死別
「元気出して」
水羽を励ます。死ぬことが分かっている、謡歌が。生きられる水羽に伝える言葉にしては、とってもカッコイイものであった。
「誰だって死んじゃうから。でも、水羽ちゃんは今じゃない」
生物的にそれは正しく。別れることなど、人であれば普通。死別を特別に重く受け止める人は、生物として特徴的なところであろう。
謡歌の心、道徳。それらが死別に対して、抵抗を多少持つのは、子供の頃から抱いていた閉塞感。一方で、水羽が恐れているのは大切な物を知った、子供特有の感情、故。
「なにと戦うか。私には分からないけれど、水羽ちゃんはどう?」
「な、なにが?」
「戦うに理由が必要だった?目の前に転がる理由があれば、あなたは戦う。私を守りたいように、みんなを守りたいように。言葉が悪いけれど、敵を倒したいから倒すのも水羽ちゃんらしいじゃん」
泣き出している水羽に、追い討ちか?
それが自分らしいと言われ、水羽は
「いいのかな。いいの?」
「いいの、いいの。私達、こうして。今の環境が怖いけれど、生活できているのって。水羽ちゃん達のおかげだから」
紛れもない事実だ。
水羽達のような強力な、秩序を掲げる相応しい暴力が傍で光らせるとあっては、住民達がやる暴動なんて意味を持たない。そして、彼等はとてもこの穏やかな平和のために、護ることを掲げているのである。ヒュール達の言葉や信頼だけでなく、水羽達がいるという武もあって、この平和がある。
できていないと本人達が気にしていても、そうじゃない謡歌には分かるし。ヒュール達だって、口に出さないだけで核心に思っている事がある。
「私が生きていて、幸せなのは水羽ちゃん達がいるから。まだ、しばらく幸せだから」
そりゃ生きたいよ。
兄と、水羽と、みんなと。謡歌だっていたい。
「そっか。長くはないよね。知ってた。知ってたよ」
水羽の涙が、謡歌の強がりを砕いた。いや、その涙を出すという行為もまた、生きる。そのもの。
「うえぇっ、止まらないね。うまく、できなくて、…………良いなぁ」
「謡歌っ……」
必死に涙を止めようとする謡歌。一方で止めることなく、涙を出している水羽。そんな決心、崩しちゃいけないって。謡歌は思っていても、涙はずるいって言いたい。
「お兄ちゃんや水羽ちゃんともっといたいよぉっ……」
「僕もいたい。謡歌といたいんだ!」
「っ……でも、私なんか選んじゃダメっ。絶対、ダメ」
泣いて。それだけは、決して緩めちゃいけない。
自分が春藍達と一緒に異世界を周り、それで水羽と出会えた事はとても嬉しい出来事であったが、同時にみんなを心配させ、迷惑をかけた。そのことを身を持って知った。謡歌の、気持ちは経験から来ている。
「お兄ちゃんが何人。どれだけの人を助けられるか。分からないけれど、きっと少ない。なら、私達は行ってはいけない。どんなところなのか、気になるけれど、私達が生きていられる世界じゃない」
私達、多く分類される人はとても弱く。纏まり、力を合わせて、やっと。一、生物と機能する生態。
社会や役割を持っていなければ成せない。
「それに怖いの方が、あるかな。いろいろと、みんながいなくなって。自分が残るって事。水羽ちゃんと気持ちは同じなんだよ。ごめんねっ……」
涙で、感情でグチャグチャ。三矢がいたら、きっと"本音"を明かせたと思う。
でも、水羽が生きてくれること。春藍達が生きていくことで、正しいと謡歌は断言する。自分はそうだって断言する。
「諦めちゃダメって。言葉じゃ、ダメかな?」
そこに自分の力が入るのなら良い。でも、謡歌が助かるかどうかは他人(春藍)の力。その言葉はとっても、今の水羽には情けなく、悔しいもの。
分かるものだ。抱きしめている人を、守れないと知っても、そうしていること。
「それで良いんだよ。大丈夫」
謡歌はそれを知っている。
でも、水羽にはそれで良くて。結果、伴わなくても、
「諦めた時。別れちゃう、から。ダメだよね」
「……こんな泣いちゃう僕で、良いんだ。優しいよ、謡歌」
「だけれど、水羽ちゃんは強いよ。私なんかよりずっと、凄いんだから」
護ってくれる人をこんな身近で知れて、それがとっても強いって事も。
温かく。心配という、たったそれだけでも、人って凄い力を持っているんだと、その身で知れる。死や絶命が特別に思えなくなれた。
水羽だってそう、謡歌だってそう。
不安を一掃し。人として、己を再確認した。
「どーやって、これから戦えばいい?教えてよ、謡歌」
「あなたのために。私のために思えば、お兄ちゃんを護ってください。私にそれができないから」
……もし
「好きになっても?」
「うん。それでも良いよ。私は嬉しいよ」
◇ ◇
ガギイイィィッ
「ば、馬鹿なっ」
時刻は同じくらいだった。
琥珀博士は真に完成させた"アンリマンユ"。その巨大さはこれまで以上であり、山の如きあった手や頭はそれを上回るサイズとなり、異世界の2つや3つ分の巨体で動く科学兵器となっていた。
しかし、
「こんな粉粒。"SDQ"とやらで、崩れてたまるものか!!」
降り始める"SDQ"によって、巨体の一部に穴を空け始め、侵食し、崩壊させていく。
「我がアンリマンユが、災害なんぞで朽ちてたまるか!!粒なんぞに壊れてたまるか!!」
琥珀博士。叫ぶも、災害はまったく耳を貸さず、追い討ちをかけて、"アンリマンユ"を崩し、ただのガラクタへと変貌させる。
絶対の科学力を誇る彼を持ってしても、成す術なし。アンリマンユの巨体の下で雨宿りをしているような形で、琥珀博士はただ待つしかなかった。でも、吼え続ける。
「世界最大の、史上最大の、存在を生み出すのが我が夢!!我が野望!!」
なぜ?
「それでこそ男のロマン、生きる源よ!!故に死ねぬわぁっ!!ワシとアンリマンユがこんなところでっ!!」
バギイイィッ
人の野望、夢。それらに関心なく、理不尽で惨いの一つで済まされてしまう。
災害の津波。"SDQ"の物量に呑み込まれ、琥珀博士とアンリマンユは姿と夢もろとも、押し潰される。
自らよりも巨大なものに潰されるのも、敗者となった男らしい末路。
ガギイイィィッ
「限り、……終わらな……」
琥珀博士。
とある異世界にて、"SDQ"の物量に押し潰され、この世を去る。
こうして、多くの協力者がいたが、ついに設立した最初の張本人以外は死んだ。
そのことを知らず。それどころじゃない藺兆紗も、ひっそりながら、生き延びている。
そして、琥珀博士とアンリマンユは。意外な形で……いや、とても迷惑な形で春藍達に襲い掛かるのであった。
潰されようがそこに残る巨大な残骸が、