最強の管理人の実力
「これを使いなさい」
「え?」
リアは自分の手を変型させて、一つの武器が飛び出した。ネセリアの前に現れたその武器は
「拳銃よ。弾は7発だけですが、あなたなら弾くらい造るのは簡単でしょう?」
「こ、こんな物。もらっていいの?」
「良いわよ。あなたのおかげでインティを助けられそうだから。こんな物で良ければ武器にしなさい。使い方は分かるわよね?」
「大丈夫です。引鉄を引くのも、弾を込めるのも大丈夫です。わー、嬉しいなぁー」
リアから頂いた拳銃にとても嬉しそうな顔を見せるネセリア。ささやかなお礼に大満足の様子だった。もう管理人の拠点に入った。中に残る"ポリス"達も続々と集まってきている。
「飛雷!!」
「理不尽な人生ばかり!!」
ドガアアァァァッ
「ライラ!リア!私、拳銃を構えただけですよー!なんで簡単に"ポリス"を倒せるんです!?」
だが、所詮は数でしかない。ネセリアは拳銃を向ける程度で終わってしまうほど圧倒的に強い二人。ライラとリアがウェックルスの拠点を堂々と破壊しながら進んでいく。あと少しで春藍達を救出できる(もう2人は脱出してます)。管理人も1人しかいないのならできると確信している時だ。
「!何者!?」
「あいつは」
「え、ええぇぇっ!?」
5階の建物の屋上に立ち、3人の奮闘ぶりを眺めている男。常にキレた表情に左頬にピアスが二つ、ジャケットを着ているが、わずかに腹部に見える包帯がとても痛々しい。確かあいつはアレクの炎によって切断されたはず。
「ラッシ!?」
「な、なんでこんなところに!?」
見下すように外で暴れる3人(2人だった)を見る、ラッシ。
「今回の大将ほどとても頼りねぇのはいねぇな。おーい、誰にも負けそうだ」
バリアの破壊(無意味だったが)などでライラとリアはやや消耗している。
そこに実力あるラッシがやってきた。しかも、このラッシはリアとの相性は抜群に良い上に、ライラのような雲を操るタイプとも相性が良い。雷でリアをKOできる、風でライラの雲をぶっ飛ばす。しかも、外側にはバリアを張られた状態では台風を呼んだような雲は呼べない。ネセリアは無論、戦力外である。
「ま。俺は俺の仕事をすりゃ良いだけ………か」
数で勝るとはいえ、ライラ達にとってはこの上なくヤバイ相手が来た。
◇ ◇
そして、春藍とインティは毒ガスに満ちた部屋を脱出し。インティの"韋駄天"による超高速移動で建物中を駆け回った。廊下もダッシュ、階段の上り下りもダッシュ。
「うえええぇぇっ」
「き、気持ち悪くなってる声を出さないでよ。春藍くん!!」
「は、は、は、は、は、速すぎ」
目が回るなら良い方だった。今、春藍が体験しているのは胃が回っているような気分だ。体内に詰まった物が全部出そうな、インティの無茶苦茶な速度かつ無茶苦茶な移動方法に、体が気持ち悪いと訴えていた。お姫様抱っこはもう嫌だ。
「!ここに人の気配が……!」
ドガアアァァッ
インティが春藍をお姫様抱っこしながら蹴破ったその先は、管理人。ウェックルスの部屋であった。
「よくぞ」
偉そうに椅子に座り、何が来ても大丈夫と言わんばかりの絶対的な自信に満ちた顔をしていたウェックルス。だが、春藍は気分が悪くて誰がそこにいるのか分かっていない上に、インティから素早く床に落とされた。そして、
「瞬真追廉斬!!」
「こ」
ズバババッバァァンッ
「こ……ま……で?」
誰が居ても切り刻むと決めていたインティ。座っていたウェックルスの頭から足まで、上手く達磨落としになるように、綺麗な切り込みであった。というか、台詞くらい言わせてやれよ。ウェックルスの表情や姿すらもロクに観察せず、躊躇してないインティの攻撃によって。
ドシャアアァァッ
ウェックルスは椅子ごと達磨落としのように崩れてしまった。胴体を真っ二つにされたラッシは生き延びたが、このように体がグチャグチャになるほど攻撃されると"管理人"は死亡するのだ。
「これで終わり!」
「ううぅぅっ………!も、もう終わっちゃったの?」
「たぶんね。っていうか、弱っ……」
ウェックルスは死亡した。人間の形をしたウェックルスは消えた。
ガシャアアァァッン
「?」
「隣から大きな足音?」
書斎のようなこの部屋の隣からする、機械を用いた足音だと分かった春藍。
そして、隣の壁が爆発し
ドゴオオォォッ
現れたのは珍妙な形をしていた二足獣でありながら、前傾姿勢の科学動物。長い尻尾に牙に、白と灰の皮。鋭い目。
『この姿は"きょ"』
「瞬真追廉斬!!」
ズバババッバァァンッ
「言わせてあげなよ、インティ!今の可哀想だよ!?って……そっちじゃなくて、なんなんだこの"科学"の動物は!!?」
台詞を言う暇さえ与えない。無駄な会話を許さず、"韋駄天"で先ほどと同様に現れた科学動物を達磨落としになるように切り刻む。手応えはしっかりとあったが、
「!」
『打撃、斬撃を得意とする君だ』
「しゃ、喋った!!ていうか、切れてない!?」
『それらが無効だと』
ズバババッバァァンッ
『果たして何ができるかな?』
「手応えはあるんだけど……?斬った感じにならないって不思議だね」
猛烈にインティはヤバイ予感がしている。自分はリアほど攻撃手段は多くはない。"超人"という奴はシンプルな強さを売りにしており、その売りをなんらかの形で封じられれば無力となりやすい。
『改めて、この姿は"叫竜"と言って私の好きな魔物だよ。貴重な魔物で異世界にはそんなに数はいないんじゃないかな?いずれは飼いたい魔物だ。好物は人間の肉だそうだ』
「それに生まれ変わったとか?」
『まさか、あくまで私にとってはこれが生存する手段の一つに過ぎない』
インティの攻撃は通じない。
しかし、ウェックルス(?)らしき叫竜は彼女にも春藍にも関心を示さず、インティに切り刻まれたウェックルスの死体に近づき。食していた。
『がっ……がっ…………』
「な、なんだ?この生き物。科学の動物みたいだけど。何か不思議だ」
「ふぅー」
『げっぷぅ…………ふぅーふぅー。いや危ない。死体となった私をまたここで作らないといけない』
全てを食したウェックルスは再びインティの方を向いた。インティの攻撃は効かないウェックルスだが、ウェックルスもインティに攻撃を与えるのは無理だろう。
『私はこうして絶対に、絶対に安全な場所にいないと落ち着かない。いやぁ、強いよ。人間にしてはとても強い。お友達も強い。だけど、強いだけなんだ。管理人に歯向かうのは無理だ』
「……ウチとお話でもするの?」
『少し気分が落ち着いている。壊すのはまた後でも良い。どれ、聞いてやろう。なんで君達。"黒リリスの一団"は管理人を殺すほど憎い理由をね』
お互い、利害は一致する。インティとしてはリアが来て欲しい。外の騒音から、おそらくリアが近くに侵入しているのは分かる。だが、どうやら強敵と対峙しているような雰囲気も感じる。ならば援護してからこいつと再度当たるのが、全員が生き残る可能性は高いか?
時間が欲しいのは同じだ。
「そんなのは自分で分かる事じゃないかな?ウチはあんたみたいなのが、嫌いだよ」
そう言い残して、インティは素早く春藍を掴み持って、"叫竜"と化したウェックルスから逃げた。
「今度は少しスピードを落としたよ」
「い、いいのかい!?インティ!」
「倒せないんじゃしょうがないもん、リアを呼ばないとちょっと難しいかも」
ウェックルスがインティを追う事ができないのは当然である。インティと速さで互角の管理人や人間などはおそらくいないかもしれない。
錘も外した彼女のスピードは今、相当にヤバイ。
『仕方がないか、ゆっくりと追いかけよう。人間も食わないと中で人型の自分を生成できないから外に出て、そこらへんのクズを食べよう』
ウェックルスはゆっくりとインティが走り抜けた方へと歩き出した。
どう考えてもインティには追いつかない。インティに万が一の事が起きなければ、まずあり得ないだろう。
「!!」
「あれ?」
丁寧にインティが長い1階の廊下を走っているときだった。春藍とインティに見えた人物が1人。
黒い長髪で和服を羽織って、居合いの構えを見せていた人物。
「ちょっ!反則でしょ!!」
インティが思わず、急ブレーキをかけるほどのとんでもない奴が現れた。そいつの居合いは。
バシュウウウゥゥゥゥンッッ
「へ?」
「おいおい、来ちまったのかよ……」
「な、何が起こりましたの!!?」
外でラッシと戦っていたライラ、リア、ネセリアにもハッキリと理解できる景色。
「じょ、冗談でしょ……なんで…………なんでここに」
ライラが怯えるほどだった。一発でそんな事ができる奴が誰なのか分かった。
建物が斬られただけでは済まない。刀は決して伸びたりはしなかったはずだが、超越している抜刀術が可能にしている。山を斬ったとか、空を斬ったりとかをしていたらしい。こいつの強さは、誰がどう見ても超越している。斬ったのは建物だけではなく、ライラやリアでも破壊できなかったバリアを一撃で刀身すら触れずに斬ってしまった。
「か、桂が……来てる?」
その場でへ垂れ込んでしまう、ライラ。桂が来たというだけで戦意を失ってしまった。
インティの急ブレーキが間に合い、なんとか攻撃を喰らわずに済んだが、勝ち目なんてどこにもなくなった。
パイスーが狙っている獲物の1人だ。こんなにも高い壁なのかと、警告できる。
「やるな、小娘。拙者に気付いてよく止まったものだ」
「や、やばすぎでしょ。ウチ達…………」
「だ、誰なの?この綺麗な人(男だとは分かっていない)」
管理人ナンバー003。"管理人の用心棒"であり、最強の管理人の1人と評される男。桂がこの世界にやってきていた。
そして、ウェックルスの拠点のほとんどが大きく斬り崩れていった。
「御免、春藍くん!」
「え?」
インティは素早く春藍に言葉を伝えて、降ろした。
「またウチ達と会えたら良いね」
フォォンッ
そう言い残した後、インティは凄まじい全力中の全力のスピードで走った。それはもう隣にいたと思った人が、空気になっていたと思うくらいの速度であり、動いた事すらも認知できていなかった領域の速度だろう。
そんな"超人"の動きを見た春藍にさらなる驚きを与えたのが、桂だった。
トンッ
「!?」
「君が春藍くんか……ライラがご迷惑をかけた」
あのインティと互角すら感じる速度。優しく春藍の肩を叩いて止まった桂は、ライラの行為に謝罪をしてからインティのように春藍の視界から消えていった。
バリリリイイィィィッ
「っと、雷を使うなんてワタクシじゃ無理な相手ですわね!動力も少ないですのに……」
「ちーっ、病み上がりじゃいつも通りにはいかねぇな」
外ではライラが桂の登場に戦闘不能に。ネセリアも桂の居合いを見て呆然としていた。
そんな中、リアとラッシは戦っていたが、互いに万全とは言えない状況のため。両者の攻撃は不発していた。とはいえ、押していたのは明らかにラッシの方であった。現時点での魔力の容量の差があった。
そんな状況の中。
建物から外へと勢いよく飛び出して、大声を出す
「リーーアーー!逃げるよーーー!!」
「!!」
「!なんだ」
超全力で走ってきているインティ。ラッシやリアがインティの存在に気付いた。そして、すぐにインティはリアのところまで辿り着き、お姫様抱っこをさせる超絶な早業を見せ、さらにダッシュする。
「インティ!」
「!?速ぇぞ、あいつ!」
ラッシの"ライヴバーン"も間に合わない。インティの"韋駄天"。だが、その"韋駄天"に追いつこうとしている存在もラッシは確認した。
「逃さん」
桂だ。
「桂が来てる!」
「えっ!?か、桂って」
「あいつと正面から戦えるわけがない!っていうか」
もうこの時点ですでにインティはウェックルスの拠点をとっくに離れ、街中へと入り、変わらずと走っていた。とんでもない一瞬で走っているのにだ。インティとリアは少し後ろを向いた。まだ街の建物ばかりしか見えない。音も聴こえないが、景色が届く。
ゴガガガガガガガガ
「な、何か来ますわよ!」
「桂しかないでしょ!」
「ほ、本気のあなたが追いつかれてると言うのですか!?」
インティと同じ走りの一種なんだろうが。桂の移動はただ速く移動するだけではなく、速く移動し、なおかつ破壊を伴う。目標に向かってただひたすらに真っ直ぐに進んでいた。
ガゴオオォォォッ
「逃さんぞ」
移動しながら、ウェックルスの拠点を斬り、バリアをも斬って見せた居合いの構えをしていた桂。インティとリアが死を覚悟したほどの居合いだった。
ブオオオォォッッン
自分と同等のスピードを持った相手と初めて出会ったインティの"韋駄天"が、この生死の境で生を訴えたかのように。桂が驚いた表情を見せるほどの凄まじい超反応で回避した。だが、その居合いによって多くの建物、桂を中心に5キロほどの建物全てが
ドガガガガガガガ
「しまった、斬りすぎた」
「!援護を」
「わ、分かってますわ」
リアは両肩を変型させて、とても長いパイプを出した。そこから黒くて消えにくい煙が放出する。
「に、逃げるよ!」
「急いで!!」
濃い煙の中へと逃げ込んだインティとリア。インティはこのわずかな逃げで、自分の力が成長したという実感と。桂のこの移動の速度は確かに速いが、自分の"韋駄天"よりかは精密さが劣ると理解した。特に方向転換は自分の動きの方が断然上だと理解した。
とはいえ、真正面からこんな化け物と戦えるわけがない。若の"ディスカバリーM"を用いて、拠点である"黒リリスの一団のアジト"へと戻った。
「ふむ、中々厄介な連中だ。拙者の能力も少し把握されたか」
リアが発した黒い煙を払うような居合いを使った時にはもう、インティとリアはこの世界から脱出していた。
管理人、ウェックルスの拠点からおよそ40キロほど離れた場所の出来事であり、桂がここに辿り着くまで壊した道の距離とも言えた。
インティとリアがこの世界から離脱。そして、ライラとネセリアはラッシによって拘束された。桂もウェックルスの拠点に戻るのにそんなに時間は掛からないだろう。おそらく、激しい戦いというのはもう終わった。
残ったのは2人の人間と2体の管理人の、とても静かな戦いだった。