無意味な人質
勝利は掴み取ったが、敗北とは違うものを悟る。失敗って奴。
「うほほほほ、早いのぅ!」
「琥珀!1人で大丈夫なのか!?」
「心配せんでええ。アンリマンユがなかろうと、拳銃ぐらいは持っておるわ!」
アレク達が居ない事を知ったダーリヤであったが、それでも急いでいた。ここは敵地であり、自分でも満足に戦える時間が限られている事を身を持って知っているからだ。
琥珀も同様だ。アンリマンユを全て壊され、残るのは拳銃のみという貧相な装備だ。
今、朱里咲がロイに敗れたが、連戦するだけの力は奪い取った。
それでもクォルヴァがここにいる状況を考えれば、勝ちはまずありえない。だが、逃走や敗北にまでは至らないこともなくはない。
「あそこじゃ!ダーリヤ!突っ走れ!」
「人使いが荒いが!まぁ言わんぞ!」
琥珀を抱えて、空を飛んでいくダーリヤ。2人が目指しているのはフォーワールドの全体の情報を抱えている施設。そう、報道局だ。
「ん?何か来る」
「あれは……」
水羽は戦線離脱であるし、謡歌やバードレイと共に本部から少し遠くの方で仕事をしている状況だ。
クォルヴァがここに戦闘要員を配置していないわけではないが、
「失せろ」
いくら負傷しているとはいえ、ダーリヤほどの強さを誇る者に対抗できる戦力は置いていない。
「この間、やってきた侵略者だーー!?」
「うわあああぁぁっ!!」
叫びながらも、立ち向かい。
「言っただろ!」
戦士達は殺される。侵入をあっさりと許される。しかし、傷口が開き、胸を押さえるダーリヤ。
「くっ、あとは任せるぞ!琥珀!」
「ここまでやってくれたら十分だわいのぅ」
拳銃を取り出し、威嚇射撃を行なって叫ぶ。
「ヒュール・バルトという男を捜しておる!!おそらく、この施設に逃げ込んでおるはずじゃ!!出してこい!さもなくば、住民を皆殺しにするぞ!!」
ダーリヤと比べれば威圧感は格段に落ちるとはいえ、人が殺された直後にそんな感覚を普通に持てるわけがない。ダーリヤはこの持ち場を琥珀に任せた。というか、琥珀が行きたかった場所に過ぎないんだけどな。
「早く出せ!」
報道を行なう場であり、様々な情報を手に入れる最適な場所におそらく、ヒュールは向かうだろうと王からの事前の推測。
「ヒュールさん、ラフツーさん、侵略者がこの建物内に侵入し、拳銃を持って周囲を人質にしています!」
「そうであるか」
「な、なんたることだ」
推測は当たっていた。ヒュールだけでなく、ラフツーまで釣れる儲け物であった。
アレクが不在にしている間に起こったこの襲撃にして、この失態。
いや、その反省は終わってからだ。
「私だけが行くのである。ラフツー殿は上手く、クォルヴァ殿かロイに連絡を入れて欲しいのである」
「だ、大丈夫なのか?」
「私1人で済むのなら、問題はないであろう?アレクも必ず帰って来るのである」
いやしかし、あなたは将来の指導者であられるはず……万が一のことがあれば
「その万が一が、今であるのである」
その見極めは正しい。だから、ヒュールという男がこれから先で必要であるのは、ラフツーの気持ちから分かっていた。
戦えぬから支援に徹していた。しかし、人質ならば戦えよう。
「私がヒュール・バルトである。さぁ、他の者を解放するのである」
「ほぉー。これは見事なおじさんじゃのぅ。ワシより下じゃがな」
琥珀博士の拳銃は確実にヒュールに突きつけられた。
「ここに"アルテマ鉱石"という資源が保管されていると聞いたんじゃ」
「!」
当然ながら、ヒュールも資源や資材の管理を行なっており、その名を聞いたことがあるだけではなく、どこにあるかは分かっている。分かっているが……
「知っておるんだろう!?藺がこの異世界に送ったと、聞いてるんじゃ!誤魔化しはできんぞ!知らんならぶっ殺すぞ!」
「無論、知っておるぞ」
ここから随分と歩く。ダーリヤがいなくなったこの時、拳銃だけの琥珀を倒せる手段は多い。自分の犠牲がどれだけのものか、分かったもんじゃない。死ぬことは先のことまで考えればできるものではない。
「住民には発砲はしないで欲しいである」
「あ~、しないさ。別に。ワシは"アルテマ鉱石"が欲しいだけじゃ!」
しかし、チャンスはある!
ここからいくら自分が走っても、2時間以上はかかる。きっと、クォルヴァとロイなら辿り着くまでに戦況を改善してくれる。あるいは、この人質の状態を解放できる作戦をラフツーが立ててくれる。
「あ、案内するである」
「よーしよし」
それと気になる事があった。今、琥珀は無意識であったが、藺という人の名前を挙げた。その名は聞いた事がある。
十中八九、ライラ達が言っていた藺兆紗だろう。その関係者が今、襲いかかって来たということか。では、敵の数はさらに居るということか?
だが、疑問。
"アルテマ鉱石"は藺兆紗から頂いたのに、それを取り返しに来る奴が藺兆紗の仲間なのか?
期間は随分空いている。その後で藺兆紗を倒してここにやってきたか、あるいは仲間になったか。
戦況を考えることはいくらヒュールでも難しいことだ。政治関連や人材育成におけるプロでも分野が違えば、凡夫である。
今。
「大分、歩くのである。2時間ほどだ」
「一向に構わんわい」
人質になるというリスクを受けつつ、時間をかけて、対して強そうに見えずとも、敵の注意をこちらに向けること。そして、喋るのだ。
「どこで”アルテマ鉱石”を知ったのであるか?」
恐怖に怯えるフリをしながら、琥珀という男がお喋りだという人間の習性を一つ感じられた事から、ヒュールは大胆な質問を繰り出すのである。自分が死ぬことを構わずと。
「私は研究者でな。そこらへんの事も詳しいんじゃ!」
琥珀も、せっかくの人質を殺すわけにもいかない。話すなと、声を荒げるべきか。あるいは威嚇射撃を行なうべきだったか。
快楽的な殺人は、自分が造り出すアンリマンユがやらねば生まれぬ事だった。彼がヒュールを殺すことも、傷つける事もその気持ちを絡めれば薄いこと。銃を向けながらも陽気に、ヒュールの質問に答えたりもした。