世話
時間にして、2分46秒だった。
「くっ……そ、が」
ロイは起き上がった。そこから、三矢がアンリマンユの制御を失敗し、大爆発が起こるまでの出来事である。
3分もない中、藺兆紗によって召喚された人間の一人。
「赤子のくせに、大人なめんな」
慈我と対峙する事となるロイ、ライラ、夜弧の3人。
ロイだけは彼に吹っ飛ばされ、間合いが離れているがすぐに詰め寄れる。面食らって、ダメージがちょっと来ているのもあるのか。
「可愛がってやるよ」
しかし、怒りの言葉に反して、冷静な頭で慈我を分析している。
「下がりましょう」
「ええ」
ライラと夜弧の2人も同じである。ロイとは違って、身体能力の差がある。慈我の何気ない攻撃の一つ一つが、必殺と言って良い威力。赤子のくせにとんでもない身体能力を目の前で見せられ、警戒をとるのは当然。
観察という形が功を奏していた。
奇しくも、ロイと夜弧は同じ事を考えていた。
「ライラはもっと下がってください」
「!」
「私とロイが戦います。合図があれば、霧であの子の視界を奪ってください。あと、集中して戦うので周囲の警戒も」
「分かった。存分に戦っていいわ」
身体能力の凄さ。それもまだ伸びようとしている。
まだ生まれたばかりの赤子にこんな事を言う大人、最低だろうが。
ここで殺さねばいけない命だ。
夜弧は注意深く、キョロキョロと首を動かし、落ち着きのない慈我を観察した。
「…………」
あの身体能力はヤバイですが、今のところ。周囲の様子を探る程度の動き。首も座って、足で支えて立っているところを除けば、そこは赤ちゃんと同じく。稚拙な部分もあると見るべきでしょうか。
ロイの攻撃でも傷一つつかない体の強さ。それだけは警戒しないと。
「…………」
ガキから仕掛けてこねぇのは、敵が見えてねぇか。殺気や気配を感じて戦うことしかできないってところか。俺だから戦える程度で済んだが、ライラや夜弧があの赤子からの攻撃をもらえば、大ダメージだ。
かといって俺の攻撃がまるで通じてねぇところを見たら、2人に頼らざるおえないな。
俺がガキの注意を惹きつけ、2人の援護で倒す。
ここでこいつを殺さねぇと、後々やべぇ。
戦闘において、10秒はとても長く。あくびと屈伸をするには十分な時間。
ロイが出てきたこと。夜弧が出てきたこと。2人はアイコンタクトで互いが持つ情報と作戦を共有。それすら、ワクワクしながら首をブラブラとしている慈我にとって、痛いミスである。
慈我はまだ、ロイと夜弧が近くにいる事を自覚していない。間合いをはかるといったものを持たない。
脅威の身体能力とはいえ、赤子。経験という差が明らかにある。加えて
「夜弧!俺が奴の動きを止めたら、"トレパネーション"で奴の行動を完全に封じろ」
「ええ、そのつもり。十分に魔力を練らせてもらうわ」
言葉という形で完全に作戦を露呈しても、赤子の慈我は理解できないこと。何かが耳に入ったなって、左耳を抑える左手。ロイにも夜弧にも、顔を向けないところがやっぱガキだわ。
ロイの右手は貫手の形を作り、あまりにも子供向けじゃない、目への攻撃。
自分に対して注意を向けるため、突っ込む。
「きゃ」
小さい的に素早く振り下ろす貫手に反応し、慈我はありえない反応とその身体能力でロイの貫手を掴みにかかる。
ピタッ
その貫手は途中で止まり、フェイントとして使った。慈我を踏みつけ、経験が言わせる攻撃に。慈我の反応は鈍るかと思ったが、それについてくる。
ドゴオオォッ
防いだような音と衝撃。確かに慈我に、踏みつけは届いておらず。ロイの足は地面に埋まった。慈我は一歩も動いていない。地面ごと蹴り上げ、慈我を無理矢理宙へと浮かせる。
ドパアアァァッ
「おーっ!」
「水羽ちゃんが使う技!」
こいつに触れるとやべぇ。ロイの直感がその技を選択肢、次に出た行動は素早く掴んだ。
ガシィッ
「いっ」
「うっ」
赤子を相手に髪を掴んで持ち上げるという暴挙。絵面だけみたら虐待シーンである。ライラも夜弧も、少しばかり目を背ける。それをやっているロイは真剣で、堂々とやっている。赤子相手に使う武術なんて誰も開発していないだろう。
暴力という暴力を単純に、慈我にぶつけていく。
ドゴオオォォッ
厚い壁を何枚も割らせるほどの純粋な分投げで、慈我を攻撃。
「うきゃう」
それほどの威力であっても、この攻撃でのダメージはなく。逆に慈我は学んでしまう。
掴んで投げるのも、攻撃というものかと。
その身体能力だけでなく、学習する能力も際立って高い。その点をロイと夜弧が見誤ってしまうのは、しょうがないことかもしれない。これだけの身体能力に成長するスピードも、考えられるほど余裕がないからだ。
パアァァンッ
「赤子のイジメ方を教えてやるよ」
止めろ、テメェ。これ以上、罪重ねてどーすんだ!?
そんな発言をしてから、ロイは奇策の連続に出る。これからな
「ライラ!夜弧!」
「なによ!」
「出番ですか!」
「赤ちゃんをお腹の中に宿したら、ミルクと抱っこはちゃんと学んでおけ!!」
「お前、少しは黙って戦え!!余計なお世話!!」
「これからな!赤子を泣かせるテクニックを見せてやる!」
「あ、あやし方じゃないんですよね!?」
「良い子のみんなは真似すんな!!」
ロイは地上のゴミっぽいのを瞬時に握り、慈我の方へと突進した。
「赤子はまばたきが少ない!目が乾燥しないからだ!その目の刺激を赤ちゃんがもらうと!」
慈我の目の前で握った粉塵を投げつける。腕のガードをすり抜けてロイの思惑通り、慈我の目にはゴミが入っていく。慈我の行動は武術的なものであり、人間的な本能はまだ目覚めていない。
ここで感覚を崩していく戦い方が、こいつには有効であると全員が察知する。
「うええぇっ」
「ビンゴ!どーすりゃいいか、わかんねぇよな!赤ちゃんよ!」
だが、目潰しなんか長続きしねぇ。一気に行く。
両目を塞ぐ手。目は堅い。だが、その下!!無防備!
ブヂイイィィッ
ロイは鼻フックで、混乱する慈我をさらに混乱させる。鼻への刺激。むしろ、神経への攻撃が最も有効。ここは鍛えられないところか、身体能力が優れているほどより敏感であると、ロイは"超人"だから察する。
「ぎぃえええっ!!」
「テメェの金玉と棒!!将来!!」
蹴りやすい位置に上げたところ。
「女の穴どころか、女そのものをぶち空ける」
赤子への金的。力を込められるように180度開脚の、蹴り上げが慈我の股間に炸裂した。
「危険物に成りかねないだろうが!!折れろコラァ!!」
人体の急所攻撃。手応えはあったが、落ちも折れもしない。
目潰しが決まった事で視力はやはりないという事実は確定。激昂的な言葉に対し、ロイは大人っぽく冷静に慈我を相手にする。油断はねぇ。感情の意味を理解できる者と、そうでない者の差。
天賦の才や選ばれた肉体だけでは、足りぬ壁。
それをロイ達が見せる。