KIMISHIO SYUSATOSAKI
今の肘打ちは首が折れるどころか、切断されるほどの一撃であった。
肘を首から離し、ロイを見下ろす朱里咲。
「がはぁっ」
ロイの身体が通常より、遥かに頑丈だからこそ。耐え忍んだ一撃となったが、ここから巻き返すのは難しいか?
「楽しかった」
お別れだな、ロイ。もしお前に負け、生きていたら、少しは好きになったかもしれない。私が私じゃなくなる生き方も。
しかし、生き残るのは常に高い意識を持ち、鍛錬を弛まぬ者。平和の中で生きようとする輩には到達できないところに私はいる。
心での会話が止んだ。
「ちょっと待て!!」
「!」
絶命を犠牲に生んだのは、朱里咲のその切ない表情だった。楽しかった瞬間が終わると、
「自慰行為はテメェだけじゃねぇんだよ」
人はしょんぼりする。同じことしても、高まらない。人は変化を好む。朱里咲もそのタイプであることは人間である以上致し方ない。
ロイは一度だけ負けたのだ。
崩れ、倒れ、痛みを感じ、負けを認めさせてからの、
雷速の如き、"反射"と"反応"。さらには"最小"の行動のみで反撃に転じていた。倒れたところから宙へ舞った。
「宙天襲撃!」
朱里咲が無警戒していた頭部への、飛び蹴りが炸裂した!
「くっ」
威力はもろいが、ガードも受け流しも一切無く叩き込まれた蹴りに、朱里咲が後退したのは当然だった。バク宙に続きながら、両足が地面につき。喉に響くダメージが脳に痛烈な信号を生み出す前のこと、
勝った瞬間がお前の隙だ。口酸っぱく自分や人に言えても、今のお前にその隙を消せねぇ。なぜなら、戦いの中だけがテメェの存在価値だと認めているからだ。終わればお前はもう、価値がなくなる。な?ダメだろ?朱里咲。
「螺旋拳」
右のコークスクリューブローが、朱里咲の胸部に炸裂した。吹っ飛ばすタイプではなく、身体の中を大きく揺らし、崩壊させるような打撃。
折れる骨、飛び散る血。
「ぐっ……望んでいたよ」
その言葉に強さはあまり感じられなかった。ボコられることはイメージし切れていなかったろ、おそらく、随分久しいはずだ。
朱里咲が自分のダメージを考慮せず、打ち合いを望もうとした。間違いじゃない。ロイの首は切断に近いダメージが入っており、ここまでよく動いたと賞賛する。終われ。
自身が持つ、最大の大技。
「重さはパワー」
「!」
タフなロイの行動を尊重するための、最高の技だと思っている。
「世界に潰された事はあるか?」
朱里咲の胸から引かないロイの右手を、両手で握った。この状況から叩きこんだ事は一度も無いが、絶体絶命に近づいているからこそ、勇気が自信、確信へとのし上がっていく事を朱里咲は恍惚に感じる。
成長する戦闘というのは、こうであるのだ。
「だろうな」
「!」
口から、鼻から、耳から。ロイの身体は血が噴き始める。首に集まったダメージの影響であるのは間違いない。
感覚が痛ぇと泣き叫んでいるが、次は今以上に辛ぇっ。
残していた左手は確実に朱里咲を狙っていた。自分の右手が、朱里咲を抑えるだろうと読み切っていた。
しかと捻り、朱里咲の大技よりも速く、強く。
「絶突!!」
修復すらさせまいと、彼女の右脇腹を確実に左手で貫通させ、抜き取った。しかし、それでも。
「倒れる、もの、……かっ」
「!」
今ので朱里咲が負けを認めたり、倒れたりするなど、ありえない事もロイは分かっていた。それだけの武人だ。強さだけなら俺より上と言えるぐらいなほどだ。
中途半端に退かない。選んだ攻撃を必ず、決めてくる。
グニャリとか、ぺランペランとか、柔らかい感じになるものではなく、むしろ逆にロイの身体がカチカチに硬直していく。鉱石のように固く、硬く、堅く、壊れないんじゃないかというくらいの硬度を出しながら、
「っ!」
とんでもなく、ヤバイ予感をする。
頑丈というものは衝撃を流したり、吸収することができず、モロに衝撃を受けてしまう。防御のしようがない。
「地天崩震」
ロイは微動だにできず、朱里咲だけが動けている間。まだ生きているという描写を目に刻んだ瞬間、視界がブラックアウト。一瞬の意識を断たせる速度を生み出す。この状態に差し掛かっても、まだ地面にぶつからない。さらにそこから加速され、世界に押し付けて消し飛ばすと言っても過言ではないほどの、朱里咲が持つ”軍神”が持つ最強の奥義。
「環我意」
ドゴオオオオオオォォォォッ
この衝撃は、世界そのものから潰されたほどに感じる威力であり、女の力とは思えないほどの威力を叩きだし、巨大なクレーターを生み出した。
破壊の衝撃は地面に伝わり、周囲を揺らし、建物のいくつかを壊した。人々の不安を確実に沸き立てさせるものであり、巨大な粉塵が立ち上った。
何も残さない。何も生かさない。それほどの大技であり、戦闘を陳腐に変えるに等しいものであろう。
「…………」
しかし、
「明暗は死闘の差だな」
1勝1敗といったところか。
自身の最大奥義が決まらなかった事は、敗北である事実。直前に叩きこまれたダメージが響き、技を決める直前でロイを離してしまった。
膝を地面に付き、お互い、立てぬが……
「最後の最後で力尽きたな。朱里咲」
決まっていたら、死んでいた。
朱里咲の意識は戦意だけを失っていた。
「私の求めた戦いだが」
まだまだということか、それとも、戦いしかなかったから出来なかった事なのか。
「私が負ける事など、考えても見なかった」
ロイに貫かれた右脇腹を大事そうに庇う自分が、戦いだけを求めていなかった証拠だと、悟った。自分が隠していた本音なのか、変化だったのか。
自覚は……