アビスポロ・スライダー①
やはり優勝候補大本命。迷わず、戦闘力の高い四名が開始と同時にそれぞれ4つのスライダーの中に入っていった。彼等は分かっていたのだ。
「な、なんだ?」
「四人別々のルートに入ってどうするんだ?」
他のチームは静観状態である。ルールを把握し、どう動けばいいか考えている。春藍はライラ達に提案を出した。
「ねぇ、ライラ。僕達は4チームしかいないから全員がただ滑ればいいんじゃないの?」
甘い考えであるし、そうなれば苦労しない。第一レースのようなとんでもな仕掛けがあるのはライラやアレクにも分かっていた。
「さっき入った四人は結構強そうな奴等だったわ」
「おそらく、4つの中でどれが一番安全か確認のために降りたんだろ。とりあえず、今は待てでいいんだ春藍」
「?」
アレクが何かを掴んでいるようだった。
一方で"牧野水族館一同"の6名は安全を意識して、一つのウォータースライダーを選択し6人共同じ道を選んだ。
「今のは完全に失敗だな、完全に死にやがった」
「え?」
4分の1のギャンブルと思えるかもしれないが、実際は違うのだ。このウォータースライダーはどんな道を選んでも最低、1回でも魔物などに出会ってしまう。船上で多少の動きができるが、強いの水の流れに乗って移動するこれは回避はできず、少しの時間は戦う事になるのだ。
ストォンッ
そして、5分が経過してそれぞれのルートで時間差はあるも、"サンタマリア総合船"の四名はゴール地点に到達した。しかし、1分後。"牧野水族館一同"のチームがゴールにやってくるも、大粒の涙を流して苦しんでいた。人数も4人ほど少なくなっていた。
"牧野水族館一同"が早くも敗退。何が起きたのか分からないほど、一瞬の敗北であった。
「え、え、……なんで」
「魔物に喰われたかもしれないな」
「全員、多少の傷が見えるわね」
どの道を選んでも死ぬ可能性があるというのだけが分かった春藍達。
「"牧野水族館一同"の敗退が決まりました!!あっけなすぎます!!」
「これは一体何が起こったのでしょうか!?」
「まぁ、そんなのはご想像できることですし、有料チャンネルを見れば分かるとは思いますけどね」
解説はこの競技の攻略法について丁寧にお客様に伝えた。
「まずこの競技は第一レースの競技か、第二レースの競技かで顔が変化するゲームなんです」
「といいますと?」
制限時間は30分、ゴールまでに5分掛かる。となるとより人数が多い場合にはそれはもう血みどろな順番の取り合いになる。タイム云々よりもゴールできるかできないかの方が重大だ。ぶっちゃけた話、ウォータースライダーによる怪我よりもこの順番の取り合いによる怪我が多くなる。
一方で今回は50人以上が参加とはいえ、少ない方だ。
「幸いチームが4チームしかないため、安全を確保しながら行くべきです。全員がゴールすれば次にいけるわけですから」
「確かに」
「ですが、こーゆう場合は結構魔物やら障害物の配置が厳しいんですよ。競技関係者も必死ですからねー。この競技で一番厳しいのは誰よりも速くゴールするよりも、全員がゴールする事です。"サンタマリア総合船"のような大人数のチームはやっぱり厳しいところでしょう」
「確かに今の"牧野水族館一同"の結果を見れば脱落者なしというのは難しいですね」
「ですが、大人数は大人数なりの利点がある。先ほど彼等がしたように、どこを選んでもゴールへ行ける力量のある者が下見や、邪魔者の排除を務めることで安全を作れるのです」
「なるほど」
そこから解説者の言うとおりであった。大人数の"サンタマリア総合船"は一つのウォータースライダーに並んで次々と降りていった。3つのスライダーが完全に飽いた状態になった。
「ああ!!」
「…………………」
それでもアレク達は動かない。だが、"トロワトル"は慌てるように残った3つのスライダーに2人組みで別れるようにして入っていった。
「ぼ、ボーっとしていていいんですか!?アレクさん!!」
「心配するな。まだあれをやる必要はない」
「????なんでです?」
動かないようにしているアレク。ライラも何かの異変を感じていた。
「おや?」
「どうしましたか?ピーチパラソルがまだ動いておりませんけど、一体何があったのでしょうか?」
そして、10分が経過した。
"トロワトル"も果敢に6名が一気に行ったわけだが、4名もゴールができずに失格した。だが、予想外のようで当然なのかもしれない出来事も起こる。
「あーっと!!?今、"サンタマリア総合船"に異変が起きてます!!」
「スタートしたのは26名!!ですが、ゴールしたのはなんと24名!!2名が帰ってきていない!!これは脱落かーーーー!!?」
実況者や解説者とは違う見方をしているアレク。少々、疑問に思っている事がいくつかあり、つなぎ合わせてみる。一番、疑問に思っているのはスタート地点から見えるゴールの映像だった。
「あの映像が俺には本物とは思えない」
「え?」
「それどころか、映っているあの場所がゴールとは俺には思えないんだがな」
アレクの考えは完全に当たっていた。
映し出されているゴールはゴール映像なんかではなかった。多くが生還しているわけなかった。唯一、正しい事をやっているのは全員が同じゴールにたどりつくことだった。
アレク達にはガイゲルガー・フェルの事など分からない。
だが、ガイゲルガー・フェルには彼等がなんなのかが分かった。無視していた事例の人間がなぜかこのレースに参加している。そして、最近の桂とクロネアの報告書からは解決済という両方の判子が押されていた。
「……こいつは……」
「どうかなさいましたか?支配人」
「"ピーチパラソル"の動きがない事は確かに不自然ですが……………」
第二レースが開始されたと同時にガイゲルガー・フェルの部屋にはもう一台、モニターが用意されていた。そのモニターに映し出されていたのは海流に逆らいながら、必死に魔物から逃げようとしているこのレースの参加者達だった。
スライダーに入った者達がその罠に行き着いていた。
「た、助けてくれーー!!」
「なんだよ!!?なんだよこれは!!?」
「話が違うぞ!!」
完全に死ぬ導きだ。
レースという競争がここにはなかった。溺れ苦しんでいる彼等を映すカメラは明らかに死ぬ寸前の顔をしっかりと綺麗に残そうとしていた。無駄に超がつく防水技術と、狙った目標を外さない高いレベルの自動操作。
魔物に喰われ、半身を失い。痛みと共に瞳孔と涙が昇天しながら、死ぬ様がよく映る。
異世界に住み着いている人間の姿をし、言葉も使いながらも魔物と呼ぶべき存在もいくつかいる。その魔物はとにかく強く、金を持ち、探究心があり、なにより世界を支配する連中だ。
"グッドラックレース"などは民衆のための、死を覚悟するレースだとしたら、"アビスポロ・スライダー"は狂気に飢えている者達のための犠牲者を出す行ない。
こー…………誰にでも、他者から理解できない一面がある。1人1人がそれぞれの意志を持っている。自分の中にある殺人的衝動や死体という絶対的で常識的な敗者を見ることで、優越感と敗者ではない事を回避する夢想に浸りたい。
とにかく自分達の胸にある、なにでできているかよく分からない心のざわつきを沈めるために求める欲求。
自分の世界で人を殺すとどうなる?マズイじゃないか。捕まるじゃないか。殺されるじゃないか。ふざけんじゃないよ。
そんな心に病を抱える人間達を救済したのが、ガイゲルガー・フェルのシステムだ。様々な殺され方を放映し、なおかつ民衆やギャンブラーという馬鹿には命を賭ける勝負ですと、いかにも勇ましいようにも思える言葉を使えばいい。金も転がりこんでくるとなれば得しかない。
第二レースに"レート"が存在しない事は始めから賭けが成立していない理不尽なものだからだ。
だが、そのやり方がギリギリでアレクの嗅覚にストップを掛けさせてしまった。
「…………………」
「どうすんのよ、アレク。あたしもどこを選んでもヤバイ予感がするのが分かるけどさ」
「そうですよ!"お主様"という人に会わないといけないんですから!最終レースまで頑張らないといけないです!」
アレクは
「タバコが吸いたい。この世界じゃ海水のせいでタバコが吸えん」
「そんなことどーでもいいでしょ!!!」
「ちっ」
おそらく、このまま待っていても全滅しか見えない。何か対策が必要であったが、アレクはもう準備ができていた。
「お前達が第一レース。俺が第二レースの役割だった。とにかく、ここは俺に任せろ。邪魔者がいねぇ方が戦いやすい」
「ア、アレクさん!でも」
「心配するな、春藍。俺がお前達におんぶしてもらう事を言うか。ちょっくら行って、魔物か何かを倒しに行ってやるよ。3人は10分後に降りて来い」
開始から15分後。アレクがテキトーに選んだスライダーから下へと降りていった。