アビスポロ・スライダー②
強い海流に身を任せたアレク。
落ちたら最後、二度と上には戻れないことが分かる。それでもなお、アレクが思っている事はタバコが吸いてぇだった。吉原がそーゆう意味では天国であった。この世界は最悪だ。ビールも塩っぽい。
アレクが握り締めているのはライター。だが、"焔具象機器"は周囲が海水のため使用できない。火は起こせない。この世界で活躍する"波動砲"も持っているわけではない。
春藍やネセリアよりも戦闘力で劣るアレクが単独で挑む競技。
「だ、大丈夫なんでしょうか……?ライターが使えればきっと」
ネセリアが心配するのは無理もない。拳銃を貸すべきであった。
「なんの考えがあるか分からないけど、あいつに任しているんだから。あいつがやんなきゃ困るわよ。ホントに」
「…………大丈夫だよ、アレクさんなら。心配するなって言ったんだ」
そう春藍は言ったが、腕が震えていたのをライラには分かっていた。
ザーーーーーーーー
アレクが流れること1分。ようやく特別な仕掛けというか、仕業が見えてきた。針のような物で上半身の人間が串刺しにされ、海中に置かれていた。中にはもう骸骨になった古い物もあった。
魔物の中では独特な捕食獣であると評価されている。
睾丸や子宮から下の部位を好み、逆に心臓や顔などを嫌って食べることのできない海老のように手足が何本もある海底の魔物。鋭い獲物を作り出すという技術を持ち、それを武器として使用できる。ところどころの拘りから魔物の図鑑の名は"ビューリケ"と呼ばれる魔物。
アレクにとっては幸いの1対1。ただの暴力やずさんな数による死に様は今回のお客様達は望んじゃいないからだ。人間を食べるかのような綺麗な殺害には魅力がある。
【獲物………………】
「ふぃー、やばそうなのがいらぁ」
アレクが待ってからやってきたのにはもう一つ理由がある。目の前にいる魔物がどのような動き、どのような攻撃を行うかという情報を集めるためだ。無残にもスライダー入った連中は全滅している。だが、中にはほどほどの手練れもあり善戦した跡もある。ぶち当たる前に相手が鋭利な武器を使用する事が分かるだけでも良い。
ボゴォッ
呼吸ができるとはいえ、海中では動きが鈍るアレク。
"ビューリケ"は海底での行動を得意とするが、海中でもアレク以上の動きができる。得に目が良い。旨そうな部位を見分ける目があると言われるほど眼力がある。器用に手で自分の作った得物を握り締めてアレクに近づいていく。長い白色のフォークのような武器でアレクに襲い掛かる。
盾といった防具を一切持たないどころか、メンズ水着と相変わらずの白衣でいるアレクだ。
「っと」
水の抵抗をまるで感じさせない動きから繰り出す串刺し攻撃を必死に避けるアレク。魔物の表情は読み取れないが、全員のやられ方を把握して下半身を狙ってくるのは読み取れた。頭をビューリケに向け、両足は奴から見えない状態で常に泳いでおけば攻撃しようとするポイントが限られる。スピードや武器を持たないアレクにできる最低限の戦い方。
楽しく、そして易しい戦いが続いていた"ビューリケ"はアレクの強さを甘く見ていた。多少の小細工もお構いなく突き進める。
必死に思える人間の抵抗はまさに無謀かつ馬鹿。皮一つでやり過ごし、血が海水に混ざる。
「おー、上手い上手い!」
「次!!次でやっちまえっ!!」
人が死ぬ瞬間を望む向こう側の視聴者達。画面からでは伝わってこない立ち回り。ガイゲルガー・フェルを除き、誰もがその無駄な抵抗を嘲笑っていたが。しぶとく、命を繋いでいるアレクに痺れを切らして"ビューリケ"が力を入れすぎた瞬間。
「さすがに、上手い」
ガイゲルガー・フェルが太鼓判を押すほどのタイミングでアレクは"ビューリケ"の武器の間合いよりも近づき、白衣の左ポケットから6つほど(どこにしまってたんだよ……)のライターを握り締め、右手で"ビューリケ"の目などの感覚器官に大きな刺激を与える打撃を喰らわせる。
【ミギギギィッ】
その際に開いた口には鋭い牙がいくつもあったが、アレクは臆する事も無く口に沢山のライターを握り締めた左手+左腕ごと突っ込んだ。そして、牙は左腕に刺さって食われてしまった光景だ。
「な、なんだ!?」
「反撃をしたと思ったら、ミスして腕を喰われてやがんの!!」
「ダッセー!!」
ただの攻撃ミスと思われる光景だが、恐るべきと評していい。
【馬鹿め!左腕を食いちぎってやる!!不味くても食うんだよ!!】
「…………やってみろよ(意味は分かってねぇけど、行動で分かる)」
【ん、んんんんぐぐぐぅっ】
「どうしたぁー?やれよ。骨や肉でも食える牙だろうが?」
必死な面をして"ビューリケ"はアレクの左腕を食いちぎろうとするが食えない。
「やわな鍛え方してねぇーんだ。俺も少しくらい体のダメージは覚悟してんだよ」
【んぎぎぎぃっ、なんで、……食いちぎれねぇ!?】
その焦りの後からやってきたのは本当の汗だった。腹の中までに達し、容器が溶け出し始めているライター。強烈なオイルなどの薬品や素材などが少しずつ"ビューリケ"の体に侵食していく。
【ぶげぇっ】
「吐くな、俺の手がさらに汚れるだろ」
【じゃあ腕を口に突っ込むんじゃねぇぇぇ!!】
強烈な吐き気と高温。口の中に腕が入って抜けず、中ではライターを大量に食って吐けない状態。ライターは食い物ではない、そんな認識ができるのは赤ちゃんから分かる。不味いし、苦しくなるのは吐かざるおえない、涙が出て当たり前。それを6本くらい放り込みやがった。
こんな使用方法をするのはアレクくらいだろう。使えないかわりに飲み込ませて毒として機能させる。空いた右腕は"ビューリケ"の武器を取り上げた。
こーゆう武器は得意ではないが、食わせたライター代を返すようにおみまいする串刺し。
ガシィッ
何度も、
ドスウゥッ
何度も。
突き刺す。魔物が死んでも突き刺す。綺麗さなんてどこにも見えない。人間の必死さもない。無言で行うこと。当然の権利。
メギイィッ ガパアァッ
「ようやく、口が開いたか。馬鹿野郎が」
アレクの左腕は大きく損傷したが、"ビューリケ"を倒す事に成功した。そして、水の流れに乗りながら次へと進んでいった。
その向こうにはちゃんとした、本当のゴールがあった。
「何年ぶりよ、これ?並や特別を除けばさ」
「例の"深海の番人"を除けば、数百年は」
「ふーーーんっ。強いじゃん。やっぱこいつは、確かに別格だ」
アレクが本当のゴール地点に辿り着いた映像を見たガイゲルガー・フェルは頷いてから、寝そべっていたソファから起き上がった。とても固そうな身体はとても固く、不気味に動いていた。
「最終レースの準備はできてるのかな?」
「整っております。支配人」
「支配人。先ほどのことでクレームが来ています」
「ほっておけ。どうせ、奴等はただ見ることだけを愉しんでいるノータリン。来週には忘れてモニターに釘付けになる。文句だけは立派な奴等だ」
「承知しました」
プシューとガイゲルガー・フェルの口から音がでる……部下にしている管理人とは違って、流暢な口調でも外見はただの□だらけのロボに近い姿だ。良い物を見させてもらったという気分であった。
第二レースまでは所詮、ゲームや競技と言えるものだ。賭けるもよし、眺めるのもよし。だが、最終レースだけはどうあがいても不平等としか言えないものである。
なぜ、そんなことが許されるか?主催者だからだ。競技を作り出している存在だからだ。
最終レースの競技名は"フレン・バリン"
これっぽちも救う気なしのレース。悪質しかない。だが、それがいい。理不尽に見舞われるからこそ、生きることであり、人の理不尽を眺めることもまた生きることだ。理不尽は良い。理不尽から逃げ出すことも生きたいと願うこと、理不尽に立ち向かうことも生きたいと願うことである。
それを作り出すのもガイゲルガー・フェルの勤めという名の遊びだ。