同調
言葉は発せられているが、お互いにしか聞き取れないもの。動きも、伝えている事も迅いやり取りであった。
ロイの拳がガードする朱里咲の両腕にぶつかった。
「お前がこうするとは、いずれ思っていた!」
訴える覚悟は実は言うと容易い。なぜなら、相手の気持ちを考えなければできることだ。酒の席、場の空気、拷問を浴びること。隠れた本心を手段選ばずに出させるのは酷く、簡単。
今、ロイが伝えたい事は朱里咲と、本気で戦えるかという覚悟の決め方。お前に言っているんだ。
「まだ!俺と戦うだけなら戻って来れる!考え直せ!お前はただ死ぬだけだ!!」
朱里咲は王とは違っている。王は特攻を前提にしている。それは死を受け入れなければいけないことだ。
しかし、朱里咲は死のリスクを負う必要などない。彼女はただ、判断を作られているこの世界に合わせさえすればいいだけなのに。
「いかんなぁ」
今度は朱里咲から仕掛ける、前蹴り。肘で防ぐロイに伝わる朱里咲の声。
「このまま死ぬのはダメだ!生きているのに、死んでる私を受け入れる事ができない!」
戦いしかしていなかった人間。それはロイも同じだったから、気持ちは伝わる。
「私の強さは戦いのためにあり、平和を作り、守るためにある強さではなかった!」
込められた気持ちは放たれた蹴りも強く、説得を止めろと訴えるものでもあった。
悔しい。
ロイはどうやって、倒すかではなく。
「諦めんなよ!」
朱里咲を説得するなど、自分には不可能だという事が理解してしまったからだ。なぜなら、ロイには朱里咲の気持ちが分かるからだ。戦いしかできない者が戦えないとしたら、死んでいると同じ。平和な世の中なんて、地獄や墓地といった恐ろしいところだろう。
それでも、それでも……。自分がこの道を選び、仲間と共に来たのなら。俺は助ける。助けなきゃいけない。
「お前はそれだけじゃねぇ!!」
自分がこうして、戦い以外に選べるから。
そう早く決断することではないと、朱里咲の拳を額で受けるロイだった。
「捜せ!生き方を捜すことは、死ぬよりも、戦うことよりも楽しい事じゃねぇか!!」
春藍達と出会っている順番が逆なら、きっと俺の相手が朱里咲であっただろう。俺は断言できる。きっと、俺自身が相手なんだろう。
「なんで、そんなに死にたがる!?」
拳を受けた額はそのまま、突っ走り。朱里咲の頭まで届いて響いた。
ここでお互い、力同士がぶつかり合っていた戦闘に技が入った。技を用いれば、朱里咲の本領である。胸元を掴み、垂直に反転するほどの高速の投げ。
「戦う血が叫んでいるんだ!」
頭から地面に突っ込まれた、ロイ。頭部へのダメージが連続して続く。グラァっと、視界に揺らぎが生じたが、素早く朱里咲の手首を握り締めた。
「じゃあ、自分の血と戦えよ!!」
朱里咲の要が器用である手首、手先。封じて、かました蹴り。朱里咲を飛ばし、自らも手を離すには十分なものであった。
足をつき、バランスを整え。
「気持ち、変えてくんねぇか?」
「いかんなぁ、無理だろう?」
息を落ち着かせる間、
「じゃあ。もう少しだけ、戦いながら待ってやる」
「期待してるぞ。10分そこらで終わる事は望んじゃいない」
両者の本当の会話だった。
◇ ◇
「おー、朱里咲は上手く中にいる奴を引き出したようじゃな」
ロイが朱里咲と交戦している様子を確認してから、琥珀博士は遅れる形で監獄の入り口にやってきた。
ロイもクォルヴァも、敵の情報をあまり得ていなかった事が今回のミスに繫がった。朱里咲の裏切りを理解しながら、ロイがこの持ち場を離れたのは致命的であった。説得したい一心もあったのも、あるか。
ともかく、琥珀博士がほぼ無人の監獄内に入り、
「!おー、ホントに捕まっておったんかい」
「!?……お前は……」
完全な想定外。ダーリヤと、仲間関係にある人物が侵入したことで、形成を大幅に変えるものとなった。
「琥珀か?なぜ、ここに来れた?」
「事情は逃げながら、話してやるわい。ともかく、我々がこんなところで倒れるわけにはいかんじゃろ?」
懐から取り出した小さなアンリマンユ。とても小さい物であるが、
『ON』
琥珀博士の”ギガント・モデリング”によって、一気に巨大化していき、動き出すロボット。アンリマンユが堅牢を物理的に、殴り壊してみせた。鍵など不要な自慢の破壊力。
牢を壊し、ダーリヤを縛っている鎖も外していく。
「お互い様じゃ。ワシも負けてな」
気遣いの言葉は王がいたからであった。
「たまたま、お主がいる世界に来た。解放はついでじゃ」
事前の段取りのように、組み合わせが決まっており、次の対処は分かっていた。
「ワシの目的は”アルテマ鉱石”じゃ。ワシはこれから、ヒュールという男を揺すりに行く。ダーリヤはここの連中を解放してから、好きに暴れてくれ」
「なに?」
琥珀の言葉は、それまで知っている琥珀の者とは思えず
「お前はホントに琥珀か?」
「ふははは、いかにもじゃ。ワシはワシの目的がある。少しでも成功するため、人を使うところは代わっておらんぞ」
バリンッ
ダーリヤが解放される。しかし、アレクにやられた傷は今も残り、万全とは良い難い。それは王も、琥珀も、計算している。少しでも確率を高めるためのことでしかない。
「誰かいるんだろ?でなきゃ、説明がつかん」
「そうじゃな、行ってくれるか?王という男でな……!おおっ、いかんかった。この手紙を主にやる」
「?」
「ここは敵地じゃ、王という男の連れ、藺兆紗という奴がこの異世界に明日、来ることになっている。この手紙を藺に渡せば、別の異世界に逃げられ、ワシ等の勝ちとなる。ともかく、ダーリヤ。お主が持ってくれ」
王直筆の手紙をダーリヤに渡した琥珀。それだけのこと。
「ここはもうお主に任せるぞい。ワシはもう行く」
「……ああ。助かったぜ」
ダーリヤがウサ晴らしに、隣の牢屋を殴り壊した。傷が癒えて無くても、その強さは健在だろう。
「生き延びてやる」