自信
「なんだ、こいつ…………」
そー思う者に出会うこと。
超常的な存在であっても、驚き混じりに出る言葉。それが今の、藺兆紗の声そのものではないだろうか。
彼はとても焦っていた。
「っ」
冗談じゃないですよ!!冗談じゃない!!
アレクと藺兆紗の戦闘は、タイムマシンを改造中の研究所。アンリマンユの大爆発とほぼ同じ時に始まったわけだが、その余波は遠いこともあって、そこまでなく。元々、"SDQ"が降ってきても、数刻は稼げるほどの強度はあった。故に外でも内でも、そこでは激しい戦闘が可能。
まぁ、アレクにかかれば、そんなもん。全て焼き尽くしてしまうんだから、関係もないか。
藺兆紗がなぜ、アレクと戦うことを決めたのか?それは念入りな準備から出来たものであり、また、アレクも彼がやってくるように仕向けていたからだ。
朱里咲の兵隊が、150人以上。ダーリヤの兵隊が、40人以上。
ドゴオオオォォォッ
「ひっ。……かはっ」
たった1人。たった1人の人間に。殺されたって、どーいう事なんですか!?
貴重な使える兵が、こうも簡単に死ぬなんてっ……!
なんなんだあの男は!?
アレク・サンドリューという男は、なんなんだよ!!
戦闘時間はロイ達 VS 慈我よりも、三矢が必死にアンリマンユの制御に時間を費やしているよりも、春藍と水羽、ヒュールが懸命に生き残った住民達のため、懸命な活動をしている時間よりも。
その戦闘時間は長く、体力の衰えも見せず、火力の衰えもなく、集中力も途切れることなく。
ドゴオオオォォッ
「まだ終わらせるんじゃねぇぞ。朱里咲の全ては、俺が焼き尽くしてやる」
ほぼ無傷。あえて言うなら、自分の炎の熱で肌がちょっと焼けたり、白衣が焦げている程度のダメージしかもらっていないアレクがいた。
彼との間合いは遥か遠く。加えて、本体はしっかりと隠れている。
しかしだ。
「戦え!!戦え!!数で押せ!質で押せ!!」
勝てるとか、超えるとか。そーいう恵まれた志を潰す出来事。ある種の絶対的な個の存在。藺兆紗の動揺は、心の土台を崩すかのようなアレクの強さ、無双の前に生み出されていく。
兵隊達に『戦えという指示』を出す。それは上司から部下に出す、仕事と同じく。
兵一人が単純に戦う、ただそれだけの事であり。その意志を藺兆紗のために尽くす事にあるが、それだけのこと。
戦うという志。愛しく狂うほど、殺したく、壊したい。人の欲を掻き毟り、増長していく。心から戦うという意志の欠片もなく、戦う彼等。藺兆紗の持つ気持ちが僅かに兵士全てに根付く、争いを好まないこと。
戦闘狂ではなくても、今持つ強さは明らかに藺兆紗達の兵士達とは違い、
「俺の力に、テメェ等がいくつ集まろうが勝てる道理はねぇ」
己のため。己が成すため。力を得ようとし、得られたアレクと。両親が良い程度の血と肉体で生まれても、良質な育成環境で育とうとも、生まれる者が望みとか望まないとかの、人の感情を持ち合わせていないのなら。
水準に限りがあって当然。
あくまで、藺兆紗の"黄金人海"は、人の数という点で頂点とされるだけ。確かにあり得ないとされる逸材と逸材の子供の生産し、思想すら育て上げることもでき、藺兆紗の支配下に置くこともできる。だが、その忠誠にある滅私奉公が生命の個性を潰す。
ドバアアァァッッ
「っっ、ヤケクソだ!」
酒は入っていない。でも、そんな言葉を吐いて、口に手を入れて歯軋りするほどのことだ。
「ヤッてやるよ!!私はここで終わらない!!」
追い詰められて出る、そのヤケクソぶり。
いいものだ。ヤケクソって事は計算も、作戦も、技術も、知識もなく。純粋に根性と心の熱さで成し遂げなければいけない。努力確定の自分が生きているという時間だ。成否や勝敗に囚われない、人間の良き一面。
落ち込むにはまだ早ぇって、藺兆紗は猛る。この男にもあった、男らしい部分。男という性格がモロに出てくる、修羅場と向き合わなきゃならない生からの鼓動。
しかし、やること。言う事は。
「朱里咲、ダーリヤ、あいつを倒して来てください!!」
お前は結局、人任せかいぃぃっ!!
それはクソ上司に見舞われた不幸を、部下に八つ当たりするかの如く。藺兆紗に命令された朱里咲とダーリヤが召喚される。
「いっ、あっ、」
「く、い、め」
その肉体は確かに彼等で間違いない。しかし、彼等の精神はまったく違うもの。激しく汚染された心。
藺兆紗の命令。それに応える事が喜びとなり、生き甲斐となったもの。
「出てきたか、二人」
どちらにも。アレクからしても望まないだろう。戦闘狂達による乱戦にしては美しくない単調さ、協力などもしない。1対1の連戦の提案もない。ただ言われた事をするだけの戦士。捻りがない。
その肉体で生み出された兵隊達よりも、確かに強かろうと同じ事。
ドバアアァァッッ
アレクの炎に焼かれる。防御も回避もできずに。
「!!」
だが、ダーリヤも朱里咲も焼かれながらも倒れず、アレクに向かっていく。2人並んでアレクの肉体に向かっていく。ダーリヤはバズーカを、朱里咲はライターを。アレクの手から離そうと狙うとこ。
逆にアレクはバズーカで2人を迎え撃つ。ガンマン同士の、早撃ち勝負といったところか。
恐れは互いにない。そこは良い。引き鉄に指かけるとこ、両手で破壊するとこ。
そのタイミングが違っていた。
バギイイィッッ
アレクは炎を放たず、バズーカをハンマーのように扱って2人を纏めて殴打。撃って来るという先入観を突き、打撃に使って、距離をとり。
ドバアアァァッ
ライターで再度、2人を焼き払う。
普通なら避けたか、ガードをとったか。藺兆紗への忠誠心が、戦闘への意識。特別に突き詰めるなら戦う喜びが大きく欠け、判断から行動までが刹那とはいえ、二人共遅れている。
集中していない。それが何事においても、致命的。強さを競い合う原始的な戦うという行為において、基礎の基礎が抜けている。
疲れでも、不安でも、なく。それが素になっている。アレクは2人が見抜かれてはいけないところを、もう見抜いていた。
怒りと無念と、屈辱と。
アレクの炎は2人の心の全てを焼く。
「お前等が死ぬまで、付き合ってやる」
不本意な戦いという場でも、わずかで良いほど、自分を出せて戦い、死ねという。
「ば、馬鹿な。どうしてっ……」
藺兆紗は朱里咲とダーリヤの苦戦に、ヤケクソ度合いが増す。体が気付かぬほどの魔力の消耗は後々に響く。気付けないのは、この状況が……
「こんなこと!事前に想定してなければ、あり得ない!なぜだ!?」
アレクが藺兆紗と、戦うことになれた(なってしまった)のには幾つかの伏線がある。
第一に春藍やライラ達は藺兆紗と戦っていた事実。第二にアレクがワザと孤立し、なおかつタイムマシンというこの状況から唯一逃げ出せる代物があった事実。
藺兆紗が洗脳した人間達を用いて、索敵をするのは完全に想定できた。そこから物量作戦、人間を用いての戦いを行なうのも読みきれる。
ライラがロイ、夜弧。春藍が水羽。そういった組み合わせで行動しており、藺兆紗が彼等と戦いたくはなかったのには能力がバレており、複数の戦力とやり合うには非常に難しい戦いを強いられるからだ。
慈我を置いてまで、ライラ達の足止めを行なったのにも、より高い確率で勝てる事を望んだから。
この戦場ではとにかく生き残ることが藺兆紗の勝ちだ。クォルヴァとのタイマンですら、彼なりの生き残りを賭ける試練だった。むしろ、戦い方がそうだから相手が1人になってくれる方が助かる。
故に、孤立していたアレクを発見した時。
彼から倒すことで生き残れると、藺兆紗は判断した。中身は分からなかったが、大事なタイムマシンもそこにある事で決意は変えられなかった。同時に、アレクは藺兆紗の思考を発見される前から読んでいた。
藺兆紗の勝機はもう、ない。
ダーリヤと朱里咲のただ命令された戦いなど、時間稼ぎくらいにしかならない。ほんの、10数分。藺兆紗に何ができるかどうか?