胸囲
思考、記憶、混同中。
「おぎゃああぁぁっ」
可愛い鳴き声に手を抜けない大人の手。
大量の神経からの膨大な情報伝達が、幼く小さい脳は悲鳴という行動を肉体に指示していた。
慈我は生まれて初めて、苦しいという感情を知る。赤子のその苦しいとは誰にでもあり、最強の肉体を持ってしてもあるということだ。
たかいたかいを、蹴り飛ばされて成されている状況。
「宙、背」
ロイは、十分なリーチ差と経験、技術で、その身体能力を翻弄。
打ち上げた慈我の下から、というより背から。
「状態を立て直すのはまだ早いようだな!!」
空中に飛びながら、拳を捻って握り。豪快にぶっ飛ばす。
「螺旋拳」
ドゴオオォォォッッ
慈我の背から打撃。回転がつけられた慈我はさらに空へと伸びる。それはもう雲に行こうとしていたが、
ガッッ
春藍の造ったアンリマンユの屋根に衝突するほどの、それほどまでの高さに打ち上げられた。
慈我は何かに当たり、ぶつかった衝撃と重力を感じた瞬間。柔らかい両足がアンリマンユの屋根を掴んだ。それも本能的に、素早きことだった。
ブランッ
自らの体を両足で支える。地面という位置なら分からなくもない。しかし、屋根の下。天井を両足で握って、止まる。視界は赤子と同じく、まったく見えていないが、攻撃してきたロイの気配は敏感に知れた。
慈我は狙いを定める。彼も宙へと浮いている状態だ。
両膝を曲げ、その突進の威力をさらに高める。
「来いよ。ガキ」
ロイは雲の上。そこに足が乗る。
慈我の狙いは間違いなく、逸れちゃいない。
ドゴオオオォォッ
跳躍。蹴りの二発でアンリマンユの装甲を粉砕。その勢いでロイへと突進。
「アホ」
しかし、ロイは。"ライラの雲"を足場にして、方向転換。慈我の突進を回避。目にも止まらない動きについていく、"紫電一閃"。今度は油断なく避けた。
対して、慈我は隕石の如く。地面に追突。
ドゴオオオオォォォォッ
クレーターが出現するほどの破壊力であった。当たれば、ロイもやばかっただろう。
慈我の体は埋まる。
「んーっ、んーっ」
ズポォッ
地面から頭をようやく出した時、隙が生まれる。
十分に夜弧が距離を詰められる時間であり、
「はい」
"トレパネーション"によって、脳に強烈な傷のデータを送り込む。
慈我の身体能力を警戒し、2,3秒という短い時間でしか触れられなかったが、ロイが注意を惹きつけた事で魔力を十分に溜める事ができ、脳に送り込んだ量は膨大であった。
「いいっ!!」
「やばっ」
苦しみの中。もがく慈我を警戒し、すぐにその場を離れる夜弧。慈我はその気配を察知して、夜弧への突進を試みようとするが、
サーーーーーーッ
ライラの霧が慈我の周囲を覆った。視界というのを持たない慈我であっても、周囲の変化によって、躊躇が生じる。驚きに近いものが夜弧への注意を散漫とさせ、そのタイムラグで
「うぎゃあああぁっ、あああっ」
夜弧の精神攻撃が襲い掛かった。
肉体こそ最強であっても、脳への攻撃は違う苦しみであり、しばらくの戦闘不能を意味していた。その場でもがき、暴れる。地面を強烈に叩く。
「危なかった!あんな赤子、嫌だ!」
「私がついていて良かった。サポートできて」
ライラと夜弧は合流。
まだ、霧の中で苦しみ暴れる慈我であるが、倒したとも言える状況であった。
ドゴオオォォッッ
「暴れるわね」
油断って程ではない。
ある意味、接近以外での戦闘はない。読みは正しい。
ドゴオオオォォッ
慈我の無意識がやる。ただ単純な暴れるが、必殺にして、超破壊のそれであり。
地下から掘り出したのは、白い雪崩であった。
ドバアアアアァァァァッッ
「!!?」
「ちょっ!」
ライラの霧がぶっ飛んで、下から現われてくるのは"SDQ"の雪崩!2人は見た瞬間に全速力で
「逃げろーーー!!」
「わーーーーっ!」
必死の超ダッシュ!なんてものを下から掘り出してくるんだと、というか。そんな文句よりも先に
「速い!ヤバイ!!」
「呑まれちゃいます!!」
ガバアァッ
目前に迫る死の雪崩。そんな2人を後ろっから、抱きしめて掴み、飛ぶ。
「あぶねぇーな!!」
「うぎゃあぁっ!」
「どこ揉んでるんですか!!」
「え?普通の胸と手ごろな胸」
両腕に花。
ロイはしっかりとライラと夜弧の2人を脇に抱え、手で胸を揉みながら、エンジョイ逃亡。
"SDQ"の雪崩を、ロイはその脚力で逃げ切る。
「これくらいの褒美で良いだろうが!!暴れるなーー!」
「あんたの手が暴れてるんだけど!!この!」
「なんでロイさんにこんなことーー!」
辱められながらも、ライラは慈我のいた方を振り向いた。もう"SDQ"の巨大な噴出孔になっており、その姿はまったく見えない。
「あの赤子は死んだわよね?」
「当たり前だろ!あんなのに少しでも触れたらお陀仏だ!それに夜弧の攻撃だって、入ったんだ!」
「即死はないと思いますけど」
「……避けた可能性はある?」
正直なとこ、ライラの霧も"SDQ"によって掻き消されてしまい、慈我の位置を掴み取れなかった。
だからこそ、心配を口にした。ロイは
「考えたくねぇな。正直、」
あの潜在能力はやべぇ。直に死体を見たいと思ったぐらいの相手だった。
「次は戦いたくねぇな」
その言葉。
ライラと夜弧も同じことを思っただろう。赤子相手に3人の力がなかったら、倒されていたという事実。情けない大人達だが、赤子1人の相手には丁度良い人数かもしれんか。
そして、3人が逃げている時。
現状よりもさらに重たいもの。
ドゴオオオオオォォォォォッ
上空の大爆発と立ち上る爆炎が昇った。
「うおおおぉっ!!2人抱えてるのに、さらに走るのかよーー!」
「走りなさい、ロイーーー!」
「いい気味です!もっと速く!」
「揉むスピードも上げてやろうかーー!久々の俺のボーナスステージ!!楽しませろーー!!」
ロイがさらにスピードを増して、安全なところへと避難。
3人はなんとか"SDQ"の雪崩とアンリマンユの大爆発の余波を、無傷で凌いだ。