指標
ガラアァァッ
「まったく、最後の嫌がらせか?」
アレクは藺兆紗が零していった人間達の全てを焼き消し、再び、タイムマシンの改造に着手する。
派手に暴れ、研究所という体裁は完全になくなった。
あれだけやればそうかもしれない。これ以上の邪魔があっては、さすがに失敗しましたとは違うものになってくる。
元々、この配置が藺兆紗を殺すための事だ。
本体を完全に倒したかどうか。この人の山々には確認不能と言えよう。念のため、全員燃やすかとも思ったが、生き残った連中に不安を与えるだけか。
「ん?……!……ちっ、……ふぅー」
タバコの箱を潰した事を忘れて、エアタバコで気を紛らわせるアレク。正直、これはもう反射の域だった。
タイムマシンの改造が終わったら、自分でも意外なほどやりたい事を思いついた。
「死ぬわけには、ならねぇな」
とは言うも、藺兆紗以外の不安要素がある。"SDQ"の侵食だ。研究所は危険地帯ではなかったが、これだけ派手に暴れたら、やってきたかもしれない。
また、そいつの時間も早まっていると見て、間違いではないだろう。
焦っても仕方ないところもあるんだ。
でも、時間との勝負。
◇ ◇
シュウウゥッ
「これで大丈夫ですよ」
「…………私を治療して良かったのであるか?その力を使ってまで」
「アレクさんに頼まれたわけですから。きっと、アレクさんからも言われます。ヒュールさん」
倒壊によって負傷したヒュールは、春藍によって直された。
これからのやる事を、
「あなたに任せています」
春藍は委ねている。
まったく圧迫しない彼の眼が、己を呪う。ヒュールに明るさはない。
「いいのであるな?」
「ええ」
春藍達が助けた住民の数は57人。謡歌がこれから連れて来る者達を含めても、100人も満たない数になってしまった。あれだけにいた人々が、もう亡くなってしまった。命を奪われてしまった。
動揺も、不安も、恐怖も、感じている。
「……………」
少し考えているのだろう。
春藍もまた捜索を打ち切って、待機している。アレクが藺兆紗を倒したこと、ライラ達も生きていると信じてのこと。
水羽が謡歌を連れて戻ってくること。
信じて待つことも、また一つの手段。
「私達はどうすればいいんですか?」
「何をすれば、できることは?」
春藍は訊かれる。けれども、自分の役割は
「僕がそれに答える事はできないよ」
一貫して、立ち位置を一つの駒と捉える。指導者というのには向かない。資格もない。
春藍はヒュールに目をやって、生き残った者達への指標を求めた。ここで何をすればいい?
「……今は、待つのである」
「待つって……それだけ?」
「落ち着くのである」
するべき事は沢山あるよ。そんなことくらい、気持ちが落ち込んでいるヒュールにだって分かる。ただ
「何人生き残っているのか、確かめる必要があるのである」
「!」
「ヒュールさん……」
「堪えてくれなのである」
時間はちゃんと設けている。頭はしっかりと、立場を意識して前へと進んでいる。
春藍は汲み取って、ここだけは問う住民達に答えてくれた。
「ヒュールさんは今。必死に考えてくれています。僕達は生きている人々の帰還を待ちましょう」
「は、はい!」
「分かりました!」
そういって、人々はヒュールを頼って、ただ待つことを選べた。
1人やある程度のグループでは、生き残れない事が分かっている。今は落ち込んでいる彼には責任と資質があると、生きている者達には理解されている。
自分達の事だけを思っていたが、まだ生きている人のための事も思っている。
「……………」
大変だな。
しかし、預かり、残ったのが自分ということ。
「…………ふぅ」
今、考えると。
不安と恐怖に汚れた事ばかりだ。緊張感のせいで体が麻痺してきて、目にクマができるって瞬間を理解できるほどだ。
苦しむって事が生きている。それも一つの生か。
今の誰でもそうかな。きっと、春藍くんもアレクも。
でも、私達は苦しむために生きているわけじゃないだろう?
「春藍くん」
「はい」
「ベットと毛布。あと、シャワーであるかな?造ってくれんか?みんなが落ち着けるように」
「え?」
「住民達に、ささやかな安らぎを与えたいのである。君達も疲れているであろう?」
緊張を解くという、大胆な発想。
"SDQ"も、藺兆紗が本当に死んだのかも不明で、まだまだ危険因子は多い中でだ。
ヒュールは今の思考を諦めているかのようだった。
「大人は捜索と食糧庫に向かい、持ってくるように伝えて欲しいのである。ま、それは私が伝えれば良いであるか」
「はー……?」
春藍は目を丸くしてしまう。
それがこれから、ヒュールの選択をどーいうモノにするか。わずかに蔭って、根本の心を曇らせていき、自分だけじゃないって分かっているから。
無理を言っている。ように見えて、必要なところだった。
「食べよう、寝よう、休もう」
当たり前だったか。
「それから考えるのである」
きっと考えているかだ。その答えは
「まずは、1人1人が生きている理由が必要である。この苦境で、生きてる理由が必要である」
人があまりにも亡くなり過ぎた。
また、その数だけでなく、大事な人まで失った事をヒュール自身がよく分かっている。
これからまた造り直せる建物や、人々の秩序を守る法も、いずれは作られても。今この時は作られることも戻ることもない。ただ、もし、…………。
今を失っては、その先で造られたはずも無くなってしまう。
それだけはないようにと、今を護る者達と死んでいった者達は、ヒュールに託すのだろう。託されているのだろう。
自分自身。見失いそうなところを、また取り戻すための休息。