生活
右腕を失おうと、両足を切断されようと、眼を潰され、耳が聴こえなくても、肌が黒くシワの波が生まれ、脳が腐り壊れようと、心臓が人工物に切り替わろうと。
魂が生きていれば、人は生きている。
それは正しい。
生きている否定など、ヒュールはするわけがない。
それとはまったく別のことで、ここを終点と説く。その、大切なことは。
「生物の生存環境になる事が、もうありえないのである」
吸う空気、食べる物、笑うこと、眠ること。一纏めに生活とすれば、それらの事に対して
「人はもう、人としての生活ができないのである」
"SDQ"の被害は、これからさらに増していくこと。
その前から食料や住居、技術などが多く潰され、生き残る人々もわずか。懸命に生きても、0%であるのは明白。
「奇跡的に私達が生きているのである。それだけで奇跡なのである。それでもなお、生きようとし、生きた人間に何があるというのである?」
体を壊され続け、毒を吸い続け、なおも生きた者がいるとして。
望むべきことか?普通。人が、そんなことを生きるために望むか?
「……………」
「死ぬのが怖いのは、分かるのである。私も死にたくはないのである。しかし、人が生きるために苦しむのは、間違いではないか?それこそ、未来に生きられた者に伝えてはならないことである。生きるとは素晴らしい事であり、死ぬとは悲しい事ではなく、そこまで生きた価値を光らせるものである」
死ぬことを受け入れるが、自殺を推奨していない。むしろ、自殺をするというのはお前は、そこまでという嘲笑だけだ。
終わりの終わり。そこで
「私達は笑い、喜ぼう。生きていた私達はそうやって、人という生物を護ってきたと、時代に告げるのである」
どんな災害。どんな苦境。
それにヘコタレても、やがて立ち上がってきた。笑っていた。人が生きていた。
「だから、私達は幸せに死ねることのみが、先に生きる者達のために繫がる希望である」
今の全てが終わったとしても。
未来の者達が見るだろう、振り返るだろう、歴史の過去。
そして、人がいたという事実と、文明を発見するのである。
人は今も昔も、その先の未来だって
『幸せに馬鹿やって、生きてます』って。
発見してくれる。
「………………」
ここにいる生きている者達は、ヒュールの言葉になんの声も挙げられなかった。
やっぱりという気持ち。それでもなのか、という苦しい気持ち。嫌だという気持ち。
ただ。
ほとんどの多くの人達が抱いている事。
『俺、幸せではねぇな……』
そーいう自分自身を振り返る感じの気持ち。ほぼ全員に共通し、それが最も直して成さなければいけないこと。人が、人達を思うためならば、それくらいは変えなければならない。
生き残る先で幸せを掴もうとする。それではなく、ほとんどが生きるという事のみだった。
こんな状況で?生きていて、何があるのだろうか?そんな空気。
ヒュールが人の最後を変えたいとしたら、全員が幸せである事が、その精一杯だ。
「よく、考えるのである。まぁ、私は眠くなってきたので、明日また。みんなと意見をかわしたいのである」
緊張が解かれ、食べてから来る睡魔に任せ、ヒュールはその場で倒れるように眠るのであった。
「……………」
もし、この時代を見る者が現れた時。
私はどれだけ恨まれるだろうか?大した力ではなく、その言葉だけで、人を幸せにさせようとする者。
生き残った者達をどれだけ、無意識に、そして、力なく。
意思を操ろうとするだろうか?私は説けるだろうか?
「………………」
分かっているよ。
私の言葉は、弱いということ。
悲しい時に、泣くべき時に泣けないと。泣かせてあげられないと。
笑えない時に、笑わせてやるということ。
だから、アレク。みんな。これだけのこと、私達の思いを伝えさせて欲しい。
分かって欲しい。
明日、行く。
君達を裏切るとしても、
◇ ◇
「アレクさーーーん!」
「!」
結構、歩いた。周辺の警戒も怠らずにしていたものだから、時間が掛かった。
「春藍、ライラ」
「無事だったんですねーー!!」
思い切って飛びつくほど、嬉しい春藍であった。それに溜め息してしまう、ライラ。アレクも見慣れた2人に多少、喜んでいるのだろう。
「お前達も無事だったんだな」
「はい!」
「……でも、結構。ヤバイ事にはなってる。大勢、亡くなったわ」
「そうか。こっちのタイムマシンは無事だが、あと1週間は掛かる。そーいう意味ではこっちも変わらないな」
この状況がそれまで、持ち堪えてくれるだろうか。
藺兆紗が吐き出した人間達の山々。ほぼ死体であろうが、藺兆紗の死体を見つけてはいない。アレクに死体を捜すという余裕もない。
放置も、ある意味正しいことだ。
「"SDQ"の侵食の進みも早くなりそうだ」
「ホントに時間との勝負なんですね」
「時間の問題となっているだけ、俺達は幸運かもしれない。それに、全員を救うには無理があった」
アレクの悔しい顔を春藍が見た時、言える事が言えなかった。
あれだけの人が、今。負けや妥協というのを受け入れている。
アレクは続ける。
「7人。これだけ搭乗できるタイムマシンには完成させる。俺ができなきゃいけないのは、もうそれだ」
ヒュールさんが悪くないように、アレクさんが悪いわけではない……。
「僕ができることは」
「お前はみんなを護れ、春藍。こっちは俺のことだ。気にするな」
力になれないのか。
「そうよ、春藍。アレクができなきゃいけない事を、あなたが手伝う事はない」
「ライラまで」
「でも、あたし達がこの近くを警備しておこうか?戦闘になったんでしょ?アレクも護る対象だからね」
「…………今は良い。ヒュール達の様子がヤバイなら、そっちを優先しろ」
「向こうにはロイと水羽、夜弧もいるわ。大丈夫よ」
口が上手いってか。アレクもこれには否定するのが、難しい。
「……ライラは勝手にしろ。春藍、手伝ってくれ」
「はい!!」