監視
不眠不休の活動ではなく、交代制の見回りであった。
どんな労働もただまっ昼間から、月が昇る程度の時までの時間で終わるものではない。とはいえ、活動時間と労働力は乏しく、人数が削られているのは事実。
昼間はライラ、夜弧、水羽、三矢、クォルヴァの5名が中心となって、世界の管理と警護に当たっているが、
夜は
「まったく、俺達だけか」
ロイと、
「良いではないですか。私はこのようにロイ様とお過ごすのも、もう貴重なのだと感じ、嬉しく思っております。パンを作りました」
アルルエラの2人である。
なにかと割を食いやすい2人である。
いつ、どこで、災害がやってくるか。厳戒態勢で張り詰めたままでは、長期戦どころではない災害の前ではすぐに終わってしまう。休ませながらの対応を早くからとる。分かっていることがまだ幸いなのだ。
普通ならば分からないまま、集団や群れは混乱していく。
「静かな夜だ。ギンギンに目も、こっちも、タッてやがる」
「ふふふ、相変わらずでございますね。ロイ様」
ロイの1人の妻でもあるが、母親のような見方だってとれる。管理人、インビジブルのメイドでもあり、妻も務め。ロイの小さき頃から見守っている。
不安がないというより、その成長を傍で見られて
「私は、ロイ様のお傍が落ち着きます」
「改めてなんだ?」
「頼りになると改めて、お伝えします。インビジブル師範も、今のあなたの成長を喜んでおられるでしょう」
人類の希望。
その1人が弟子であり、我が子同然のような、近しき子であった。
「止めろ。アルルエラ、さん」
子供の時にした呼び方。ちょっと、声が詰まっていて、素直に言えていない。
ホントならあの決め事を伝えておくべきなんだろう。でも、どうだ?アルルエラの顔は、自分を期待してくれている目。俺は……
「やれるか?」
「やれます。あなたなら、私達の、その分までも……」
気付いているのか?
「すでにあなたはそれだけの御仁。これ以上積み重ねたら、私はあなたを見上げて、首を痛めるかもしれませんね」
こーいう状態で死なせちゃいけない人間がいる。
それを分かった上でクォルヴァと三矢は、初めから決めたんだ。
ヒュールはそれを隠し通し、最後の最後まで、死なせちゃならない人間達を、死なせるんだろう。
難しいところだ。戦闘なんかシンプルだと、簡単な頭脳ゲームばかりしていたと、ロイは気付いた。
バリッ
「パンが旨い」
「誤魔化しが下手ですね」
「こいつは事実だ……」
分かってるよ。俺は、十分に分かっているよ。
俺の拳が使えるところは、そっち側。戦う拳だ。このパンを握っている事じゃねぇんだよ。
ただ……
ムニュッ
「おや?」
「しばらく、やってねぇな。アルルエラさんとは……。俺の両手は女の胸と尻、太もも、顔。それらを撫でてやるためにもあるもんだ。忘れないでくれ」
バチンッ
「忘れませんけれど、私は若くありませんよ。若い果実を選びなさい」
「にしちゃあ、あっさり揉ませてくれたな……。ビンタも優しい」
◇ ◇
ゴゴゴゴゴゴゴ
揺れの有り無し。それは観測者がいて分かる事。生物の心臓のように、世界もまた生きているんだろう。
その中、その上に立つ。数多くの生物達が気付き、気付かないを同時に思っている中。
異変は起こっていた。それでも気付かなかった事。
「んー?」
気のせい。そんな感情が、少しだけ異常を和らげる。生物のリミッター。
「どーした?」
「いや、なんでもない」
夜空の星が遠くに見える。そんなこと当たり前じゃないかと、周りは思うだろう。
日中、地に差す光は距離感をなくすように、空は平等と映すのであったが、夜は違っていた。
あんなに遠かったかと?疑った。
疑いが事実であるから、すぐに災害に見舞われるわけではない。いや、もうすでにやられているわけか。
人々が気付き始める事に時間は、そう掛からなかっただろうが……
「んー?」
「どーなさいました?」
放送局の建物内で、ロイは監視という役割で外を眺めていた。
あまりにかすかであり、自分の目が狂ったかと抱いた。
些細なことを言って、周りの意見を求める。
「沈んでいってねぇか?」
「はい?」
なんのことだと、アルルエラが思うのも当然。周囲は地震によって、地形が変わったというのは分かる。しかし、ロイの言い方は
「進行形ですか?」
「いきなり沈めばもっと前から誰でも気付くもんだ……」
世界全体がわずかとはいえ、常に一定の速度で落下していく。自分達が乗っている大地が落ちていくという、とんでもない規模にして、見えず、聴こえずの事態。
大地の崩壊まで予測は立つが、その過程が見えて来ない。地盤沈下で済むものか?人への影響は?
ロイの判断と行動は、解決に導くためのもの。
「この目で確かめてくる」
「!ロイ様。一体。どのように」
「しらみつぶしに走って様子を見てくる。同じところ監視しているのも、飽きたからな」
ただの沈下ではない。災害と銘打たれた事だ。
世界を監視する目、情報を仕入れる手段もまだまだ足りていない。人は知らない事が多い。
真夜中の世界でロイは走っていた。
自分が感じた違和感。沈んでいるという問いに、解を求めるならば"その差"を出すこと。箇所によって、わずかであるが沈んでいる差がある。
タァンッ
「!」
飛び出して、87分ほど。坂のようになった地帯で、これまでになかった物をロイは見つけた。
シューーー
その勢いは間欠泉にしてはあまりにも微量で、空気に交わると消えるほど。地面の下から立ち上る白い煙を発見した。