ICカード①
藺兆紗率いる"占有"は、当初の目的である人材と人員の確保に失敗、さらには山羊波春狩、レモン・サウザンドという優秀な人材まで殉職するという結末になってしまった。
生き残ったことが勝者というのは違うだろうという、一つの典型である。
彼等は生き残っただけ。確かな強敵、琥珀博士とアンリマンユを倒して生き延びたのは確かだが、彼等もまた敗北者であることは変わりない。
「うーむっ」
戦争とは、文字通りの事だ。
しかし、フォーワールドでは今。別の戦争が行なわれているようなものだった。例えば、新開発や新事業、新政策。
「ふーぅっ。悪いな、病み上がりなところ呼んでしまって」
「何を言うんですか、アレクさん!僕にできることがあるならいつでも呼んでください!」
というか、病み上がりっぽい表情をしているのはアレクの方だろうって、春藍はその疲れきっている表情を見て思った。
「そうか。じゃあ、忙しくなるぞ。春藍の力が今必要だ」
「はい!!」
今のフォーワールドの情勢で一番悩ましいことがある。それは今まで善良に救ってきたことが、そのまま仇となるような事態であった。フォーワールドの住民からも急激な不安に冒されており、内乱もありえることだった。
大問題を解決するべく、アレクが乗り出した政策……の前に。何がヤバイかと言うと
「これだけの人口を支える財源がもうない」
当たり前の事であるが、人助けがタダで終わるわけがない。それは全人類共通であり、貸したもんは返すという人間同士の決まりというのがあろう。
「こんな大量に製造するんですね」
「全住民に配布する品物だからな。広東が頑張って作ったデータでもある」
春藍はアレクに注文された通りの品物を製造し、しっかりと実証してから大量生産を行なった。大量生産といっても、全然スピードが足りていない。春藍だけでもおっつかないのは当然だった。
ともあれ、アレクと春藍が共同して製造している物。それは全住民が常に所持していなければならないようなもの。人間でいう心臓部に等しい存在。
話は少し遡る。
この政策の発案者はアレクであり、捻じ曲げるという意思はほぼなく。さらに意見を貼り付けて欲しいという声だった。
「フォーワールドの全ての紙幣及び通貨を廃止する」
どの異世界にも金が存在する。その金というのは紙なり、硬貨なりがある。これが金だと分かりやすい物がデザインされている。
「紙幣と通貨を……」
「廃止にする……?」
アレクの話を訊けたのは4人だけ。ヒュール・バルト、山佐、広東、クォルヴァである。いかに技術が進んでいる異世界であっても、その政策には正直唖然としていた4人。
「そうだ。紙幣や通貨の製造などをする余裕はないし、移民達に金を支給し過ぎて枯渇状態にもある」
凄いシンプルな理由。
「これ以降の移民達に平等な金を渡す余裕はないわよね、そりゃね」
「そもそも、移民達を大量に入れたからこそ、財政の傾きはハンパではないのである。現在の事業のほとんどに、金が支給されることはないのである」
「これまで新生活のための仕事だったが、これから先は生活のための金が必要とされる仕事がくるか」
財政の圧迫、未知数度合いはどんなデータを見ても同じだろう。
「で、紙幣や通貨を廃止してどうする?」
これまた不便なことに。通貨や紙幣などを製造していた異世界が、先日崩壊したというニュースをクォルヴァから聞いた。そして、クォルヴァから紙幣などに変わる新しい金の形を問われると、アレクは胸ポケットから見本を取り出した。
「カードでやる」
「カードって……」
「!それは電子カードであるか!」
フォーワールドの技術力だからこそ、できる電子カード。
紙幣や通貨が存在している中で、すでにその形を作り上げる技術と環境があった。あったのだが……
「将来的に考えれば低予算であるかもしれんが……」
「全事業に電子カードを盛り込むための費用は馬鹿にならんのではないであるか?」
そこまで成せる予算がありますか?という単純な疑問に
「設備は大変であろう。費用だけでなく、技術者と資源、機材は沢山必要だ」
「移民達には分かりやすくできますかね」
電子カードを使うという案をやるに当たっての難題は数々ある。多少慣れているフォーワールドの住民だけなら、通ったかもしれないが。
"科学"に不慣れな移民達もいるのも事実。その者達に電子カードを持たせて、扱わせるなど。できるのだろうか?というか、資源も足らんはという状況。
しかし、アレクは一喝した。
「この機を逃せば、存在を確立させることはできんだろうが!!」
イライラを爆発させたかのような、怒声の宣言。広東はビビッて泣き出しそうな顔になるほどだった。
「……いかん、取り乱した」
「タバコの本数を減らした方がいいと思うのである」
「そうだな」
ヒュールにそう言われながら、自分でも。そうだなと言いながら、何気なくタバコを吸ってしまうアレク。そして、落ち着いて話す。
「ともかくだな。うむ」
ストレスを一番感じているんだろうな。って、同じ人間である3人はアレクの気持ちが良く分かってしまう。
アレクはとても大事な部分を皆に言った。これが大事であった。
「科学は嘘を突かない」
それはこの世界にとっては常識であった。
「金の計算を間違えたり、聞き取った音を正確に拾って流し、伝えたいことを伝える存在だからだ。信頼と信用は人間よりもある」
今を考え、ほんの少し先を考えているのがヒュールや山佐、広東だろう。
だが、アレクだけはそのさらに先にいる。科学を崇拝しているとも言えるかも思われるが、真実と信頼は科学にあると。皆、納得できることだろう。
「俺の一番の理由はそれだ。生きていく上で信頼と安心、現実ってのは重要だろう?」
一つ文化が大きく彩ることになるのは事実。アレクは本当の支配者のようになっているだろう。
ただ、
「私は反対だ」
その支配者に意見を言える者が1人。
「移民達の気持ちを知らずに、改革を進めるのは危険ではないか?」
管理人、クォルヴァがアレクと言い合えた。