一縷
先に言うなって。
水羽が謡歌の体を握って、震えるなって思っていても。謡歌の震えだけじゃなくて、自分の弱さからくる震えで不安にさせた。
「なんで、こーしなきゃいけないの」
水羽は長い時間、朱里咲という師がいたから。困った時には彼女の進言を聞いていた。でも、もうおらず。自分自身で決めなきゃならない、決めきれない事を目の前の人物に伝えた。
「嫌なんだ。だって、謡歌が死ぬのを黙って見ろって……あいつ等。さ」
戦闘能力、強さ。ロイ自身も認めている事を踏まえれば、水羽の強さは確かな戦力。
一方で春藍達との付き合いは決して長いものではなく、謡歌を友達と思い、大切な存在と抱いている。
ちょっと言い方がキツイ伝え方になったが、事実はそうだ。
それでも
「なんで僕なんだ!!僕は、強いとか、そーじゃなくて、その……」
女らしくねぇ。戦い方も人らしくねぇ。
自分自身。
「謡歌の方がきっと、生きていくべき人なんだ!僕の友達なんだ!!なんで僕なんかを優先するんだ!!おかしいだろって!!なんだよ、強いってそんなに優れた要素かな。謡歌みたいな話せて、知ってて、優しくて、信頼されている。その人がどうしてさ!!」
迷い。
泣きじゃくって、謡歌の質問の答えなどまったく答えておらず。自らの疑問。
「どうしてなんだよ。謡歌、教えてよ!!」
謡歌から手を離し、その胸に飛び込む形で水羽は訊いた。言葉に、謡歌は水羽の頭を撫で、
「やっぱり」
知ってた。そうやって、自分は怖くないと。水羽の体温を直に感じて勇気付けられた。
こんなにも強い水羽ちゃんですら、怖いんだっていう。
人だもの。
「どうして、どうして……。僕は、さ。どーすればいいんだ」
水羽を助けたいと思えばと。自分がこの先に、いないこと。
「よしよし」
謡歌は水羽を撫でた。
そして、
「良かったぁ。やっぱり、水羽ちゃんは生き残れそうなの?」
「謡歌っ。な、何を言ってるんだよ!謡歌だって!!」
何が良いんだって、表情だった。何がこの状況で。どうして、笑っている。強いってもんじゃないし。
「だって。お兄ちゃんのこと、心配で。でも、水羽ちゃんがいてくれるなら、って」
「なにが!どこが!あれが!お兄ちゃんのどこがいい!!」
いやまったくね。水羽がボロクソに言うほど、謡歌の兄をやっていない春藍慶介である。
いつもいつも研究に没頭していれば、仲間と出かけては、そりゃちょっと治してくれるところもあるけれど、師のアレクに付きっきりな、男である。
謡歌の心配をよそに、自分や仲間のことばかり。謡歌の気持ちをまったく分かってくれないと、水羽は思っている。だいたい合っている。
「あいつも、生き残れるみたいだよ。うん」
「だよね。お兄ちゃんが救う手立てを編み出してるわけだから」
「でも、……あいつは、謡歌を救えない!それにどう思っているか分からないけど。僕は!謡歌に生きて欲しい!僕が生きるなら、謡歌も生きて欲しいんだ!!一緒に生きようよ!」
言ってはいけないことだったろう。
でも、水羽は気持ちを抑えられずに
「謡歌が死んじゃうなら、僕も死ぬ。生き残れる人なんてそんなにいないのに、生きる理由は、あるかな?大切な、今度は大切な友達を失って、僕は……」
暴発。敵を屠る、圧倒的な強さを持ってしても、今の水羽が次の水羽で生きようとする事に不安を持つ。
得ていた物の大切さをより知っている水羽に、謡歌は尋ねる。
「じゃあ、どうしてお兄ちゃん達は生きようとするかな?」
「!」
「死にたいからでも、生きたいからでもない」
謡歌は怖いんだってこと。水羽とは違い、自分の死に向き合うことより。人として、生物として、死という地点ではなく違う位置で。恐れを抱いている。
「"生きる"が当たり前で、お兄ちゃん達は人として生きているからだと、私は思うの。みんなが一生懸命なのは分かるでしょ」
「!……でも、」
「確かに、全員を救えないかもね。でも、私達は生きていくだけの事で、守れるわけでもないし、お兄ちゃんに迷惑がいかないように、住民の皆様を安心させる程度のこと。それでちょっとは今。人らしく、生きているってだけかな。こんな状況でも、人っぽく。生きていられる気持ちだなって」
大切なものがあれば、生きていく。それが崩れないことに、生きるがあって。
「水羽ちゃんは生きなきゃダメ。だって、私に生きて欲しいって思われているんだし、お兄ちゃん達にも生きて欲しいと言われてるんだったら、そうしなきゃマズイよ」
「でも、僕は。あいつ等と違って、……謡歌を救えるのは、その権利を譲るだけで」
何にも、謡歌にできない。
ただひたすらにこの日常を眺めて、テキトーに防衛や警護をしているだけの、意味もなく。経理なり、子供の世話や、人の生活にしっかりと貢献できる謡歌が素晴らしく
「私は人やみんながいないとダメだから。水羽ちゃんが選ばれているところを察すると、きっと。とっても強いから。また何か大きいものと戦うんでしょ?」
「!……でも、でもさ」
「私達が一緒にいても、邪魔になるだけ」
「でも、なんで。僕は、」
言っていることは悲しいことじゃなく、
根源的なところ。水羽にその経緯が乏しさも相まって、
「みんながいなくなる世界で、僕や春藍達はなにと戦うって言うんだ!!」
吐露したものはその先に、いるべき人達がいないという事実。
守れなかった事を引き摺ってまで生き、そこにあるなにか。とても巨大な"なにか"と戦う理由があるのだろうか?少なくとも、水羽にそれまでの経緯はない。でも、
「死んでどうするの?」
水羽が死んでいいとか、理由にならない。
もちろん。謡歌だってそう。他の人達もそう。