ある時代より②
藺兆紗。
遅れてきた男とも言われた。
彼の能力、"人脈"の最大の魅力は、優秀な人材を発掘するところにあるのに、人口も土地も大きく減ってしまう時代に誕生してしまったからだ。
不運に尽きる。
『そうですか?』
しかし、それは人の見方。勝手に自分の人生を値打ちされるとなんか、腹が立つ。確かに、そんな世の中だ。絶望しかないように思えても、
『人は生きているのです』
人で変わるのが、人であろう。止めるも、進むも、その人次第。その中で自分の出来限るで生きていく事になにか罪があるのか?
そうして、"人脈"で引き寄せる事ができたのが、夜弧という少女ならなおさら自分の生き方は、間違っていない証拠であろう。
夜弧に目覚めている"魔術"の鍛錬、ネセリアが備えていた"科学"、"掃除媒体"の習得、射撃術、護身術。
どれにも一流な力などなかったが、教えるという事が上手だった藺は、夜弧を14年という年月で立派な戦士に育てあげた。今ではこの時代で、誰よりも強い人。自分なんかすぐに殺せるくらいにだ。
夜弧という人間の素体もまた、優れてはいなかったが、弛まぬ努力と真摯な指導に応えて成長できた。
『藺様』
藺のおかげで成長しながら、少し嬉しく感じる事があった。
『あなたの能力を持ってすれば、私はあなたのために戦う事ができたのに、どうして、私を私のために戦わせるのですか?』
藺と夜弧の能力のタイプとしては、同じような物だ。精神を操作し、人をコントロールする事もできただろう。子供時代の夜弧ならすぐに意のままに操作することが、藺にもできたはずだ。
『私を必要としてはいけないからですよ』
『私の自慢の師なのにですか?』
まさか、できないという根本的な問題ではなく、藺兆紗が考える人間の在り方が夜弧の育成に繁栄されていた。
『誰にだって何があれ別れがあります。でも、それ以上の出会いがあります』
彼女に人類の全てを託すのであるから、自分がそこに居ない事は当然であり、
『あなたが私達の"指標"です。これからどんな別れと出会いがあっても、あなたに従うのが、私達でなければいけない。それに従うまでです』
『良いのですか?』
『私がいないと困るようでは、あなたを送ることなどできません。一人前にもなれない』
藺はそうなるように、夜弧を育てていった。
自分がいなくてもいいようにか。迷わず、自分を殺せるように、愛情なく育てる。
◇ ◇
現在。というより、今の時代と言うべきだろう。
「夜弧」
あの時代にはもう戻ることはできない。ここに居る4人にはそれが分からない。
辛かろうという気持ちは知らない。
「そろそろ、訊いて良いか?」
アレクからも、ライラからも、春藍からも、久々に出会えた三矢からも
「お前は何者なんだ?」
答えを沈黙のまま、この時まで来れた。決断はこの時代に来たときにしたはずだ。今更、引き返すなんて言ったら、もう誰にも会えない。
息を一回吐いて、さよならと心の中で言って、
「私は未来からやって来ました、人間です」
その答えに目を丸くして驚く、春藍に。ある程度の驚愕は覚悟していたライラは、少し悲しく夜弧を見つめて。アレクはタバコに火を付け、分かっていたと思わせる表情を浮かべた。三矢は……分からない。
「"時代の支配者"を倒すため、この時代に来ました」
時代が変わったのは随分と前のこと、
「そんなとこだろうとは思ってたがな」
「……管理人と出会いたくなかったのも、それなら納得するわね」
バレバレですか。夜弧はそんな羞恥を顔に出すも。
「ええっ!?ライラとアレクさんは全然、驚かないんですか!?どーしてですか!?知ってるんだったら教えてくれても良いじゃないですか!」
「春藍様……」
「大ニュースです!未来人が来たんですよ!」
「ちょっと黙ってくれませんか!」
夜弧が怒り気味に春藍の驚きを止める。
「ともかく、分かっての通り。管理社会の頃にこの事をおおっぴらに明かせば、失敗していました。たぶん、管理人は総出で私を殺しに来たでしょう」
「過去の改変に値するからな」
「どんな理由も証明できません。春藍様達にもそうでした。ですが、……もう大丈夫でしょう」
夜弧が懐から取り出したのは、CD。春藍達にも見覚えのある代物であり、
ブイィンッ
「!そのCDに……この映像は」
「"掃除媒体"に入っている代物か」
「これが私の消えた未来から今に託された、”時代と空間”を移動できる科学です」
夜弧は若の能力を持たずとも、様々な異世界を飛び回っていたのもこれのおかげである。
「科学名、”RELOAD”」
二人が限界といったところのサイズ。しかしながら、空間と時代を飛び回れるのは恐るべき機能であろう。ポセイドンなどが手に入れたら、間違いなく使っている危険物。
この完成された科学を見て、アレクは気になった点を挙げた。
「これは完成されているのか?」
「え?でも、カッコイイじゃないですか、アレクさん」
「時代を移動できる科学なのよ、アレク」
春藍もライラも、その疑問に追い求め過ぎだろうと言いたくなったが、三矢がアレクの疑問を答える。
「2人しか乗れねぇのはおかしいよな。”時代の支配者”と戦うのに、2人だけじゃ無理だろ」
「この科学は私がここへ来るために造られた物です。アレクさんと春藍さんなどのフォーワールドの科学力ならば、これを改造する事ができると思います」
「!ということは、さらに乗員できるんだ!僕とアレクさんと、ライラとロイ、謡歌や、もちろん夜弧も入れるの!?」
「改造ができたらの話だろ」
ま、しなきゃいけねぇよな。そうやって、タバコの煙を天上に向かって吹いた。
「人類のためなんて大層な事じゃなく」
ポセイドンがやりたそうな事を、まさか自分が引き受けられるとは思いもせず、ほくそ笑むアレクだった。
「俺のために、それ。改造してやろう」