DA-RIYA⑥
勇浪は、
「きゅ~……」
虚ろの表情で、春藍との距離をとる。しかし、逃げではなく、監視に近い立場。
「やるね」
勇浪の意図は読めないが、戦況を見据える思考を理解した春藍。
中距離、遠距離。それらの攻撃手段をほぼ持たない勇浪が、この距離を保った場合。とる行動は2つ。間合いを詰めるか、間合いを維持して逃げるか。今の勇浪は後者を選んでいる。
春藍も同じ。逃げこそ無いが、この距離を維持したかった。
それが逆に苦しめている。
勇浪を殺せる間合いにならないからだ。
夜弧とライラのために時間稼ぎをしたい。けれど、勇浪は僕を足止めしたい。僕への警戒を怠らずに、夜弧にも注意を払っている。
メテオ・ホールを欠いた今。人数的に不利。勇浪が春藍と夜弧の両名を足止めできるのなら、大きな貢献である。それを知った上での行動とは思えないが、勇浪から仕掛けることはないだろう。
春藍は攻撃を止める。前のダーリヤとの戦いを含め、少しでも消耗を避けたかった。向こうが攻撃しないのならこちらもしない。
勇浪の身体能力、耐久力を考えれば、リスクを考えなければ、彼の間合いに入るのがやりやすい。春藍も同じだ。
「!」
しかし、春藍の誤算は勇浪の回復力にある。
「きゅ~~……」
驚異的な頑丈さ。加えて、筋肉の疲労解消。火傷から再生する皮膚。活性する細胞。
自然界を生きた生物が持つ、人を超える回復力。虚ろな瞳が、勇浪をそうさせるスイッチなのだろう。生き延び、戦う力を戻すまで。
いや、戻ったところで今の春藍との戦力差がそう埋まるものではなかろう。しかし、力や強さが、生死を決めるものではない。
勇浪は知ってる。
機を待つ。機を伺う。
この姿勢がある限り、春藍が勇浪を"単純"に崩すのが難しいものとなっていた。
「夜弧!」
「は、はい!春藍様!」
「手を出さないで!僕があいつを倒す。回収が終わったら、ライラのところに!攻撃してこない敵に2人は必要ない!!」
「了解しました!」
もし、春藍が目を離せば、夜弧に向かうだろう。やり合う距離が近いだけに勇浪は狙う。
春藍と勇浪だからこそできる神経戦。
夜弧に指示を出した後、春藍は祈る構えをとった。"ここ"で、距離という戦い方を止めた。
ズズズズズズッ
勇浪から、かなり離れた後方で地殻変動が起きる。距離を縮められないのなら、逃げられる範囲を狭めれば良い。勇浪には場を崩すだけの身体能力を持つが、そうやって無駄に時間を使う事はまったくないだろうと判断。
「きゅ~…………」
ロクな思考はしていない。今、春藍が何をしようとしているのかも考えない。
理解もできん生物だ。
理解できるのは、
「きゃぁー」
勇浪の体がかなり回復したということ。機があればすぐに飛ぶ。
ドクンッ
『いかに強い生物であろうと、滅ぶ種族もあった』
距離での戦いではなく、環境による戦い。それが勇浪に対してとる春藍のやり方であった。
『色々な物体、色々な道具、人すらも、造ってきた』
ビチャァッ
『未知なる生命、物体すらも扱うため、駆逐するための技術。それを宿した僕達の本領は創造という役割と絶滅という役割だ』
「辛いなぁ……」
『ただの力じゃない。強さでもない。僕達がやらなければ、僕達がそうでなければいけなかった。戦うなんて言葉は似合わないから、護るための強さが創造を併せた絶滅』
ポセイドンは、他者の運命を作り上げる能力まで使用した。
それもまた一つの能力の一端に過ぎない。未知なる生命や絶対の個体を葬るため、能力の上限をぶち抜く強さであろう。一方で春藍もそれに匹敵する能力を使う。
「それでも、造るよ」
個の強さ。生物を殺す、壊す、滅する。
「"無限世界"」
"テラノス・リスダム"で空間及び世界を、"創意工夫"で内部を造りこんでいく。
「君のいる場所は、誰も生きてはいけない世界だ」
「きゅっ……」
肉体的なダメージ。視覚で捉えた攻撃はなかった。匂いもなかった。しかし、勇浪の口と鼻から流れる血。傷を癒すため、距離をとっていた。なんらかの攻撃を受けていた?
存在を確認できない攻撃。
やったのは春藍だ。正体不明。
「きぃっ!」
勇浪は落ち着いていた。鼻血を腕で拭い、自分の体が確かに回復していること。そして、このダメージは大きくはないが、長引くこと。体内に入った何かであること。
虚ろな瞳に光が入っていく。冬眠明けの熊が餌を呼び求めるよう、
「ああああぁぁぁぁっ!!!」
雄叫びを上げ、その叫びで血を撒き散らす。体勢は、目一杯両手を振り上げ。
「うきゃあああぁぁっ!!!」
ドガアアアアァァァッァッ
大地へと振り下ろした。
大地を割り、粉塵を巻き上げ、いくつもの岩盤を宙へと上げさせる。
勇浪。これが自身最後の、戦闘であると理解して全力の中の全力を吐き出した。
目暗ましを生み出し。自身は前進していきながら、いくつもの岩を掴んで春藍に向かって投げ飛ばす。撃ち払われていい、
嗅覚ならば、春藍寄りも索敵が優れている。
勇浪が向かった先は、
「!!」
勇浪が目暗ましを活用し、声をあげずに捕えたのは夜弧。
「くっ!」
少しでも春藍の動揺を誘うため。あるいは敵を1人でも消すため。戦意のない敵から葬る。
夜弧の体を掴み、地に伏せさせ、首を撥ね飛ばす。その瞬間の時まで。
「君はそーすると思ったよ」
「!!?」
掴んでいた夜弧が一瞬にして春藍に変わっていた。しかも、カウンターの体勢をすでにとっている。
バギイイィッ
拳によるカウンター。勇浪との拳闘の間合いを外す。念のため。春藍は身を引く。勇浪の反応。驚きを飛ばし、蹴りをすかさず飛ばすも空転。春藍が殴り、伸ばした手は変わり、穴が空く。追撃の槍が勇浪の腹部を貫いた。
「ぎいぃっ!」
ズポォッ
両者、それでも立つ。
春藍は残酷ながらも、勇浪の空いた傷に狙いを済ませて、膝に取り付けられたランチャーをぶっ放した。外からの攻撃に滅法強い勇浪に、中から攻め立てる作戦。
ドガアアアァァッッ
爆発。衝撃。直撃を浴びても、勇浪は倒れずに持ちこたえた。焼ける体に恐怖という震えはなかった。これが機であると、歯を食いしばり。まだ風圧の残る中、春藍に目掛けて進み。
ガッチリと、体で春藍の左腕を固めた。
「うぎゃああぁっ!」
「…………」
攻撃間隔が短くなったが、それにバラつきがある。
多様な攻撃手段を持つ春藍だからこそあった隙であろう。体力と気力の回復がなければ、勇浪が腕をとることはできなかった。関節技で圧し折りに……。
「残念」
バシュウウゥゥッ
「き?」
だが、春藍は自らの左腕をふっ飛ばし、勇浪を切り離した。
勇浪が向かうその先は地獄。
「ぎぃっ!?」
血が吹き出した体の変化。生物を食む、微生物の大群。奴等は春藍が生み出した世界に生息し、主に傷口から侵入し、喰らう。体外からではなく、体内から体外へと食い破るという特性故、頑強な勇浪の中でも頗る弱い部分を削り取れた。
血管、内臓、神経の破壊。骨すらも食む。
ヤバイッ
勇浪は体が弱っていく事を知る。しかし、正体不明の攻撃が掴めない。加えて、対処がない。
いや、ある。
春藍をぶっ殺すこと。敗北の絶望に相まって、闘争心が高揚していく。
「ぎいいぃっ!!」
春藍の世界に入ったとしても、この勇浪。
「君も強いね……」
感嘆とする。
勇浪の強さの大半は、幼稚にも思えるほどの単純な暴力を中心としている。ただ、純粋に強い。そして、純粋に戦う。生き残ろうとする。
戦いの原点。ただただ、強い。それだけで戦う。
ガギイイィッッ
弱った肉体で春藍の"機械運命"の装甲に挑めば、砕ける骨。千切れる筋肉と皮膚。流れる血。
ガシイィッ
「!?」
拳が傷付いたとしても、その手で春藍を掴んで技で投げ、地に叩きつける。
執念が込められている攻撃。春藍の対応が遅れたのは、予測できなかった行動であったからだ。一瞬の躊躇や驚き、恐怖がなく、殺すための反応が決めた。
地上に倒れた春藍へ、猛攻を仕掛ける様は暴虐そのもの。
「うぎゃあぁっ、ああぁっ」
死ね、倒れろ、殺す。
負の感情ばかり込められた一撃の数々。そこに一切の、助けて欲しいという気持ちはなかった。強さのみで突き進む。ぶっ殺すことだけ考えた攻撃。
最後の最後まで
バヂイイィッ
「っ………あぁっ……」
「ふぅ……ふぅ……」
そして、訪れた最後。殴った拳はもうなくなり、両腕もボロボロに朽ち、止まった。
驚きながら春藍は勇浪を転がし、起き上がった。
「強かった。君も強かったよ。正直、殺されると思った」
勇浪、その最後まで野生のまま暴れ続け、戦いの中で永久の眠りについた。乾いた瞳は常に自分の体ではなく、敵だけを見ていた。標的だけを見ていた。地に転がっても、獲物という表現で春藍を見ていた。睨みつけていた。
「………先に行くよ。僕ができることとしたら」
春藍はそこに、勇浪の墓を作ってあげた。
「……行こう!夜弧」
「はい!」
最後の1人は、ダーリヤ・レジリフト=アッガイマン。