満足
今の2人に圧倒的な強さはない。
藺兆紗に洗脳されている中、アレクと戦っている中の抵抗は洗脳に対してのものか。
これが命令なんてなく、自分の意志で
「この男と、戦い、たい」
メギイィッ
朱里咲の顔面はアレクの炎で焼かれ、拳ももらうおまけ付き。
これがもし一対一のガチであったら、体が焼き尽くされるまでの問題。朱里咲とダーリヤは、2人同時にいるという状況が幸いし、辛うじでアレクと戦っている事になっていた。
「ぐふっ」
吹っ飛ばされ、地に落ちる自分。
ドガアアァァッ
アレクは朱里咲ばかりを警戒できない。視線を合わせずに、彼女の地点を発火させる。だが、それに手応えを感じない。彼の持つ感覚だけがそれを説明できる。
バギイイィッッ
「っっと!」
ダーリヤの蹴りをバズーカで受け、その衝撃を吸収しながら2人との距離をとる。身のこなし良く、追撃の隙を与えない。
ウオオォォッ
身体能力という面では2人に劣り、2人を同時に相手どっているのだ。確かに、藺兆紗に勝機はない。
アレクがこのまま戦ってしまうのであればの話し。一撃で引っくり返せる技をダーリヤと朱里咲は持つ。
「っ」
空振りの風圧でこれか。体勢が崩れるほどだ。
ダメージを与えても、攻撃とスピードに衰えはねぇ。こいつ等の弱体化はあくまで、精神的部位。注意を怠れば持ってかれる。だから、手は抜かねぇし。抜けねぇよ。丁度いいだなんて、思わねぇ。お前等2人。
本気の俺に葬られる事を喜べ。
ドオオォォォッ
"紅蓮燃-℃"から放たれる炎龍は、朱里咲にも、ダーリヤにも向かってはいない。
巨体の炎龍は彼等の戦闘範囲とされる周りを唸って旋回し、牽制を図る。
"超人"を2人同時に、となると。バズーカの"紅蓮燃-℃"は使用が難しい、接近戦に向いていないからだ。激しく暴れているが、タイムマシンもこの中にある状況だ。
注意を散漫とさせるやり方であり、場所を変える。
ブワアアァァッ
彼等にとっては突破可能であろうが。
タイムマシンの周りに炎の壁を張り、朱里咲とダーリヤのありそうでない優先順位をずらす。
研究所の周囲をぶち壊し、そこはもう。立派な闘技場になろうとしていた。荒れた地。
アレクからも広い範囲で戦闘ができ、タイムマシンから距離を置き、注意を向けられる事ができる。いくつもある課題をこなしながら、今の全力。ダーリヤと朱里咲の相手を務める。
「!」
その時、ダーリヤが地を踏む込んだ。それがアレクに向けられて使われる、技。
ドガアアアァァッッ
踏みつける衝撃が地中に伝わり、揺り動かされ、開かれる地割れ。直撃はしないが辛くも中心から逃れ、残る足場に行くアレク。そこに向かっていくのは、朱里咲。単調ではあるが、手数は向こうが上。
握られた拳がアレクの肩を捉える。骨に響く感触。
防御せず、威力を殺さず。衝撃で間をとった。
アレクは吹っ飛びながら、バズーカの照準が朱里咲を狙っていた。その狙いをまた、朱里咲が見逃してはいない。
ドオオォォッ
放たれる炎への対応はできていた。また、アレクの受け身もキッチリとこなしていた。
その直後に来た、朱里咲とアレクへの攻撃。朱里咲には当然、アレクの炎だった。彼女に避けられたものの、その周囲に着弾。燃え上がる。続け様に牽制目的として放っていた、炎龍が朱里咲へと猛進。
一方、アレクにはダーリヤが。
ガジイイィッッ
「ぐっ」
「っ!」
受け身をとっている最中にダーリヤの追撃、雷撃が起こるほどの拳が、ガードするアレクの左腕に直撃する。
朱里咲以上の強打をモロに浴びるわけにはいかない。
そんなこと分かっていて、あろう事か。格闘戦に持ち込む。
「戻りが」
零れるライター。
痺れ、痛む、左手でダーリヤの右腕を掴んだ。
「おせぇっ!!」
バズーカで殴り様、
「!」
怯まずに来るダーリヤの反撃を、この程度は想定していると容易く読みきって、左手で掴んでいたダーリヤの右腕を揺さぶり、体を崩させて避け、カウンターで前蹴りを叩きこんでふっ飛ばす。
肉体のハンデを、センスで補ってしまうこと。これで接近戦が不得手と言うんですか?
「くっ!」
ポーーーーンッ
軸足はしっかりと支え、ダーリヤを蹴った片足をまた活かす。
アレクが続け様に蹴ったのは、宙に零した自分のライター。ダーリヤの方へ。そして、アレクは自分の白衣から新たなライターを取り出す、たったそれだけの絶望感がある。用済みとして使わず、使い絞る。
「炎帝」
周囲を発火できる能力であるが、そのものを燃やすとしたら威力は絶大。
ドオオオオォォォォッッ
直撃の灼熱の炎と濃く立ち上る黒煙が、ダーリヤのダメージと動きを封じる。この時、わずかに2人の動きが止まる。ダメージの濃さと、視界を奪われ、アレクの姿を見失うという事実。
精神の不安定が2人の行動を見に絞ったのは、仕方ない事だろう。
炎と黒煙が消えた時、
「!?」
「い、な、い?」
アレクは彼等の視界から完全に消えていた。
代わりに襲い掛かってくるもの。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ
その震動。上下にではなく、下から崩れる事でくるもの。朱里咲ではなく、ダーリヤの方が震源。
目をやったのはお互いに下だった。
「!」
俺が割った、地面の下に奴はいる。
しかし、それよりもこの下から来る怪物が、
ダーリヤが抱いたものは、これで最後である事の理解。
これが地面の全てを消し炭にし、自分の全てを葬ってくれるものと。
「天夷火拿鳥」
ドオオオォォォッッ
地中を焼き払って昇る炎の鳥は、ダーリヤの理解通り。その屈強さと天賦を持つ才、汚染された精神も熔かしてくれる。宙に舞いながら消されていく事に
「お前で、良かった……」
自らの全てを、上回った者に殺されること。それが彼の死に様として報いられること。
パァァンッ
灰となり、それすらも残さずに、ダーリヤの体が散る。
「よっこいしょ」
疲れたみたいな声を出し、タバコを吸いながら、地上へと昇ってきたアレク。朱里咲のタイマンが、
「お前にとっては、これが良いだろう」
「!」
「俺がタバコを嗜むように、お前も俺との戦いを嗜め。それがお前だろ?」
勝負にはならないだろう。負けることは分かっているだろう。
それでもなんのため?生きてきたか。
問う者が、問われるべき事だ。朱里咲は懸命に
「ありがとう、アレク」
その言葉を吐き、
「満足だ」
ドオオォォッ
戦いにしては30秒もない事だった。そして、戦いにしては未熟なところ。
アレクの一方的な強さの違いの前に、体を焼かれ。動けぬところに拳と炎を浴び。彼女の一撃など容易く見切られ、あしらわれるほど。抵抗というその戦いだけが、彼女にできた事だった。
ドゴオオォォッ
ボロボロな体が僅かにでも動けば、戦っていた。しかし、それを終わらせたアレクの蹴りが朱里咲の腹部を襲った。
そこからは死ぬまでの40数秒だった。ホントに温かく、手厚く、加減のない炎に彼女は焼かれる。
身も心も、全てを戦いの炎で焼かれ。
「ふーーっ」
今吸っているタバコの煙よりも薄くなるほど、朱里咲の全てが消される。
それほどに一方的なことだった。
ポイッ
「…………」
もし、…………。
グシャッ
というものが、アレクにあっただろうか。
地面にあるタバコの一箱。それを彼が踏み潰していること。
彼女が最後に言った『満足』は、それでいいという意味なのだろうな。一方で、口に出さず。堪えて。心を揺らさずに戦ったこと。
「いいや」
もう、分からない事だ。もう、済んだ事だ。
パンッ
潰れたタバコの箱すら蹴った。
とうに吸えなくしたというのに。
慈朱里咲。ダーリヤ・レジリフト=アッガイマン。アレクに敗れ、死亡。