こうが、人間達は求めていた個性を誰もが手にした故に個性の価値を消してしまった」
地球という大きな星の場所がそもそもの中心地だと言われ、"無限牢"の中心は地球が元いた場所らしい。地球にいた人類は全世界で最悪最凶な戦争を経て、一つのプレゼントが世界中に配られたという。そのプレゼントの中身が人々が求めていただろう、個性が詰まった物であった。
「生まれつき身体が弱い者、手先が不器用な者、体力がない者。コミュニケーションが下手な者。いろいろとあると思うが、とにかくそれらの短所を簡単に埋め尽くす何かが起きたのだ」
そして、それから100年ほど経ち、全人類は何もかもできるようになったが、増加していった人類に対し人類の活動領域や個性はそれほど広がることなく奪い合う事になった。これが2番目の大きな戦争と呼ばれる。戦いを続けたが、優劣に差はなく。ジャンケンの相性のような戦いが続き。…………人類に孕んだ狂気が薄れた頃にはおよそ1万人しか生存できなかったそうだ。
残った人類は二度と戦争を起こさぬよう、滅びぬよう考えたシステムが…………。
「現在の"無限牢"と、我々"管理人"のシステム。宇宙という物を分断し、隔離し、様々に管理することで人類はひとまず滅ばないという危機は乗り越えられた…………こんなところでよいかな?」
「短所を簡単に埋め尽くす何かって……"科学"なんですか?」
「"科学"という推測があるね、春藍くん。もう文字でしか残っておらぬ、誰もが使えたということから"魔術"ではなさそうだ」
「うわーーー。凄いなー。それを使ったら、僕の体力も少しつくのかな?」
「止めなさいよ、春藍!……で」
「その頃からにも確かに"アーライア"で起こっている惨状はあったそうだ」
ポセイドンはライラの心を読んだかのように先に言ってあげた。
「記録されているのは第一回目の戦争の頃からのようだが…………。その当時の記録によれば人類には"管理人"とは違い、神様なる者が存在していたとされる」
「か、神様…………?」
「あくまで信教か、それとも何かか…………詳しくはまだ我も分からぬが、神様が残してしまった汚点とも言われていたそうだ。当時はまだそれほどの広がりではないため、立ち入りさえしなければ良かったと思っていたのだろうな」