LOVE SPRING③
シュウウウゥゥッ
「さーって、体が戻りました」
「全員、大丈夫ですよね」
「うん」
無事に3人共、修復がなされた春藍達。
ライラは空を見上げる。上空に舞い上がるのは負荷が掛かりすぎるだろう。
「徒歩でいい?」
「まだなにかあるかもしれないから、ライラも力は温存していた方がいいよ」
「地上にいても、重力がキツイですね……」
「情けないわね」
「悪かったですね!まったく……」
キツイ重力は変わらない。だが、下に行くほどその効果は弱まっていくのを夜弧もライラも感じていた。
「どれくらい下まで来たかな?ポセイドン様の館はもっと下かな?」
「まだ下でしょ。歩きながら落ちて行くしかないわ」
「その表現、なんか初めてな気がします」
ライラは地面に触れてみる。土は乾いてしまっているが、海塩がまだついたまま。正直なとこ、マリンブルーにホントに来ているのか。疑っていたところもある。
「それにしても、空がどんよりとしているねぇ。黒色の空だ」
「重力の影響ですかね。ずーっと、夜みたいな環境ですね。あの空から落ちてきたわけですが」
歩けるとはいえ、やっとこさなところもある。
このような状況では敵に気をつける心配が大きく減る。むしろ、こんな世界で生きている奴と出会ったら、どんな怪物だ。
ポンッ
「はい、ライラ。夜弧」
「なにこれ?」
「橇ですか?」
ともかく、まだまだ下に降りる必要がある。歩いていくのもいいが、降りる際は飛び降りみたいな行為が必要となる。以前、"砂地獄"ディン・ザ・バルハンの異世界で見せた、道を整備する力を春藍は応用し、この異世界に傾斜を加える。
バヂイイィィッ
「僕の後ろについてきて」
「なるほど、やるわね。安全に進めそうだわ」
「春藍様。そこまで力をお使いになるんですか」
崖を坂にし、かかる重力を動力として、橇は降っていく。春藍が道を作り変え、その後ろを進んでいくライラ達。
「とりあえず、僕達の真っ直ぐを行ってみよう。深い底がまだまだあるし」
「ええ」
「渓谷。谷底というか。自然が生み出した風景ですね」
深海の異世界であったマリンブルー、海を抜かれて現した姿は高い崖がいくつもあって、高い階段になってしまった絶景が広がっていた。ポセイドンの館がさらに深い地点にある以上、春藍達が空の色と同じ黒い穴となってる中心地へ降りていくのは当然であろう。
視線も、下へ向くのも普通のこと。
シャーーーーーーーッッ
急斜面を降れば、何かあった時。3人バラバラに吹っ飛ばされる可能性がある。少々遠回りでも、緩やかなカーブを繰り返しながら、降っていくのは正解である。
「きゃ?」
春藍達が橇で降っている途中。その様子を発見したのは、勇薙だった。
続いて
「なんだあの坂道は?……瞬時に作られている」
『あ、あ、あいつ等は……』
ダーリヤもメテオ・ホールも気付く。2組はそう遠く地点で落下していたのだった。下ばかり見ている春藍達と違い、ダーリヤ達は彼等の周囲を警戒した。他に仲間がいるかどうかの確認だ。
「きゃーーっ」
「まだ出るな。勇浪」
見たところ、3人のみ。しかも、向こうはこちらに気付いていない様子。勇浪を止め、ダーリヤは確認をとった。
「メテオ・ホール。奴等に追いつけるか?」
『追いつけなくはない。貴様等は?』
「奇襲を仕掛けたい。というより、勇浪が暴れたいようだ」
「きゃーー!」
「すぐに飛ばす。そう急かすな」
こうも偶然に出会うとは、3人共思ってはいなかった。人数が同じというのもラッキーであっただろう。まだ情報が掴めていない地で、先手をとれるというのは大きいものだ。
ダーリヤがそれを見逃すわけなく、同時にではなく、バラバラに仕掛けたのは正解であった。
ブオオォォンッ
「きゃ~~~~!」
その時、ダーリヤは1番手として。勇浪を春藍達の方へと投げ飛ばした。
「重力のせいで何回か、バウンドするぞ」
『分かった。貴様、かなりスパルタで変人だな』
「ショートカットだ」
異常な重力故、空中を飛びまわるような力は消耗するだけ。ダーリヤもまた、かなりのハイペースで崖を降りながら、春藍達を追いかけていく。メテオ・ホールは溜め息をつきながら、ゆっくりと降りていく。上昇するのは得意だが、降るのは人間よりも遅い。
バァァンッ
地に体をぶつけながら、転がりながらも、戦闘体勢はまったく解けていない。
勇浪は声を抑えつけられず、奇襲というのを忘れていた。
「きゃーーーーっ」
「!!」
「あいつは……」
このまま進めばぶつかるだろう。5秒もしない内に、奴は来る。
春藍達が同時に勇浪に気付き、戦闘体勢をとれたのはライラと夜弧のみ。春藍は坂の整備で動く事ができない。
それは勇浪も同じである事をライラと夜弧は見抜く。
「春藍はそのまま!夜弧、応戦してて!」
「任せて!」
「あたしが周囲を偵察する!!」
各々、橇の上。
ライラは"ピサロ"を用い、瞬時に霧を発生させた。この異世界の重力によって、上へと昇るのは大変な事であるが、発生させた位置を留まらせる程度なら軽い負担で済む。
霧に触れさえすれば、どんな奴がいるのかが分かる。
奇襲に動じず、対処が柔軟なライラの動き。
合わせるように夜弧が、勇浪に向かって発砲する。足場の違いがあることと、自由の限度を見極められている。
「きゅ~~」
勇浪は夜弧を狙った。この場合、狙うべきは春藍の方だ。
本能で動く彼は、戦意を見せた夜弧に反応した。投げ飛ばされてからの動きに制限がある。捻り、回り、跳ね。アクロバティックに夜弧の銃弾を3発避けながら、攻撃を繰り出した。
フォォォンッ
「きゃっ」
「ごめんなさい」
動く足場故に、攻撃を受けて弾き飛ばされるより、回避してやり過ごす。夜弧はしゃがんで勇浪を通過させる、振り向いて射撃する事はできなかった。すぐに春藍が
「道を変えるよ。こんな足場で戦うのは、得策じゃないよ」
「ええ」
「………ですね」
追撃はしない。夜弧も、最初からそのつもりだ。勇浪がなんらかの手段でやってきたが、ボディコントロールのみが精一杯の状況。
敵の数もまったく分からぬ以上、夜弧も応戦で済ませた。視線から外さず、周囲を警戒したライラの報告を聞く。
「あと2人!近くに生体反応がある!!あたしの霧に普通に入って来た!」
「!2人……」
「彼等の仲間、ってことで良いですね。誰が来たか分かりませんけど」
ライラの霧に入ったダーリヤとメテオ・ホール。
チマチマとやるつもりなく、一気に仕掛ける気の入り方。
落下しながら、降りながらの、戦闘が始まる。