ロイ VS 朱里咲
場所は監獄から大きく離れていった。
ロイの猛攻は朱里咲を大きく押した。目の前で女を殺し、平然としていられるわけがない。執拗に追ったと、自分でも分かっていただろう。
そして、朱里咲もロイの攻撃に押されながら、必ず、距離をとれる足を残し、やられている演出をしながら、街の方までロイを連れ出した。また、向こうに行かないでと、願うように、十分な距離をとりたかったのは嘘ではないだろう。
「いかんなぁ、ここまで来てしまった」
ロイを引っ張り出すこと、時間を稼ぐための戦闘。
しかし、求められてることはすぐに飛んでいった。忘れていく。今が夢中で。
自分の力と、相手の力が交わるのだ。詩の存在意義は、1人であっては意味もないと同じように。
「分かってやってるのか!?」
激昂するロイの表情は、それはもう正しい。悪いのはこちらの方だ。朱里咲にその気が満ちている。それでも、まったく手が抜けないのは踏み外したことも含め、今の好敵手を楽しんでいる。
「お前のその行動は!お前自身を破滅させるのと同じだぞ!!」
怒りながら、倒すという意思を感じさせない連打を繰り返し、ロイは今の朱里咲を抑えるためには力ではなく、言葉を選んで繰り出した。捕まえるとか生易しい罰で収まる気がしないのは、ロイ自身から分かっている事だ。
バギャァッ
2人の蹴りが交わり、吹っ飛ばされたのは力で劣った朱里咲の方。勢いで建物に激突し、倒れた。しかし、衝撃を受け流しており、平然と起き上がってくる。
「お前を最初に"選びたかった"のは、私と同じだからだ」
問答に対し、拳を使わず、言葉を使ったのは朱里咲にも、朱里咲の考えが言語化できたことにあった。伝えたい事が、伝えられる。それがロイになら届くと、直感で分かっていた。
「平和になっていく世界に、この拳はどこに向けられる?」
起き上がり、打ち込む構えをとる朱里咲。
「戦う事のみが私の人生だったはず。それがどうしてか、何かのために戦っていた自分がいた。かつての、アメジリカで暮らしていた時もそうだった」
自ら鍛える事、自ら戦う事。全ては自分がここにいる理由だ。しかし、
「分かるだろう!戦うしかない者が、戦えなくなったら、何も残らない!私は敗戦者でもないのにだ!ふざけるんじゃない!!」
徐々に平和や安定を保とうとする、フォーワールドの世界情勢に自分の意味を失いそうで、寂しくもあった。
「ロイ!お前は私と同じ、戦う事しかない奴だ!平和な世の中になって、何ができる!何と戦うという!!」
怖いのは一番、”ソレ”なんだろ?
ロイはキレたい。いや、キレているが。言葉を纏めながらした。
「春藍やライラ、夜弧、アレクも。みんなが、平和になっていく世界を望んでる。色んな問題抱える、俺達人間は……」
あっ、ダメだ。頑張って言葉を考えたけど、もう身体が動いている。
「自分と戦ってるんだよ!!」
ロイは朱里咲へと突っ走る。朱里咲が今を忘れているように、ロイも忘我しているか。朱里咲のことで手一杯なのか。その2つの両方か。
歯をかみ締め、街中で戦ってる事を活かすだけに頭を回している。
朱里咲の防御の上から、激しい突きのラッシュを行なうロイ。純粋な身体能力ならばロイの”紫電一閃”の方が、現状は上回っていた。しかし、朱里咲もロイの攻撃に平然とついていく。
「戦いてぇ自分を!抑える自分がいる!」
「自分を抑える自分だと?」
お互いの攻防は”超人”同士に相応しい、ハイスピードであり、複雑な駆け引きすらあった。
「その通りだ!俺がただ1人、一番に強ぇなら、俺が俺を抑える!それで済む話だ!誰かと戦う必要がねぇんだよ!」
「それはお前が強い者を望まぬ、怠惰された偽りの向上心というものだ」
戦闘に言葉は不要。それを知らぬわけがない。舌を噛む。顎を跳ね上げられるリスクもある。しかし、お互いは言いたい事が声以外でも、簡単に届いた。
同調だった。
相対する敵の心理の予想や想定を行なうことは、戦闘を長く経験すれば、自然と身につく。どこに向かって攻撃が飛んで来るか、どのように対処すればいいのか。四肢を操作する脳の信号を待つようでは、掻い潜られ、討たれる。直接で言えば、身体の各々が生命のようになって動けば良い。
単なるスピードではいけない。追求される接近戦では”反射”、”反応”こそが、至極の要求である。
2人は動きのみならず、心の中になる声を、身体がぶつかり合う度に伝え合っていた。言葉の声は、心のもの。