マリンブルー競技場
街に入るとそこには魔物ではない、ちゃんとした人間達が普通に過ごしていた。海中にいるような感覚だというのに普通という言葉を使って良いのか疑うレベルの光景だ。
「ここで普通に生活できる人達がいるんですね」
「皆さん、水着のような物をつけてますよ」
太陽の光を浴びないためか、それとも海の中にいるしかここに住んでいる人達は肌が少し青白っぽくなっており、恰好は皆水着姿だった。そして春藍達は歩いて移動していたが、ここでは魚のように泳ぎながら移動していた。
その1人、若くて泳ぎが上手な青年に四人は近づいて話してみた。
「あのー」
「ん?なんだ君達は?見ない顔だぞ。怪我もしているし。異世界からの競技参加者か?」
「僕達はつい先ほどこの世界にやってきたんですが、ここって海の中なんですよね?」
「海。…………正確には違うな。我々は"母なる場所"にいる」
「母なる場所?」
なんのこっちゃって顔を出す四人。
「我々の生命というのはこの深海より誕生した。誰もがここを通っているのだ。ならば、海で生存する事もできよう!」
「いやできないよ」
「普通に無理なんだけど」
話す相手を完全に間違えた。だが、アレクが追加して訊いてみた。
「理屈は分からないが、俺達がいる場所は海のようで海じゃない場所って事か」
「そうとも言えよう!この海は我等の"お主様"が作りし物なのだ!!」
「ということはこの海中全部が"科学"と考えると良いんでしょうか?」
「そ、そ、相当なレベルの科学力ですね」
「海が"科学"だなんて……そんなのあり得んの!?」
「貴様等!!"お主様"のお力を信じておらぬのか!!?」
お主様(本名はまだ不明)
スタイル:科学
スタイル名:母なる場所
海&深海型の科学。"遊園海底"マリンブルーの海全てがこの科学である。この中では本来、海では生存できない生物も生存する事ができる。海であるため泳ぐ事も可能。入ったばかりの者達には呼吸ができないが、ここにいる時間が長くなると自然にこの中で呼吸ができるようになる。
「ともかく異界の者達か。"母なる場所"とは違う場所からやってきた者達、まずは我々のようにこの環境に適した服をつける事だな。泳げなければこの世界で生きられるわけがない!!良いお店がある!!そこに行くが良い!!」
そういって青年は四人を服屋へと案内してくれた。青年の泳ぐペースはライラ達が頑張っても追いつかないほど速かった。だが、幸運にもまともに動けるように装備が整えられるようだ。
「このお店だ!!とりあえず、案内はしたからな!!俺は"競技場"に行く!!」
そう言って、青年は案内をしたらさっさとどこかへ行ってしまった。競技場というのも何のことやら。それは置いといて
「海の中にある服屋って、どこに需要があんのよ」
「服がとても濡れている気がしますよね。とても着れる感じがしません」
そんなところに突っ込んではいけない。
「ともかく、ここで手に入るなら手に入れたいな」
「お金なんてありませんよ、アレクさん」
「ないならないで、物々交換をするとか考えればいい」
服屋に入った一行。すると、置かれている服はあきらかにもう。分かりきっているのがズラリズラリと並んでいて、春藍はかなり露出をしている女性店員2人の姿に目をやってしまった。
「いらっしゃいませー!」
「こちらは"競技用"水着専門店、ピーチパラソルでーす!」
「………………」
「春藍、どこに目をやってんの……」
「あーゆうのってお好きだったんですか?」
「あ、あんまり見た事がなくてつい……」
ビキニ姿の看板娘を見ていた春藍の背中を抓るライラとネセリア。服屋というか水着店だった。置かれている服が全部それだ。四人は男と女で別れてそれぞれの水着を選ぶ事にした。
水着になって何が変わるのかライラには分からなかったが……
「これは先ほど出会った魔物の皮を使った服か」
「そうです。魔物の素材を使用することで水の流れに逆らう事も容易くなります」
形状的には春藍の"創意工夫"のような物だったり、ネセリアが使っている胸を小さくみせるブラのようなタイプの科学が並んでいる。
「こーゆうのはここで造られているのか?」
「"お主様"という方から送られてきておりまーす」
どうやら"お主様"というのは管理人と思われる……。造っているというよりかは仕入れているのだろう。こんな海中では造れるわけがない。アレクはそう思っている。春藍は男性用の水着を見ているわけだが……書かれている値段がどれも高くて少し驚いている。デザインとかは良いけど、高すぎなのでは?と疑問に思っているのか。
「うーん、私に合う水着がないなー。どれも小さいわ」
「……………ネセリアの胸が大きすぎるだけよ」
ライラとネセリアはお洒落感覚で水着を選んでいるが、残念な事にネセリアのサイズに合う水着がまったくなく、店員さんが倉庫まで探しに行く始末であった。ライラは花柄の水着や、単色の水着のどちらにしようか迷いながら試着していた。
3人共、水着を真剣に見ていてアレクがちょっとお偉いさんっぽい人に話してみた。
「俺達はこの世界に来たばっかりでお金を持ってないんだが、物々交換とかできるか?」
「それではさすがに売るわけにはいきませんね。この世界で使えるかどうか分からないわけですから、残念ですがお引取り願いたいです」
「借りるとかもダメか?俺達はずーっといるわけじゃないんだ。ここの世界の"お主様"という奴に会うためだけに来ているようなものだ」
「ふーーむ、左様ですか」
お偉いさんは少し考えてからアレクに提案した。
「ならば、あなた方を私達が買いましょう」
「なんだと?」
「スポンサーが付いておらぬ競技参加者としてあなた方を買うという事です。レースに参加していただけるな、こちらとしてもそこまでお金をかけずに宣伝できますから」
そういえば、最初に会った男も競技場とかなんとか言っていたな。
「それにマリンブルーの競技場の最終レースに勝ち抜いた者達は"お主様"と出会える事ができるそうです。あなた方にも悪くない事だと思います」
「詳しく話を聞きたいな」
ここマリンブルーには競技大会と呼ばれるのが、週に一度行われるそうだ。この世界はもちろん、異世界からも出場者を集めているという。商業市場街、"月本"などを経由してレースに適した選りすぐりの人材や、積もりに積もった借金を返すどうしようもない無能グループなどもここに集められ、レースに参加させられるのだ。
そして、マリンブルーにある"ピーチパラソル"のような水着専門店などは彼等のスポンサーとなってサポートを行うのだ。なんであれ、自分のお店の物を使った者達がレースに参加するだけでこの世界はもちろん、商業市場街、"月本"にも宣伝となって商品を売る事ができるのだ。
特注の水着を着用しないとロクに行動ができないマリンブルーの世界だが、他の世界では実用性が高いとは言えない。いや、可愛い女性の使用済みの水着を売るとかすればとてつもない変態がぐふふふふふ、とか言いながら買うかもしれないが、まず無理な話だろう。
マリンブルーという世界はアレク達が体験してきた世界とはまた異質であり、異世界との交友をなくしては運営ができないという状況であった。
競技場はマリンブルー唯一の立派と思える会社。これを軸として、水着店や飲食店、カメラマンやインタビューワー、清掃員などなど。競技場を支えることでお金を異世界から仕入れていた。サポーターを応援することも仕事だった。
"お主様"というのが海だけでなく、このようなシステムを作り上げたそうだ。これがなければマリンブルーは永久に深海で過ごすだけの悲しい牢獄。太陽を浴びた事も無く、街の外には危険な魔物だって生息している。仕事もなく、娯楽もない世界になっていただろう。
「悪くない話だ」
「引き受けてくださるのですか?」
「レースの内容とかも分かる範囲で教えてもらえないか」
「構いませんが、今回やるレースはこの3レースです」
偉そうな人はアレクに今回のレースのパンフレットを差し出した。
:基本的なルール:
参加条件は1人以上の出席であれば可。ただし、全員が全てのレースをゴールしなければいけない。
レース中に限り、何を使用してもOKである。
チームで参加する人数は何名でも構わない。性別も出身世界なども不要。ただし、チーム内の誰かが死亡した場合、そのチームは失格となる。
どのレースも死亡する危険があり、これらは自己責任としてください。
:報酬:
このレースに勝ち抜いた者には莫大な賞金とお主様と会うことができる。
:第一レース、グッドラックボード:
各自用意したボードか、レンタルしたボートで40km先にあるゴール地点を通過する事。魔物や障害物はもちろん、参加者からの攻撃もあるので注意してください。
:第二レース、アビスポロ・スライダー:
4つのウォータースライダーがあり、全てがさらに下にあるゴールに繋がっている。4つのスライダーはそれぞれ道が分かれているが、最終的に辿り着くゴールは同じである。この中でタイムが上位10チームの者達が次のレースの参加資格が与えられる。チーム参加の場合、このレースで一番最速を叩きだした者を基準とする。
:最終レース、??????:
条件が整った場合に発表されます。
「……こんなゲームか。開催は明後日か」
「はい。毎回のように死者が出るので、グッドラックボードだけでもクリアするだけで我々としては十分儲けが出ます」
「そーしたいが、最終レースまで勝ち上がらないと」
「お主様には会えませんね」
最終レースが不気味であるが、参加しなければ先に進めない状況だ。だが、アレクとライラ、春藍はほぼ行動不能。ネセリアの拳銃だけが武器だ。
「ボードやそれなりの道具もお貸しできますよ」
「良いのか?」
「ここは水着専門ですが、私の知人にはボード屋や海中科学などを販売しておりますから、スポンサーとしてはこれほど格安なら助かります」
借金をしている者や適した人材を雇うにしろ、前金をつぎ込まなければいけない。それがスポンサーの役目でもあるのだ。前金をつぎ込んで、第一レースの早々に散った時はスポンサーにとっては大誤算だ。その前金は結構法外だったりするため、道具を渡すよりも大切な事だ。
スポンサー側からすれば春藍達のような借金0の人間は大変ローリスクでハイリターンであった。
「俺達は馬みたいに買われるわけだが。たぶん、呑むと思う。今の内にその知人とやらに連絡を入れて欲しいのだが、仲間もいるわけだから相談させてくれ。死ぬ可能性もあるレースだしな」
「分かりました。こちらも話を掛け合ってみます」