ICカード④
とても強く春藍は、実の妹である謡歌に抱きしめられていた。
「お兄ちゃん………」
「ホントにどしたの?謡歌」
泣き出している妹に対して、扱いに困る親のような顔をする春藍。
「あんた等、いい加減にしてくれない?」
「そうですね。兄と妹という枠組みでも、長すぎですよ」
「コラー!お前は謡歌のなんなんだ!!」
「彼は謡歌の兄ですぞ、水羽ちゃん」
物凄い変な雰囲気になっていても、謡歌は好きなだけ春藍から離れないようにくっついていた。どちらももう、大人なのであるが……。
この奇妙な謡歌の状況に夜弧が、ある見解をした。
「正常に精神が戻ったとはいえ、表と裏の区別がついていないのでしょう」
「ええっ」
「春藍様。謡歌ちゃんは、相当あなたのことを想っていたんですよ。あなたが想っている以上にです」
分かってはいたが、接し方に温度差がありすぎる兄と妹である。
どーしてこーなっているのか?
「……謡歌は優秀であった。しかし、それには目的がしっかりとあったのであるぞ」
「ヒュールさん」
「私は謡歌の先生であるからな。君がアレクを師として仰いでいるようにであるぞ」
管理されていた時代のフォーワールドは生まれたその瞬間から、生きていくレールはかなり決まっている。例外は春藍とネセリアぐらいのことだろう。
そんな姿が謡歌にとっては羨望であり、その兄が凄いとも感じていたのだろう。兄には分からないことだろうが、謡歌にとっては大事な兄であり、大好きな兄であり、凄い兄でもあるのだ。
「お兄ちゃん、好きだよ」
「み、みんながいる前でそーいう事は良いから」
藺によって精神を一度壊され、中に隠していた本音がしまいきれていない。
謡歌の本質は陰険なブラコンである。
「しばらく、僕が謡歌といるよ」
「え~~~!?」
「春藍。アレクから依頼されていることがあるんでしょ?」
ライラとしてはこの謡歌が危なすぎて、自分のためにも警告してみた。
しかし、春藍は兄らしく
「謡歌を放っておくわけにはいかないから。大丈夫、僕は仕事をしながら見守るよ」
「む~~……」
「分かった。大丈夫って言うなら止めないわ」
「同意です」
春藍の判断に納得するライラ、夜弧。そして、ヒュール。しかしながら、水羽は納得いかない様子。当然といえば当然。水羽はまだ、謡歌という存在もその取り巻きの存在もあまり詳しく知らないから。
水羽もまた、今の謡歌と同じく危ない性格の持ち主。愛でた物を離したくない主義。
「僕も混ぜてもらっていいですか!?」
思いっきり立候補。謡歌が春藍を抱きしめながら、水羽は謡歌を後ろから抱きつく。周囲から見れば、どんな光景だと唖然としてしまうものだ。
「いいでしょ!?」
謡歌は抱きついてくる水羽をそこまで嫌悪していない。むしろ、意識していないような雰囲気だった。しかし、それでも水羽は謡歌の傍にいることを決めている。
「うん。構わないよ」
春藍。意外にも水羽を簡単に認める。
◇ ◇
春藍とアレク、謡歌、水羽の4人1組は、現在製造中のICカードの作成に当たる。
ロイと朱里咲の2人1組は、農地開拓のための護衛を引き受けている。
「手伝いに来てくれてありがとう」
「しばらく、満足な戦闘ができるわけじゃないから」
「あたし達は戦うだけというわけにもいきませんし」
ライラと夜弧はクォルヴァの方へと向かっていた。ヒュールの頼みでもあった。
まだまだ新しい仕組みに成り代わっていない。その基盤すらしっかりとできていない。金の仕組みまで変える始末だ。
アレクの案は先へ行っている。それがやや暴走気味なのは承知しているだろう。
「人が世についていくわけじゃない。世が人に合わせなきゃいけないよね」
硬貨、紙幣の完全撤廃。
ライラも夜弧も、金の根幹が変わることに戸惑いはあるものの。メリットの多さは今までよりも多い。しかしながら、デメリットもまた濃い。
何より全住民の多くがこれから持つ情報の大切さを、強く理解しなければならないのだ。避難してきた人間達が、フォーワールドの文化に慣れる必要がある。
「新時代幕開けのためにやらなきゃいけない、伝達だね」
クォルヴァがやっていることは住民への説明マニュアルの作成である。
現在の政策の配信場所は限られているだけでなく、情報を得るという意欲が住民全体を見たら薄いところもある。
「ことなかれ主義」
確かに情報開示を訴える人もいる。その声の大きさはでかいものの、数においては全体から見れば少ないものだった。周囲の流れ、雰囲気からそう追従する人達が多い。
それも仕方のないことか。
政治における、ただ一つだけの意見がどれだけの影響を与えられるか。
何も考えずに投じられる意見がどれだけの数となるか。何もすることなく、散らせてしまう意見がどれだけ多いか。
世界の広がりが急速に発達しているのだから、これからはもう。不安だけではダメなのだ。世界について知っていく、人にならなければいけない。
システムを作り出すことよりも難しいことである案件なのは事実。生物なのだ。人間という奴は所詮、生きている物。デリケート。
クォルヴァの役目は訴えることのない人の意見を聞く事、知ってもらう事。
『女性アナウンサーを募集しています』
「は?」
「え?」
ライラと夜弧は、クォルヴァのやっていることにちょっと引いてしまった。
手伝いは事務業かと思いきや。
「女性の方が受けは良いからね」
世界中の老若男女、人としての歩みがあろうと必ず告げる役目。現在、現実を伝えるという目に見えて、安心と見えない要の設立。
いわゆる報道システムの構築である。
「な、何をさせるわけ?」
「これを着ろというのですか?」
「着るだけじゃなくて、2人には広告塔として頑張ってほしいんだけど?夜弧ちゃんは仮面をとって映って欲しいなー」
ライラと夜弧に渡された新調された衣類。クォルヴァは春藍から2人の体のサイズを聞いており、衣類を作れる人に依頼して作ってもらった。というか、春藍はどこで2人の体のことを知ったのだろうか?