劣等
灼熱にも耐える頑丈な肉体。
何もかも跳ね除けるパワー。
「ぁっ……ぐっ……」
風を抜き、音を通り過ぎるスピード。
変幻自在のテクニック。
ダーリヤの肉体的な能力であるならば、アレクを軽く上回るだけのものがあろう。"科学"の所持があっても、決して他に劣るものがあるわけではない。
にもかかわらず、ダーリヤがまるで手も足も出ず、ほぼ一方的にアレクに焼き尽くされているのが、現状。
ダメージの蓄積、火傷の苦痛が、肉体の自由を奪い始める。
「うおおぉっ」
どこに勝機があった?戦いに勝ち負けなど最初から決まらない。
動きは私の方がまだ上。一撃も私の方が、
バジイィィッ
「お前、疲れてんのか?」
「!!」
いかに優れた力を出せようと、相手の焦燥に、タイミングを外しながら防御をとれば、威力は変わってくる。殴る、蹴るという、それはもうとても単純な攻撃であっても、力の安定感はそれぞれ変わる。強すぎるのならなおさら。
あえて、敵の攻撃を受けることで心理的な自信の欠如を植え付ける。焚きつけ、技術を抜き取る。
「馬鹿な!」
「じゃあ、まともに攻撃しろよ」
アレクが突き抜けて強いというのなら、ダメージが通らないことの感じ方は違っただろう。しかし、ダーリヤの感覚。アレクの感覚から言っても、その力量の差はどちらにも傾く程度にしかならない差。
勝てるはずの差を、まるで勝てない差にするアレクの老獪な戦闘技術がダーリヤの精神を大きく揺さぶったのは事実。
初めてだ。私が、強い奴に勝てぬのではなく。さして、差を感じぬのにまるで届かない相手……。
能力の差、肉体の差、経験の差。どれをとっても、劣るのか。そんな負の情報を互角の戦いで取り込んでしまった時。人は逆境を、猛りと力に扱えるか。
否。相手が強さ以外のものを発揮しての状況で、猛りや力など逆効果だ。動きを完全に見られ、行動の選択が狭まること。戦況を立て直すための逃走か、あるいは冷静さを取り戻すため、受けに回っての様子見が選択としてベター。
体力とダメージによって、戦える力量を奪われ。最悪の逃亡するための余力を尽かすのは愚。ダーリヤの戦力の底はアレクには見えてしまっている。しかし、本人には見えない。
「くおおっ!」
攻撃する、殺意の暴走、自らが劣るという生物学のアンタッチャブルな状況。
人間で自分より優れた奴などいない。それじゃない。劣る奴にどうして、ここまでやられる?奴も1人なのに、なんでこうも勝てぬのだ?
混乱。それは自分には縁のないものだと思っていた。そこまで辿り着いたことがないから、判断を誤る。強さの驕りの影響か。
ダーリヤの拳と蹴りの、2連撃はアレクを捉えたかに思えたが。またしても、"紅蓮燃-℃"を盾にされて本体にはあまりダメージが届いていない。カウンターのように撃ち終わりの瞬間に炎がダーリヤに襲い掛かる。
「ごふうぅっ」
敵の目の前で吐血。外傷は火傷のみだが、肉体の中にある熱量は運動も相まって異常をきたしていた。能力なしの反則級の一撃に、反動があったことをこの場で知る。
精神の混乱に、肉体も反応して、ボロボロと崩れていく。
ダメージが多すぎるか?こんなことは初めてだ……。
ダーリヤが顔を、地面に吐いた血に向けている一瞬をアレクは逃さない。炎を操り、再び姿を消す。執拗にアレクを追いかければ逃さなかっただろう。そして、この一瞬がダーリヤがアレクから逃げられる、現状、最後の機会。
身体がここまで損傷して……
しかし、相手がいるということを忘れ。肉体の状況を確認したダーリヤ。それは常に気を配るべき、基本動作。動きを止めていれば、相手も止まってくれるとは限らない。
アレクの姿を見失ったと、気付いた時。左右に視線をやった。奴を捜した。それはまだ心の中にある負けていないという、世間知らずの動き。
ドガアアァァッ
「ごっ」
灼熱の温度ばかり味わった。痛みがそれに慣れてくると、同じ攻撃は通じなくなる。アレクはダーリヤの上から蹴りを頭蓋骨に叩きこんで、地面に頭をつけさせる。
新鮮な叩きつけられた痛みに、反撃の瞬間。逃れる瞬間を失う。
勝敗は決まっていた。あとの生死は、"紅蓮燃-℃"の砲口がこの至近距離だ。この灼熱の炎に耐えうるか、それとも朽ちるか。
「これで生きてたら、少しは褒めてやる」
戦場全ての炎が、ダーリヤに襲い掛かった時だった。
◇ ◇
「………?……」
ほぼ同刻。1人の男が目を覚ました。それは春藍達のいるフォーワールドではなく、また別の異世界でのこと。
「なんじゃ、……生きとるんか。ワシゃ……」
「お、気がついたみたいだな。爺」
琥珀博士である。その横には王震源がいた。本を読みながら、この退屈を紛らわしていた。
「誰じゃお前」
「そりゃあそうか。お前、あのデカブツの中にいたらしいな、爺」
メテオ・ホールに敗れ、その命が終わったことも覚悟した。
「ああ。悪いけど、お前が造ったらしいデカブツ。メテオ・ホールと藺が解体しちまったから」
「!?ア、アンリマンユを壊したというのか!?貴様、なんてことを……」
「いや、お前が半分は壊してたけどな?ともかく、落ち着けよ。爺がただもんじゃねぇのは俺も藺も、メテオ・ホールも分かってる」
琥珀博士が死ななかった一番の事情を言えば、この琥珀博士にレモンと山羊波を討たれたのが大きい。有力な人材を失った損害を埋めるのは間近で超えた人材を買うこと。
「おや、お目覚めですか。お爺さん……うーん。琥珀巨星さんと言いますか?」
「!」
目が覚めた琥珀博士と対面した藺兆紗。王の隣に座り、これからのことを丁寧に話す。アンリマンユという巨大戦力がいないものの、琥珀博士には造れる力量があり、さらには
「あなたの目的から、私の想像と繋げる。そうすると、あなたはあのアンリマンユをより大きくしたいと」
「無論じゃ」
琥珀博士がダーリヤと、利害の一致で協力しているのと同じように。藺も彼と利害の一致で協力を試みる。思った以上に効果は大きかった。
何より琥珀博士は年齢どおりの、人をするように藺の話に耳を傾けた。聞こえる話をしっかりと聞いてくれる姿勢には、藺も助かった。思わず、口の巧さがさらに饒舌になっていく。
「私達はこの離れ離れになっていく異世界の皆様を、安心ある支配で包みたい。そのためには強力な軍事力も必要不可欠。どうです?あなたの技術を私達に振るってみませんか?」
ダーリヤとの協力も込み。いや、それを破棄しても良い。
「お前等は何ができるんじゃ?本当にできるんかの?」
琥珀もただ藺の話を聞くだけじゃない。自ら、藺の器を探りにいく。その理由は自身の野心に匹敵するだけのものがあるかどうか。
だが、そんな企みはすぐに折れてしまった。
「ええ。あなたの要求をこなせる方が私の隣にいます。彼は王震源」
丁寧に紹介される王だが、無茶振りだと溜め息を漏らした。
「私達は”アルテマ鉱石”がある異世界を知ってます。あるいは新たな技術を知れるかもしれません」
「その男が、知ってるのか?」
「場所だけだ。技術はしらねぇ」
2人の男からのYESは聞いた。そして、
「私はあなたと違い、自由に異世界を移動できる手段があります。王くんとあなたがそこへ赴けば、私の嘘と器は間違いはないと思えますよ?」
金の価値は怪しい。そんな時なのだ。物の価値こそが、情報の価値こそが上回る。一度、死んだ身に夢を見させようと言うのだ。さしずめ、付き添いの男は藺の譲歩。人質。
「とはいえ、テメェの身体が治ってからだ」
「む」
「病人を警護する余力はねぇ。おっかねぇ連中もいるしな」