特別な仕事ができることは素晴らしい事で、それから外れることをなんか恐れる。
「技術職はまず知識、それから経験だからね」
どんな仕事にも慣れがいる。
フォーワールドの技術者達は、移民達にはそこまで自分達の仕事を回さなかった。
「失敗は許されない。当たり前だからこそ、人材には慎重になりたい。技術を漏洩すると、利用されそうでもある」
自分達が特別だからこそ、得ていた利益がある。特別が徐々に落ち込んでいけば、自分のこれからはどうなるだろうか?普通で済むのだろうか?
とはいえ、彼等が伝えているのはもっともな事だ。専門知識を持たず、技術職を行なえば失敗は間違いない。失敗しながら学ぶものだが、時としてはそれはいけないことだ。
一つの判断が多くの生活や命を賭けるとしたら、自信や言葉だけでなく、根拠と理由も添える必要がある。
特別な仕事と、そうでない仕事。分けるとしたら賭けている物だろうか?同列に並んではいけないと、
「事務員から初めてくれるなら良いけど」
「ええ。その場所からでも構いません」
確かに誰かにしかできない仕事がある。その仕事を誰かが引き継ぐには相当な時間が必要となる。
だったら、少しでも軽くしよう。何か一つしかできない仕事だけ、集中させることで手を打った。決して良い仕事ではないが、仕事場の美化や雑用という点では人手を投入できた。
最初の、労働者達の始まりはそこからだった。
蜘蛛の巣を作るように、誰にでもできる仕事を誰もがやっていく。人間が活動する地帯がなければならない。
偉大な功績や神秘の研究成果など、平凡を維持することにはあまり変化はない。
嘘か真かを判断する理も持ち合わせていない。人は使うということだけ、その中の仕組みがいかようになっているかまでは深く考えない。単調な事に思えることでもだ。
一つ、真実を挙げるに。人は人を助けるためにいると思う。労働の根源たる善はそこだ。
朝は全国放送を使って、住民達へ職業案内や体験案内。
昼から夜までは職業調査とマニュアル作り。
謡歌の行動は移民達に職の斡旋にある。目の前のお客ではなく、見えない人達に影響を及ぼすほどの、非常に重要な任。その重圧を感じさせずに溌剌と行動していく。
今日は食品の安全基準調査を学んでいるところであった。
「衛生管理基準をより厳しくしなければならない」
味の良し悪しより、まずはその食品への安全。健康被害がでようものならば、営業停止も発令する。
白衣、マスク、消毒、除菌という、真っ白な衣装で飲食店の調査を行なう仕事。
「な、なんか想像してたのと違う」
「水羽ちゃん、なにか食べられると思ってたの?」
「健康管理がなければ生活は生まれませんから、これくらいはするのでは?」
飲食店経営を望む移民達も多い。漁業や農業も自給自足で可能になったことが、より拍車をかけた。
急ぎたい気持ちにしっかりとブレーキをかける者達。
「病気の元は食生活です。この仕事あって、お客様への健康があるのです!メンドくさがらず、情に流されず!厳しく!人々の健康を守りましょう!」
誰しも、病気になりたくはないだろう。
美味しい料理を提供するのはもちろん、その後のケアもしっかりしなくてはならない。調理人の健康状態も、週2回は検査する。
地味なことの繰り返し。そして、多くが望むような仕事にも思えない。
◇ ◇
「はい!オーケー!」
次に道路工事の体験をする3人。重機の扱いは車以上に難しいため、ほとんどはフォーワールドの技術者が扱うも、歩行者達の誘導や周囲の清掃、資材の輸送などが移民達に求められていた。
「立ち作業で辛いですけど、女性でもこなせるのですね」
「おろおろしてると、怒られるから損なとこはあるがね」
道路工事は新規の道を作るだけでなく、作り終えた道の補強や修繕もある。また道に限らず、建築作業なども沢山残っている。
「あとは塗装や設計、樹木の手入れやらあるけん。でも、求めてる人材は男手が大半だねぇ」
「分かりました」
「あ、専門家も欲しいね。重機の取り扱いの緩和が行なわれればいいんだが」
「それはヒュールさんやアレクさん、クォルヴァさんなど、上層部の意見も必要です。便利であるからこそ、危険であるのも変わりないです」
移民達にも自由を求める権利があり、沢山ある仕事の中から早い者勝ちとはいえ、選ぶだけの時間があって考えていた。
自分の進路を含めて最適を選ぶものだ。
そーいった意味で裏方に回ったり、厳しい労働や待遇の悪い仕事を遠慮する傾向もあった。それらの均衡はなかなか難しく、多くの選択肢があるからこそ置いてけぼりを喰らう職業もある。
「まぁ今は、土地のバブルみたいなもんもある。"超人"さん達がいれば輸送面もどうとかなるんだぁが、こーゆうのは無くなった時、人材を手放しちまうしかねぇ」
「何かの復興あって、ですか」
「はははは、まぁ考えるさ。そん時はそん時。経済とかは詳しくねぇさ」
発展と共に廃れる仕事もある。時代の中で風化していく仕事もある。
誰も病気に掛からなければ、お医者さんはいらない。誰も争いがなければ治める人もいらない。誰かが困るから解消するための、仕事がある。
「なんだってんだよ!!」
そんな時、怒声が上がったのだ。
何事かと思った謡歌はその先を見た時、バードレイも静かに怒っているようだった。
「みんな、仕事は大変だと思ってますよ」
「このガキィ!」
どうやら、移民の1人がこの仕事が辛いせいで愚痴をこぼしたらしい。それは分からなくもない。しかし、まだ始めて3日くらいだ。体力的な問題というなら、なぜ怒鳴る力があるのだろうか?
バードレイにはそれが疑問であり、不満を容易く漏らす人に不快感を抱いた。
「すぐにヘコタレル、自分が無能だという事を棚に上げる」
冷静な表情から繰り出される罵倒の質は、怒りに任せた言葉よりも的確かつ突き刺さる紛れもない事実であった。とはいえ、そのような小競り合いなどない方が良いに決まっている。
「おいおい、止めろ」
「抑えなって!バードレイ!何、マジになってるの?」
周囲の人や、水羽が2人を止めた。この険悪。そして、バードレイの言葉が事実であるが故、彼女を抑える手は水羽だけであった。
確かに割りに合わない仕事だ。しかし、それは客観的な見方。任された仕事に対する適正と、忠誠心を持ち合わせていればどうということはない。
結果、割に合う。合わないの判断は人間それぞれ。恋したい相手のように変わっているのである。
怒る男には、忠誠心が大きく欠落していて、適正もそれほど見合っていなかった。
良い意味でもバードレイは発言する。
「仕事に対する不満があるのなら、別の仕事を捜す方が良いです」
それは不満をしかと解消する行動の催促。
「辞めてやるよ!仕事なんてするか!」
そうやって、男は怒りながら足取りを強くし、ここから立ち去っていく。ビックリしたこと、溜め息をつくこと、別の意味の怒りもある。
とはいえ、
「無意味です」
「バードレイちゃん」
「すみません。謡歌達が必死にやっているのに、私ったら……いえ」
バードレイの考えは全てを幸福に導くものではない。そんな幸せなど、ありはしないからだ。ただ、許せなかった。許してはいけないことがある。人の善を踏み潰すような、悪行を平然とする輩がいること。
一生懸命に生きていない奴がいるのは、まだいいんだ。問題はそんな連中が頑張る周囲を貶したり、足を引っ張ったり、自覚すらなく怠惰している様が腹立たしい。これと同種に分類されるのが、気味の悪い虫に触れるより気分が悪い。差別と言っておかしくない。
「私にも、何かができれば」
無論、そうしているつもりもない。バードレイには見えない何かを、やるべき使命があった。これを捜し、自信を持って足を踏み出す。今は方向を見つける段階。
バードレイの魂の根源に、謡歌という1人の一途で純粋な善の正義が、傍らにいたことが確かである。