気付かれた!
”管理人”は、人間のような形が多いが、寿命がほぼないと言えるほど長寿であり、幾つの時の中で人間を管理してきた存在だ。
「桂さんの到着まであと2時間だそうです」
「そうか。来れば引渡しで一通りの騒動は収まりますか」
「まだ"黒リリスの一団"が残ってますが、この近辺には情報がありませんし」
ラッシとクロネアは管理人専用の施設にいた。丁度、春藍の作った偽者のライラを保管していた。
一般の住人は立ち入り禁止。ここに入った事があり、生きている人物といえばアレクくらい。技術開発局のトップの人間でよーやく入れる場所。
知ってはいけない物ばかりより、見てもよく分からないデータばかりだ。管理人達も全てを把握できるわけではない。
"管理人"にも、人間同様に得手不手がある。
ラッシは人間を支配するための恐怖を作り出す"暴"のため、主に戦闘を得意とする管理人。ゼブラ、今井、麒麟の三人は効率的に計算して人間をまとめる、政治と治安、運営の面での管理人。
そして、クロネアは両方の面でも関与する管理人。この世界のまとめ役。
「ポセイドンは"黒リリスの一団"についてどーしようってんだ?やっぱり、軍を作るのか?行くのは俺か?」
「裏切り者が出ている可能性もありますとの報告があります。少々組むまでに時間が掛かりそうです。かなりの手練れが多いようで相当な人数か、こちらも巨大な精鋭を出すか」
管理人にとって、世界各地を脅かす存在は敵である。
春藍達からは嫌われているが、それはもう一部の人間だけとも言える。この世界は命の大切さが欠如しているが、戦争というのを体験した事がない。処刑人であるラッシという逆らえない強者に、クロネア達の安定した支配に飲み込まれているからだ。彼等の指示をちゃんとこなせば良い。生きる事は仕事だと認識すれば、困ることはなかった。
そーゆう意味では管理人という存在は人間にとって必要な物でもある。
「……ん?」
「どうしたぁ?」
クロネアは自分が着ている服が濡れていた事を思い出した。桂に連絡するだけでなく、後処理にも追われていたため自分の事を気にできなかった。
ライラの降らせた小雨と霧は、ずぶ濡れとはいかないものの。ヒンヤリと来るはずだった。ライラを抱えた時の手も濡れていたが
「ラッシ」
「なんだよ」
倒れた後も霧や雨は残っていた。ラッシの攻撃で乾燥するわけもない。
もう一度、クロネアはライラの身体を調べた。特に服のポケットや裏地は濡れてしまうと早々に乾かない場所。自分の服はそこまで濡れている。ラッシのジャケットも濡れているだろうに、
「これは」
ライラの服や身体はわずかに濡れているだけだ。ポケットや裏地には濡れてもいない。特に温かい場所に置いているわけでもないのに、そこまで濡れていない。クロネアは再度入念に調べる。人間の何かが欠けているか、意識して調べればすぐに分かった。
「ラッシ、騙されちゃったよ」
「何をだ?」
「この子、どうやら偽物だ。良く出来ているが、強度までは余裕がなかったようだけど」
クロネアはライラの腕を掴んで、少し力強く引っ張るとポンッと抜けた。そこから血が出るわけがない。中身の構造は灰色の筒、良く出来ている人形のようだった。
「なっ、なんだと!!?」
「困ったな。ライラを見失っちゃった」
この事実に気付けたのはライラを捕らえてから大分経っている。
しかし、まだライラはこの世界に留まっている事は分かる。彼女の移動の仕方は足跡がつくし、派手だ。
クロネアは冷静に状況を把握する。ライラの1人の犯行ではないという答えがすぐに出た。そして、ライラがラッシの攻撃を避けたとも思えないため、協力者がいることも察する。
「どうするよ、クロネア。今井達を呼んで」
「それはダメです。我々二人だけでやりましょう」
偽物を用意したという事は相手側は、それで騙せる時間があると考え動いている。今井達を呼んでいる時間、捕獲の対応をする時間の間にライラが逃げられたら意味がない。そもそも彼女の位置と様態が掴めてない以上、考えるまでもなく最低限の策。
「ラッシ、すぐにベンチェルロ広場で待機してください。ライラをまずこの世界に留めましょう」
「お、おう!」
圧倒的な力を持っているラッシをそこに配置する。離れていても、二人は連絡手段がある。急いで広場に向かうラッシ、そしてクロネアも早歩きしながら様子を探りに行く。ライラがこの世界に現れた場所。まず第一の容疑者、偽者を作り出すことも可能と思える男。春藍の寮室へと単身で向かった。
管理人にはマスターキーがあり、鍵を閉められていても開けることは可能。人間達のプライバシーをカンタンに知れるのだ。
クロネアはラッシほどではないしろ、戦闘力は住人以上もあり、春藍とぶつかれば間違いなく取り押さえる。
ギイィッ
「ここにおらずか、そっちはどうです、ラッシ」
『今着いたが、来てはいないな。ここで待ってればライラは勝手に来るんだろ?』
「姿は隠したままでお願いします」
そこにライラが来るというのは予想に過ぎない。そこ以外にも移動できるポイントはこのフォーワールドにはいくつかあるだろう。近場を抑えるというだけだ。時間を練られたら、どこでライラが異世界へ移動できる術を使うか読めなくなる。
『クロネア、1人で大丈夫か?』
「手負いの人間ならば抑えましょう」
フォーワールドには戦闘を行う人間はいない。そして、ライラも手負いとなればクロネアで十分だった。
管理人の2人が行動をとっている間に
「また今度?」
ライラとアレク、春藍の三人は
「悪いけど、あたしはもう行くわ。時間がそろそろやばそう」
ライラは今度と言われても、次があるかどうか。自分がいた世界以外では同じ世界に辿り着いたことはない。
春藍には助けられているのだから。その言葉をいつか叶えてやりたいが、難しいと心中で声を出した。
「春藍」
「ア、アレクさん!」
「俺はライラと一緒にこの世界から出るつもりだ」
なんとも思わない顔をしてアレクは春藍に言ってみせた。春藍も驚いたが、ライラもやっぱり付いて来るんだって顔を出していた。春藍からしたら上司であり恩人であり、尊敬している人。迷いなんて感じられない姿勢。
「お前も来い」
「え、……で、でも」
「俺が抜けたこの世界でどーするつもりだ?俺はラッシやクロネアの手足でもない。俺は俺だからだ。お前はお前だろう?選択はお前に任せるがな」
アレクの命令ではない。アレクの意志であり、希望を春藍に伝えている。だが、まだ春藍にとってはアレクを頼っているような顔。
自分なりの決断という言葉を出せない。流されるようにか。
「は、はい」
不安な事もある。やった事がない仕事はいくつかあっても、大抵はできるという見積りは立てている。製作というのは可能を前提にしている。
だけれど、世界を飛び出すなんて出来事は可能でも不可能でもない枠組み。
心の中にやってくる。緊張感や未知な予感は二択どころではない、想像を超えるだけの数がありそうだ。
「僕も一緒に行きます」
"はい"と、一言出した後。やってきたドキドキは春藍の意志がそうしているようだった。場の勢いでもなく、一緒に行きたいという言葉は自分で出せたと春藍は思えた。背を押してくれる人がいれば、アレクがいれば、ライラという人がいれば行ける。管理人がいない自分達の自由。
「よっし」
「決まりね。ともかく今は脱出の準備だから」
ガチャアァッ
その時、アレクの寮部屋に1人、入ってきた。