謝罪
アレクの巨大な炎とアンリマンユの大爆発が世界を騒然とさせた。
「冷静だね」
水羽は墨のついた頬を拭って、春藍に尋ねる。
「大丈夫。藺兆紗は負ける」
「どうして?」
「だって、アレクさんが任せろって言うから」
アンリマンユの大爆発は、春藍と水羽のいる住人達が避難しているところに直下していた。
多くの住民が焼け死に、生き残っても悲痛な叫びばかりが鳴る。この熱の分、不安が高まる。そこに異端に思える、春藍と水羽の、静かで状況の全部を達観している姿。
「でも、全体を見れば負けかな」
「……………」
「この状況はもう、立て直しできるものじゃない」
三矢がアンリマンユの暴発を阻止するという役目を失敗した。どれだけ止まったか分からないが、止められなかった事実と共に
シンシン…………
「降ってきたね。"SDQ"」
「やばっ。ライラが頑張ってぶっ飛ばしたっていうのに……もう、あんなに」
再び開いた巨大な穴がある事実と、"SDQ"が、アンリマンユの固い装甲を打ち破り、世界に降ってくること。残り時間は想像以上に短そうだった。
何を受け止めるか。
現場は今、大爆発の余波で上空の様子など見ていられないだろう。
「時間稼ぎが僕達の務めだよな!」
「そーだけど」
「春藍!なんとかできないのか!?」
「難しいな」
「っ………」
"超人"の水羽に、"SDQ"を止める手立てはない。頼れる春藍も、あれを相手に時間稼ぎという事も、できるもんじゃないと判断していた。
加えて
「ヒュールさんとラフツーさんがいる放送局も、あの大爆発で倒壊しちゃった。というか、被害で済むものじゃない」
もう全てが決着したのではないかという、状況を突きつけられて、春藍は諦めた。元々、そーいう事を目的として、なれなかったのを知っていたからだ。知っているからこそ、そのところへ行ける。
「待てよ!お前!!謡歌を見捨てるって言うのか!?」
水羽の声は、パニックなった住民達と同じに聴こえた。
強さを持ってしても、冷静でいられるかがどうか。自分というもんに掛かっている。
「誰もそこまで言っていないよ」
春藍は選ぶべき者を選ぶしかなかった。
血に染まった人や骨が砕けた人、心を折られた人。とにかく、人という類いでいられない者達を捨てるという気持ち。
水羽に伝えるには難しいところか。
「爆発を止められなかった三矢さんは死んだかも。まず探すなら、謡歌、ヒュールさん、ラフツーさんの3人かな」
「生きてるよ!大丈夫だよ!!」
「もうダメそうな人は助けられないよ」
藺兆紗に洗脳された人間達の姿も消えた。
春藍はおそらくとしながらも、必ず。藺兆紗が自分達に気を回しているのほど、余力がない事を決めていた。そして、それは事実だった。
春藍と水羽が二手に別れて、生存者の捜索をするにはアクシデントを少なくできる時であった。
ガラアァァッ
「むむ………」
突然の大爆発を受け、情報を伝達させる放送局が倒壊。ヒュールはその一瞬の出来事で、何が起こったかというより、生き延びられた事実に驚く。暗い暗い瓦礫に埋もれた中で
「い、生きておる……?」
怪我はしている。だが、動ける程度の軽いもの。でも、身動きはそこまでとれない状況だ。
誰が助けたか。
「…………」
色々なもんが潰れていく中で、なぜに自分だけスペースのある場所へ落ちたのだろうか。マグレにしては考え辛く、
「い、生きてるか。ヒュール」
「!ラフツーであるか!?」
声は聴こえたが、姿が見えない。壁一枚なるぬ、瓦礫の一つ向こう側。
「よく、聞け。……春藍くんか水羽ちゃんが、来る……」
「そこか!?助けねば」
「お前が助かれ」
声は届くも、手は届かず。瓦礫の隙間からヒュールの方へ流れてくるのは、血であった。目をやれば、地面に乾いてしまったほどの時間は経っていたのだ。
「まだ辛いが、死ぬに、楽もある」
「ラフツー。貴殿は…………」
私を助けてくれたのか。それとも……。
見えて欲しくはない、明るい顔でその命を遂げたかな。
ドガシャアアァァッ
光にしては暗い色であったが、ヒュールに差し込まれた。自分の動きを縛っていた瓦礫が剥がれていった。
「良かった!無事でしたか、ヒュールさん」
「は、春藍くん!」
「すぐに外へ!」
春藍の救助活動の末、ヒュールは無事に発見され、救出される。
「ラフツー達も近くにいるのである!頼むのである!」
「分かりました!」
ヒュールが瓦礫の外から出て見たものは、幾度もフォーワールドが変わり果ててしまった事。そのものを現場で見たこと。未だに燃え上がる炎と、戦塵の数々。上を見れば降ってくる、"SDQ"
「は」
住民達の悲鳴がヒュールの耳に、強く、大きく、届く。
【助けて、助けて】
【死にたくない】
【痛いよー】
体に染みこむ、負の声。ヒュールの感じる責任と、できない無力差に。人はどう思うだろうか。
『馬鹿野郎』って一喝が、どこからかする。それはとっても小さく、動かすには弱いことで。ヒュールの手と足は、ラフツー達が埋まっているだろう瓦礫に触れていた。
「ラフツー!!返事をするのである!!」
やっとの助けが来た。ここで報われなければ
ガラァッ
「!!」
「っ……うっ……」
春藍が巨大な瓦礫をどかして発見した者は、右足が完全に潰れ、顔面積の4分の一に大きな傷を受け、わずかにラフツーの姿を現していた、者だった。瞬時に救おうとしたが、今見ただけではまだ少なすぎるほど。ラフツーの体の損傷が酷い。血の流れ、不安の鼓動を触れるだけで伝わる。
春藍はラフツーを抱え上げ、ヒュールの元へ連れて行った。
「!ラフツー」
「い、いい…………」
首を横へ、懸命に振る。声に反応している。彼の目が、春藍にもヒュールにも向いていない。
目も見えていないのか。彼の震えている体に触れ、
「済まない!……済まないのである!ラフツー!!」
助けなければいけないという感情を、押し殺して。ヒュールは、これから助かることのないラフツーに謝り続けた。
「許してくれである!君を、救えない……。もう、救えないのである!」
そのことがどれだけ無念に包まれ。時として残酷に、生き死に繫がってしまうのだろうか。
「ははっ……」
時として、その言葉と気持ちを受け。許せるという事になるだろうか?
受け入れるという人の難しい一面を、ラフツーはヒュールに見せたこと。まだまだ多くある人の問題に、希望を届けようとした。死に際の、精一杯の、人としてだった。
「ここも危険です。行きましょう。ヒュールさん。あなたの事をアレクさんから頼まれています」
「……ああ、春藍くん。済まないのである」
決して長い付き合いではなかっただろうが、異世界と交流することでできた、同じ友だった。
社会を動かすために共に力を合わせ、苦悩し続けた。そして、そいつが
「死んで終わりではないのであるな。ラフツー。広東。山佐。みんな」
まだ自分にできる事を思い。考え。
春藍と共に、生存者達が集まっていく場所へ向かう。
生きている者達に、導とならねばいけない。屍では意味もないこと。もうこれ以上の死に方は、決して出したくないとヒュールは願った。
ラフツー、アンリマンユの大爆発の余波に巻き込まれ、死亡。