結局
「このっ」
ドカアアァァッ
「キリがない!敵が多すぎる!」
水羽が拳を振り上げ、懸命に藺兆紗に洗脳された人間達に向かい、住民達を守るために振り下ろす。
わずかであるが、守られているという気持ちと、彼女の凶器に住民達が怯えることもある。
「助かるのかな」
「大丈夫。皆様が、守ってくれる」
「いっぱい、いっぱい。死んじゃった気がする」
「気をしっかり持ちなさい」
犠牲者の数や現状が不明なまま。住民達全員の不安は濃く、言葉や信頼では振り払えないものであった。怪我を怪我のまま、仕方ないとはいえ、それが心を削ってくる事に繫がった。敏感に、人類達は感じる。
圧倒的な強さを誇る春藍と水羽が、まだ数えられる程度の人数では倒れる事はないだろう。
だが、守りきれるかどうかは別。
なにを思うかも、人それぞれ。
絶望的な状況は変わらず、それどころか見出せない事を悟れる。恐怖に触れてしまうと、伝染していく。殺されたくない、死にたくない。それでも、わずかでも、助かりたい。
散っていく命。
「なにができるのである」
ヒュールは懸命に自分を持ち堪えさせるだけだった。
この世界で育ち見て来た、広東と山佐の死を知り、涙が1滴、2滴と零れた。
「くっ」
だが、拭う。死んでいった二人から悲しまないでと、伝えられている感じだった。苦しいことに自分を捨てるってものを今、ホントに味わっている。現場の責任者である以上、生き残れる人間がどれだけか分かっており、最終的には外れることも知っている。
「ラフツー!」
「なんだ」
手を打たねばなるまいと。
とにかく、藺兆紗が送り込んでくる敵意ある人間の数を凌げばと、ヒュールは考えていた。
「住民達にも扱える武器を配るのである。己の身を護れるようにと!」
「!!住民達が戦えるのか!?どれだけあるかも分からんが」
急ぎ足だった。ヒュールは今、口にした事は
「いや!すまん!!」
同じようにラフツーが気にした指摘を受けたことで、即座に撤回される。
「ただの気の流行である。すまないのである」
確かに一時的に、藺兆紗の攻撃を攻撃というやり方で防げるかもしれない。
しかし、ただの石を持った人にすら、恐怖を抱いている住民達だ。そんな物騒な物を安易に配れば、恐怖によっての暴発は必死。護るための力は時として、相手から奪う力にもなる。
力がこれほど弱く、また、力とはこれほど怖いものかと。
「避難とその安全だけが、私達ができることであったのである」
忘れてはならないこと。
傍にいられるくらいで良い。余計なことは彼等の足と、住民を危険に晒す。我慢しろって、安全なところで思い続ける他はない。
ピッ ピッ
「……………」
一方でアンリマンユの制御を止めようと、三矢が奮闘しているところで。
大爆発よりも、ましてや制止が叶うという奇跡よりも前に、三矢の命が危なくなる。その事に気付かないというより、気付けないという形でやり過ごすしかなかった。
「人、殺す」
「命令、だから」
「やらなきゃ」
藺兆紗に洗脳された者達が三矢を発見し、藺兆紗の命令通りに三矢を殺しに掛かる。
制御に意識を集中し切っている三矢が逃れる術はなかった……。
ドゴォッ
「っ……」
モロに鉄のパイプで背後から殴られ、倒れる。それでも三矢は
「く、そ……」
制御を止めるべく。
頭を、手を、動かす。
ゴーグルが殴られた衝撃で外れており、"解析"が使えないにも関わらず。それすら分からず、
「はっ」
やっぱり、俺はこーいうのが似合うのかな?
ベキイィッ
寄って集って、袋叩きに合う三矢。意識を失っても、心臓が動いているのなら殺す対象。酷い姿になろうと人間達は止めない。そしてそれは、良い報いであると、ちょっと思う自分が弱い。
眠るのに時間が掛からないのは、弱いって事だ。今、死ぬって事だ。
ベキイイィッ
三矢が気絶し倒れたところへ、お構いなしに殴られる音。だが、それは三矢の方ではなく
「間一髪ね」
あろうことか、同士討ちだった。
藺兆紗に洗脳された者による、攻撃。
「三矢くん」
倒れる三矢と同じように転がっているゴーグル、"人生体験"を手に取る女。
そして、それをまた三矢の額のところに付けてあげた。
パァン パァン
「けど、寝てちゃダメでしょ」
眠った体を起こそうとする往復ビンタ。それをやっていたのは、"時代の支配者"、バードレイだった。
藺兆紗によって、醜くされたかに思えたが、何事もなく。藺兆紗の指示があれば、そこに紛れ込む事ができていた。
「少しはカッコ良いとこを見せなさい」
そう言って、バードレイは三矢からは見えない位置まで、行ってしまう。しかし、まるで三矢を護るように立ち止まる。これからまだまだ来るであろう、藺兆紗に洗脳された者達からの波を止めるため。
バードレイも人を殺すという命令を授かったが、なぜ、逆らえる?
「藺兆紗が造り上げた人間を殺しても、命令違反じゃないのよね」
たったそれだけの頓知で済むものなのか?
バードレイが持つ、単純な意志という強さもあるのだろう。それがどれだけのものか、後に分かることになる。ここにいるバードレイは………
「……あ、……ん……」
三矢は意識を取り戻した。
傷付いている体に疑問を思い返し、転がっている人間の死体に答え合わせができない。
「何があった……」
自分の身を気にしている。そんな一瞬、すぐに吹っ飛んだ。
「!止めねぇと!」
どれくらい意識飛んでた!?どこまで制御できていた!?早くしねぇと、大爆発が起こっちまう!
三矢は大急ぎでゴーグルをかけ直し、"解析"を発動。アンリマンユの制御に回る。しかし、元々、絶望的なところであった。抵抗というのは結局……。そう。
「くそ」
3
「止まれ」
2
「止まれ」
1
「っ」
0
そのカウントに達した時。三矢達の頭上で閃光と灼熱、爆風が降り注いだ。
同刻。
「辿り着きました」
藺兆紗が辿り着く。
様々な角度から人間達を扱い、強い奴等の配置を分析。さらには住民達が避難されているところと、そうでないところ。大事な情報や機密を預かっている場所も入手した。人による情報網は侮れない。
べキイィィッ
「し、システム……エラー……」
人の数を持ってして、ここの伝言係の1人であるN_MHをスクラップし、大勢でその場所を乗っ取ろうとする。
ビイイィィッ
丁寧に自動ドアが開いて、中にいる整備点検中の男に挨拶をする。スクラップとなったN_MHの部品を彼に向かい、投げ捨てて。
「ここに私を、窮地から救う物がある気がしたんですが。準備できてます?」
「ねぇよ、そんなもん」
相手は振り向き様に吸っていたタバコを、藺兆紗の方へ投げつけた。届きはしないが
「お前には何もない」
アレクの殺意と間合いに、藺兆紗は届いている。