パイスーVSゼオンハート、人間最強
未来の行動、出来事を記憶している。未来予知というより、少し未来からやってきたという表現が適切だ。
「"ニノ"を発動した時点で我々"管理人"の勝ちだ」
この世界の時間が今、止まった。
なのにこの世界にいる者達は平然と動く事ができる。この異常な現象は、19:32という時刻にその世界の者達が行動した事である。
「なんだこの能力は…………魔術の類だろうが」
パイスーは困惑する。
陶やD_メッシが暴れた跡までもが直っていた。自分の立ち位置もいつの間にか獅子に乗っていた状態から、叫んだ時と同じ。いつの間にかただ立っていた。
記憶は決して戻ったり、消えたりはしない。全ての行動と出来事は全部。19:32に起こっているのだ。
「"ニノ"が発動したのなら」
「気にせずいけます」
「相変わらず凄まじい魔術だ!こうなれば全力を出し切れる」
再び大宇治の"プロティミス・タクティス"を起動。ロンティスも"検察課"を使い、パイスーの位置を特定や情報を取得して、大宇治を通して全員に伝える。
全員を巻き込む恐れがあるD_メッシは待機となり、ゼオンハート、陶、ノッポ狸を中心に接近戦を持ち込もうとした。英廉君の場合は、強いというよりは凄い能力の持ち主という言い方が正しいだろう。
この中で一番強いと認識できるのは刀を手にとった、ゼオンハートであるとパイスーは瞬時に理解した。二刀流の使い手であり、刀と斧を手にした特殊な感じがする二刀流。先ほどまで凛々しい顔つきをしていた白髪青年であったが、"鬼剣剛騎"の発動条件を満たした瞬間に顔つきが鬼になる。
「俺が殺す」
限定条件付きの"超人"は、インティや梁河、陶より身体能力が爆発する。しかも、このようなタイプは特化というよりほぼ全部の能力が上昇する。
スピード、パワー、テクニック、経験値、身のこなし、理解力、判断力、実行力。抜群に伸びる。
パイスーとの間合いは刀や斧の間合いではなく、完全に弓矢や拳銃を用いた遠距離の射程。右手に持つ斧を振り下ろすだけで
「拿颪地帝皇」
ゴガアアアアアアァァァッッッ
パイスーがいる方向に兇悪な世界を真っ二つにする地割れを起こした。
「うおおおぉぉぉっ」
ゼオン以外の管理人が驚き、地面にしがみ付くほどであった。開かれる地面から吹き込まれてきたのはとても冷たい風。風に当たった立方体は徐々に凍り始める。"魔術"に近い現象が、"超人"の技量で起こせるという地点にいるゼオンハートの"鬼剣剛騎"
「はっ。ちったぁ、面白ぇぇのが来たな!」
パイスーは地割れを避け、再び獅子を作り出してその上に立って乗っていた。さらに"キング"を発動させ、獅子をとにかく広く放った。ゼオンハートの強さも警戒すべきだが、もう一度人数を確認するために放っている獅子。
感じている気配の中には確実にぶっ殺した奴もいた。自分も突然、前にいた地点に戻されていた。記憶や感触こそ残っているが、単なる回復では片付かないほどの魔術が起動したというのは分かっていた。これが一回しか使えないのか、それとも何度でも可能なのか。そーいった能力の詳細を知るよりもどいつがそれを使い、どーすりゃそれを防げるかが問題だ。
「!」
「貴様がパイスーか」
「ゼオンハート。お前だけに戦わせやしない!」
「にょにょにょにょにょにょにょ~~~~~~~」
パイスーを殺す目的と、英廉君を絶対に討たせない攻めの姿勢を見せるゼオンハート達。ゼオンハート、陶、ノッポ狸の三名でパイスーを取り囲んでいるわけだが、彼等もパイスーの"キング"による獅子達が包囲している。
ゼオンハートから有無を言わせずにパイスーへ突っ込んだ。二刀流、破壊を目的とする斧と殺すを目的としている刀。突きと薙ぐ、斬るという刀を用いて行う攻撃を瞬時に変化させながらパイスーに繰り出した。
「っっ!」
普通の"超人"でもゼオンハートの剣術を見切れない。だが、パイスーの目はしっかりと捉えていた。動きでは確かにゼオンハートにやや劣るが、戦闘狂がなしえた勘と身体の動き方は全て◎がつくほどの完璧な回避。獅子に乗りながらもゼオンハートの剣術を回避する。
ズバァッッ
「!」
痺れを切らしたか、ゼオンハートはパイスーよりもその下に作り出されていた獅子を斬り消した。獅子という有能な移動動物を失った、"魔術"のスタイルであるパイスーの動きは確実にゼオンハートよりも遅く…………
キュゥッ
「!」
「ヌッ!?」
右の肩、肘、手首、指までも捻る動作。ゼオンハートをしっかりとひきつけてなおかつ、動きが速い。強い。遅くなんてなかった。
「"折牙"」
ガギイィッ
素手の攻撃だった。"魔術"を使った素振りは一切ない。捻りながら打ち抜いたパイスーの貫手はゼオンハートの刀を押してみせる。スピードどころか、パワーまでもが異常。パイスーの攻撃に虚を突かれたという表情を見せながら、パイスーから下がったゼオンハート。わずかに目線が自分の後ろを観ている事にパイスーは察知した。
「ぬおおおおおぉぉぉっっ!!」
パワーという一点ならば、先ほどゼオンハートがみせた斧による地割れよりも上の攻撃を起こせる。恐れ慄くほどの筋肉の郭大、姿は流れ落ちる巨大な滝のような大絶景。やや離れているとはいえ、ゼオンハートやノッポ狸すら巻き込む一撃を引き起こす陶。
身体全体が巨大となり、パイスーを飲み込む強烈なダイブ。
「カァッースケード・へリントン!!!!」
破壊は余計な災害を起こさない。起こりえないという、どシンプルに一択だけだった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
「ははははっ」
気が狂ってちまうよ。って、パイスーは笑いが込み上げる。地割れ以上の出来事が起きた。
「テメェの本物の筋肉だけでこの世界が割れ始めてるぞ」
「!」
巨大すぎる攻撃の結末。どんな手段でも辿り着くところを見せ付ける陶。立方体に刻まれている大地がドンドンと崩れていき、粉々になっていく。ゼオンハートもノッポ狸も、その余波が肉体に軋んでいた。時間が経てば("ニノ"で時間が維持されてるけど)陶の攻撃で全ての立方体が壊れ、全員その破片の上に乗る事だろう。
「少し効いたぜ」
「っっ!!」
パイスーは頭から少し出血し、受け止めたらしき右腕の関節は外れていた。…………それだけ。
ガヂイッッ
外れた関節を入れて、パイスーは破壊の反動で無防備になっている陶に。あまりにも貧弱で比べようがないほど、単純な攻撃。陶の身体の一部を掴むというほとんど誰にでもできる行為。馬鹿でかくなっている陶にしたら小さすぎるパイスー、小さすぎる手。
「俺はこんなとこだ」
ミギイィッ
「!!?」
一点に集中している握りならばおそらく陶に掴んでいるところが引き抜かれる、あるいは粉々になるだろう。やられている陶は完全に実感した。パワーとテクニックだけで身体が麻痺するほどの痛みを起こしている。さらに自慢の筋肉を軽々持ち上げられる屈辱。
「ぐううぇ、げぇぇっ」
自分があれだけの筋肉を要した攻撃を、たった一握りで再現どころか超えている。パイスーと自分のテクニックの差は"天と地"以上あり、パワーですらも……パイスーの方が上。肉体の痛みから精神の痛みに変わる。
「くおっっ!?」
パイスーの掌は小宇宙に等しいっ。"魔術"のスタイルを持ちながら、"超人"としてのスタイルを持っているだと!?
「しめぇだ」
パイスーは陶という、山のように大きく重いはずの存在を、
「世界の端っこに叩きつけられろやああぁぁっ!!」
グウオォォンンッ
ぶん投げる。止められない速度で放っている。世界の端っこにあるという壁にぶつかるまで投げ飛ばされる陶。ダメージと間合いからいって戦闘不能であった。パイスーの近場には残り2人。ゼオンハートとノッポ狸。
「貴様……………」
ゼオンハートは刀と斧をパイスーに向けるが、わずかに震えていた。止めるように視線を送って止めた。初めてそーゆう奴に出会い、これほど強い奴は見た事がなかった。
パイスーは人間でありながら、"魔術"と"超人"をスタイルを持っている存在。億年以上と生きているゼオンハート達が始めて見る、それ。
「"ダブルスタンダード"、だったか」
しかも、"超人"という分野でも陶を軽く圧倒するだけじゃない。"魔術"のキングですらも。ただ一頭の獅子を作り出し、ゼオンハートと対峙させる。圧倒的な"超人"であるゼオンハートも徐々にギアを上げてきたパイスーの力を思い知る。
ガギイィッ
「くっ」
獣。
単なる獣としか見えないはず。だが、ゼオンハートの全力でも苦戦を強いられるほどのパイスーの魔力が込められている獅子は異様に硬く、速く、力があり、総合的な結論は強いであった。
普段、索敵や調査などのために散らしている獅子はそれほどの強さよりも、任務を全うする事に尽くせる程度の魔力しか与えていない。
だが、相手と戦い。倒すために造られている獅子はマジの化け物。そこらの魔物よりも強く。ゼオンハートがやや苦戦を示していた。
「これで苦戦してんじゃねぇぞ!!」
「ぐうっ!!」
"超人"であるパイスーはこの獅子よりももっと強い。
パイスーと獅子に挟まれたゼオンハートは変則的な二刀流を持ってしても、"鬼剣剛騎"の条件を満たしていても。1対1なら負けないと自負していても倒せない。
ズパアァッンッ
「テメェの強さは条件付きの"超人"だな」
「!?」
「両手を切り落とせば使えねぇ」
パイスーはただ強いだけじゃない。勝てる奴だ。
ゼオンハートの"超人"としての効果を読みきれる優れた洞察力。陶がやられた瞬間、武器を握り締めている力と武器をわずかに見ていた視線。見逃していなかった。
グジャアァッ
"鬼剣剛騎"の効果を失ったゼオンハートに、パイスーは容赦なく獅子で綺麗な顔面を食いちぎらせた。だが、強敵を倒した勝利の感触を小さな狸を見逃さなかった。陶にゼオンハートまでもやられた事には恐れを出しているが、倒せれば何でも良い。
できるだけ目立たずに近づいて放った、螺旋状に繰り出される光線。
ズパアァァッ
ゼオンハートを"倒したパイスー"に命中した。
ノッポ狸の"魔術"、"狸だけに"タ"を抜け"。
対象者の魂を抜き取るという残忍な能力を持っていた。どんな人間だろうが、魂を抜かれたら終わる。行動不能になる。
「んだぁ?テメェも管理人だったのか?人間を馬鹿にしてんのか?」
「は、はは…………」
直撃であっても能力が発動しないのは。ノッポ狸とパイスーの、純粋過ぎる魔力の差であった。
ドギャアアァァッ
ノッポ狸までもがパイスーに蹴られて死んだ。戦いを担っていた管理人が、D_メッシを残して全滅した。
『"ニノ"が起動しました。これから19:32を維持します』
3人の敗北と死。例えそれが、19:32の1つの結末だったとしても英廉君にとっては関係のない事だった。ロンティスの持っている"検察課"とコラボする事によって、未来を変えられる今を作る事ができる。
「パイスーが3人に勝つ可能性は高い。これは我々の予想よりも奴が強い事だ。だが、"可能性が高い"という事は"確実"や"絶対"ではない」
キサエル・ロンティスの"検察課"は相手の位置や経歴を取得する事だけではなく、情報を整理してパイスーの細かい癖を発く事ができる。それらを計算していけばパイスーへの対策ができるのだ。そして、英廉君の"ニノ"で何度でも同じ時間を繰り返す(維持する)。100戦行ない99敗しても1勝だけでもすればいい、パイスーを殺せばいい。それを19:32の本当の出来事として英廉君が通せばこれから未来で起こる運命は、パイスーが引き起こした現象が存在しない事となり、管理人側の勝ちである。
数で上回るだけでなく、ゼオンハート達が死んでもリトライできるという状況を持っている管理人側にとっては時間の問題。いや、時間すらも19:32に維持されるのだから19:33という未来になれば決着がつくのだ。時間の問題でもなかった。
この上なく、パイスー側からすれば非道的な手法である。殺されるしか未来がやってこないという状態だ。
「"超人"としての力も相当なレベルだ」
「だが、こいつを殺さなければいけないんだ」
「にょにょにょにょにょにょにょ~~~~~~~、倒しても無駄だぞ」
蘇るという感覚だろう。復活したゼオンハート、陶、ノッポ狸。陶が筋肉でぶち壊しかけたこの世界すらも、瞬時に修復される。
「ちっ、またか。なんだこりゃ…………」
だが、パイスーもこの"ニノ"の欠点を見抜いた。陶とゼオンハートを全力で葬り、余力は3割といった状態になっていたが。出し切った力もちゃんと戻ってくる。パイスーも初めて出会う、時間に関係する能力。確かにビックリするが、自分の出し切った力も戻らなかったら相当ヤバイ力だ。
能力の凄さには敬服する。
"キング"よりも性能は絶対に良いだろうが、パイスーにはカンケーねぇ事だった。
「負ける気がねぇけどな」
記憶が継続するところも欠点だろう。管理人達の能力と強さを知ったパイスーにとっては、計算するまでもなく勝てる。精神的に面倒な英廉君の能力だが、肉体的にはなんの問題もない。
強いて言えば。ゼオンハートも陶も。戦っていてまだ飽きがこねぇ相手だ。リトライし続けられるならそれはそれで楽しませてもらう。
バギイイィッ
「へへっ」
「くっ……………」
パイスーが素手でゼオンハートと交じ合えている間、"検察課"を通してパイスーをチェックをしているロンティス。すでに検察局と呼ばれる建物まで、この世界に造っていた。その中で必死に働いている検察官達。
『パイスー。使用する魔術は"キング"、超人は不明。およそ、5千年前に確認された人間以来の"ダブルスタンダード"。だが、本物と呼べる"ダブルスタンダード"はパイスーが初めて』
『体力900000000、魔力250000000、肉体レベル、人間と管理人最強レベル』
『性別、男。出身世界、"屑しかいない鴉路地"カスケィト。年齢、25。生まれ持つ症状は"RELIS"』
『身長187センチ。体重94キロ。右利き。趣味(夢)は最強になる事。経歴、13歳の頃にカスケィトを壊滅させ、以後は一時消息不明に。管理人を倒す目的、人間の自由という名目で自身の夢を叶える事』
『人間としての危険性100000%。危険過ぎる』
『ゼオンハートと陶、D_メッシ、ノッポ狸で始末できる可能性3%』
『"キング"の自動操作は予め決められた目的を遂行しようとしている。目的以外の存在には関心が薄い。また、遠隔操作もできるが。その際には一定時間の集中が必要なため、4人の同時相手中には起きない。"キング"の強さは瞬間に強くられた物は防御面が不安定である』
『"超人"としての特性は、主に上腕の強化が目立つ。手に握られたら脱出不能であり、死ぬ可能性が高い』
『接近戦では"超人"、中、遠距離の間合いでは"キング"に頼っている。たまに腕力を活かしてこの世界の立方体を投げつけてくる』
『"キング"の性能は攻撃と陽動、移動、索敵をメインとしている。防御壁としては薄い。魔力の無駄遣いと思えるのはパイスーの圧倒的な魔力による驕り』
『接近戦での強さは陶とゼオンハートを上回る事から、D_メッシが攻撃の軸となりゼオンハートと陶、ノッポ狸はD_メッシを守りつつ、遠くからパイスーを攻撃するのが最良』
単純な物量と、時間を擁してパイスーの攻略に取り掛かっている。かなりの実力者達だからこそ、大量のデータを取得できる。
ザシュウウゥッ
再び、ゼオンハート、陶、D_メッシ、ノッポ狸の四名が死亡。パイスーはまるで慣れたようにぶっ飛ばすが、
『"ニノ"が起動しました。これから19:32を維持します』
英廉君の"ニノ"が起動。ゼオンハート達が生きている時間が維持された。
「リトライされるってのはうぜぇな」
少しやり方を変える。"キング"を大きく先行させ、ゼオンハート達ではなくついに英廉君やロンティス達を本格的に狙う。ゼオンハートと陶の2人を自ら対峙する事で足止め。ノッポ狸とD_メッシは不思議な攻撃であるために、あらゆる戦場に対応できるタイプではない。攻撃を避ける程度に気をつければ問題はない。
頭の理想を容易に身体で実現できる戦闘力は、何度も死んでいる記憶があるゼオンハート達には心の中で認めていた。ロンティスの計算にはでない気圧されかただ。
単純な強さだけじゃない。戦闘という分野においても、頭の回り方が速い。状況を把握し、選ぶべき行動をちゃんと行っている。ヤベェやこいつは…………。
握っているだけで力が沸いてくる"鬼剣剛騎"でも、足りないと実感するゼオンハート。
ムカつくもんだと、内心思う。
もうすでに。パイスーが敵と認識しているのは"英廉君"だけだ。
パイスーは何度リトライされても4人を楽々と討つだけの力があり、継続される記憶がそれを自信に変えていた。何度も戦うゼオンハートにはその逆が来ていた。殺すと偉そうな事を言っていたのは、自分がどこかで"人間を管理して支配している存在"と、自惚れていた事だった。
メギャアァッ
ゼオンハート、3度目の死を経験。
その頃、パイスーの放った獅子がロンティスと英廉君、大宇治に近づいていた。
「無駄無駄"検察課"は、獅子の位置と動きまで察知している。近づいているよ、英廉君。危険だ」
「ああ、分かっている。ゼオンハートも死んでしまってはパイスーは倒せない」
英廉君とロンティスは危険を避ける。特に英廉君が死ねば、パイスーを倒せないと思っているからだ。だが、パイスーやゼオンハート、陶などからしたらいなきゃ戦えないだけだった。躊躇なく、"ニノ"を発動する。
『"ニノ"が起動しました。これから19:32を維持します』
何度でも繰り返される19:32。
「飽きたぞ」
パイスーは溜め息をついてしまった。発動するだろうタイミングは分かっていた。そりゃそうだ。ゼオンハートや陶が立派だと言ってやりたい。あーゆう、後方に隠れて支援している輩は疲れちゃいるがな。疲れちゃいるが嘘なんだ。痛みを負いたくない、危険には巻き込まれたくない、非道な事に手は使わない。
感情で一言、嫌な連中だ。
「天獅子」
獅子の索敵のおかげで、この能力の使い手が英廉君だと掴んだ。奴に近づこうともロンティスの"検察課"があるために攻撃が成立しない。すぐに時間を維持されて攻撃できない。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
そんなわけだが。自分やゼオンハート達の位置が戻るということを考え、さらに戦闘要員と後方支援要員と分かれた体制だという事を知ったパイスーには、英廉君の位置さえ分かれば良かった。丁度、始まったばかりの時間はゼオンハートも陶も、D_メッシ、ノッポ狸とも間合いが離れている。いちいちどちらかが近づかなければならないのは、リトライ機能があるのに不便だ。
「戦場ってのは動けない奴等からくたばるもんなんだぜ」
魔力を全てつぎ込んで良い。英廉君を倒せばこのリトライから終了。しかも、リトライのおかげでゼオンハート達の強さや癖は把握できた。魔力が底についてもやりあえる。
パイスーは地上から上空で発動するようにやるのは初めての事だが、別にできると思って試みた。特にプレッシャーがかかるわけでもなく。
「ん?」
「あ?」
後方支援の3人にとても黒い影が襲った。立方体しかないこの世界ならば、普通四角い形の影だろう。平行四辺形でも良い。なのに、ちゃーんと髪もあり、毛があり、牙があり、耳があり、尻尾があり、胴体がある。
「"ニノ""ニノ""ニノ""ニノ""ニノ""ニノ""ニノ""ニノ""ニノ""ニノ""ニノ""ニノ"!!!時間を継続しろぉぉぉぉぉぉ!!取り消せええええぇぇっっっ」
【ガオオオオオォォォォッォォッ】
英廉君の絶叫。開始早々にやってくるなんて考えていなかった。獅子を作り出す能力だと、ロンティスも言っていたし実際そうだった。次元がおかしいと気付く。ゼオンハート達からすれば遅すぎると言われるだろう。
空からとんでもない巨体の獅子が一頭、雄たけびを上げて降ってきた。想像ができなかった攻撃。
グジャアアアァァァァッッ
慢心があった。
もし、英廉君が常に動きながら"ニノ"を使っていれば、まだわずかなチャンスがあったはず。そうしなかったのは対峙せず、人間に劣るわけがないという慢心があったからだろう。
「ぐあえぇぇっ…………ぼ、僕が…………」
グジュウウゥッ
大きすぎる、重すぎる、強すぎる獅子に踏まれて死ぬという結果となった英廉君と大宇治、ロンティス。残り4人。パイスーを相手に
「やり直しがないと自然と感じるぞ」
ここで、ゼオンハートのとった行動はあまりにも不可思議なものだった。
振り上げた斧はなんと、躊躇いもなく。
「あ?」
パイスーではなく、たまたま近くにいたというだけで最初に狙われただけ。
バアァァンッ
「え?ゼオンハート…………にょにょ?」
まさかのノッポ狸の頭部を切断。そして、彼の近くにいたという陶までも彼の手によって斬られた。
「ゼ、ゼオンハート……なぜ?」
「男の勝負だ。邪魔は要らん」
ゼオンハートがその2人を狙ったところでパイスーはD_メッシを一粒残さず葬った。
この世界はついに1VS1。ゼオンハートは上着を全て外して、見事に割れている腹筋をさらした。本気中の本気というより、覚悟をしただけでしかない。目の前にいるパイスーに対してだ。
「ふ」
英廉君が討たれた事によって、ロンティスが出した3%の勝算は。戦場で戦う者にとってはあまりにも馬鹿らしい数字。意味のない数字。繰り返せば倒せるという、戦場に参加せず安全を確保している連中がほざく事だ。見りゃ分かるだろ?刀をぶつければ分かるだろ?
「少しは本気になってくれるか?」
「はっ」
この戦いでの一番の功労賞は英廉君で間違いないだろう。パイスーの魔力をほぼ空にしたのは自分達よりも大きなダメージだ。
「俺はマジだ。全力の一撃を賭ける」
ゼオンハートは両手で斧と刀の柄を握る。自身の全部の力を賭けることは、陶やノッポ狸もろとも消し飛ぶ自信が彼にはある。ハッキリと言える事。チームプレイには向いちゃいない。超人としての頂に入っていると知っている。
だが、その山を登った自分にようやく雲が晴れて見えた景色は、自分も知らなかった高い山にまだ登ろうとする男、パイスー。
「はははははっ!!!」
笑った。
「そりゃテンションが上がるわな!時間野郎(英廉君)よりも戦士だ!!」
「………………」
「戦場も好きだがタイマンは望むところだぜぇぇっ」
ゴガアアアァァァァッ
同時刻。"ニノ"が途切れた事によって、運命は動き始めた。陶やD_メッシが19:32以降で暴れた運命が開始された。2人を死で失ったとしてもその破壊は絶対に決められていた運命だった。
だが、そんな運命とは違う。未来を切り開きたいようなものがここにはあった。
ゼオンハートには対峙を続ける事で、パイスーの底が見えない事が分かっていた。
邪魔者がいなくなったこの世界。一対一となり、パイスーは底を見せなくてもゼオンハートを倒すだろう。だが、邪魔者がおらず。敵が望むならば
「戦士としての礼はする主義だ」
「ふっ…………」
ロンティスや英廉君が考えるような、理論は持ち合わせていない事。自分もそうだが、武人としての信念を持っているパイスー。刃を交えた事で分かる、データじゃ図れない行動。両者数秒の、集中。
「はっ、くくくくくくかかかかかかっかかかっか」
バグウゥゥンンッ
何かを飲み込んだ音がした。
しかし、擬音。
パイスーの体から鳴る。心臓の鼓動が高まり、興奮状態になる。
「はははっはははははははは、はははははは」
ただでさえ、ゼオンハートや陶を圧倒する"超人"のパイスーがさらなる強さを得られる。
これを引き出せたゼオンハートも強者だ。
むしろ、あいつが強すぎるんだけどね。
「…………………」
反面、ゼオンハートは目を閉じて落ち着く。まだ。自分"達"が負けだとは決め付けてはいない。しかも、自分はチャンスをもらえたのだ。全力を出す。集中する時間も頂いた。やれるだけの力は出し尽くす。自分で決める。
「いくぜえええええええぇぇっ!!」
「!!!」
地割れを起こす斧を使うゼオンハート。かたや陶を軽々と世界の端までぶん投げる豪腕を持つパイスー。今の2人はそれ以上の力を有している。
その攻撃を相手に向かって放つ。
バギイイィィィッ
ゼオンハートの斧と刀。パイスーの貫手、"折牙"。
バギイイィィッ
斧も刀も全てを砕き貫いて、本体のゼオンハートも撃ち抜いたパイスー。
だが、それだけではパイスーの攻撃は終わらなかった。安らかに結末を教えないように瞬時に、ゼオンハートの首を撥ね飛ばしてやった。どーゆう結末だったのか、死んだ中で創造して欲しいと願う優しさ。
「あははははははははっははははははははは!!!終わりいいいぃぃぃっっ!!」
口調と行動は別だった。
「いひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」
これで全滅。
英廉君、ゼオンハート、大宇治、キサエル・ロンティス、D_メッシ、陶、ノッポ狸の七名はパイスーによって全滅した。出し切った本気も徐々にゆっくりと力を落としていく
「はははは」
だが、それでパイスーが生き残ったとは良い難い。
ピッ
「!」
余韻の中、少し感じた殺意。
それもあまりにも遠い。なんか来るとしか分からず、少しは動いた。そして実際に来た時には対応していた。相手が一瞬見えなかった。
ゴギャアアアァッッ
「うごがあああぁぁっ」
「!!」
刀を貫手でなんとか弾いたが、代償として貫手に使った右手がイカレてしまった。刀を持つ人物はパイスーには面識があり、奴もほどほどにはあった。
昂ぶるが。クソッタレと吐いた。
ゼオンハートの奴は知っていたのか、クソ外道が!!と思った。だが、それよりも奇襲をしてくるなんて戦士としての礼がない。名を叫んだ。
「桂ああぁっっ!!」
「"今の"お前を相手に正攻法はできん」
魔力はほぼなし、しかもわずかな時間とはいえ全力を出した後だ。体力も削られ、先制攻撃も喰らった。いかに最強に近く、ゼオンハート達七人を相手にしたパイスーとはいえ。その管理人を始末する事ができる"管理人"の中で、最強と謳われる桂と戦うのはあまりにも不利であった。




