三部のラスボスは藺兆紗です
人間達による大規模な革命のような、ウネリ。
「それは随分と苦労してますね」
受け入れている移民達の数は膨大であり、データの処理が追いついていない。アレク達が移民達の情報を細やかに調べているわけではない。その中に藺兆紗が支配した人材が混じっているのだった。
「正義感ですかね。私は好きですよ」
情報は筒抜けとはいかないが、移民達側から得られる情報で十分だった。
真っ当と言えるやり方。人間がやるべき"平和的"という、生物がとるにはあまりにも不合理で生物の本能への逆らいをとるもの。
藺兆紗は彼等を褒めながらも、その道の険しさをすでに感じている。愚策とも笑っているだろう。
「お互いやる事は変わっていない。ただやり方が違うだけです。我々、"占有"はそんなに平和的にやりませんよ」
藺兆紗は強さよりも情報収集能力、情報操作という類の面が磨かれている。それは戦闘という分野よりも、戦争という枠組みにおいては無類の脅威であった。
おそらく、誰よりも人材を把握できているだろう。
そんな藺兆紗が率いる"占有"のメンバーは、とある異世界に潜伏していた。
春藍達との交戦によって、藺兆紗が抱えていた人材の"数"は著しく低下してしまった。その穴を埋めるため、人口が多い異世界にやってきた。
「異世界を丸ごと支配する気なんだろ?」
「その通りです」
相方である王震源と一緒に行動中の藺兆紗。
彼等が今いる異世界。その名は、"王国模型"アイゼリア合衆国と呼ばれている異世界であった。
フォーワールドとは異なり、人間達が集まり住まうには非常にピッタリなところであった。自給自足はもちろん、経済的な面、保有している技術は多少遅れていてもしっかりとした政治によって、大きな混乱になってはいなかった。
ほんの少し前までは……
「自信あるのか?」
「私と同じタイプですよ。なら、鬼畜な私が勝ちますから」
そんなところで自信に満ち溢れるのも困りもんだという。王の心配は、
「それに私の方が打たれ強いですから。たかが傀儡の王子様を使う大臣じゃないですか。山羊波さんの方が手強いですよ」
藺の、黒々と発する発言でスッと吹き飛んだ。
人間達を支配しようとするのなら、まずはその胆力が本物でなくてはならない。
「そうだな。そうだった」
「ふふっ、私が負ける姿を見たいって顔もしていいんですよ?」
「そいつは遠慮する」
2人は同時にこの異世界にいる本命を狩りに向かった。
"王国模型"アイゼリア合衆国。
管理人達はかつての人類達が行なっていた王国という体制を研究するため、造られた異世界とされている。徹底した管理ではなく、間接的な援助のみで成り立っていた異世界。藺が説明したように、この異世界は王様という絶対的な存在がいる。
それを支える幹部なり、大臣なりがいる。
現在、王は急逝してしまい、彼の息子が王として即位しているものの。実権や政権は大臣達が支えとなって行なっている状況。つまりは名ばかりである。
「ここから見える?レモン」
「う~ん、見えませんね~、山羊波さん」
王族の血統者達と、その大臣と幹部達が住んでいるお城を観察しているレモンと山羊波。街からでは城の中の様子は詳しくは探れない。
「ここで一番高そうなところから見ても無理ですね」
「っていうか、土地と家屋が低すぎだわ。3階建てが最高だなんて、情けないほど土建がダメねぇ~。私の異世界は沢山の高層建造物が立ち並んでいたのに……」
レモンと山羊波、
「そっちはどうかしら?いるんでしょ?メテオ・ホール!」
『……呼ぶな。気付かれるだろう』
「あはははは、そうかも知れないけど。あなたは見えにくいだけなのよ?私のような"魔術"の使い手なら索敵できるわ。この異世界はこーいった連中が多いのよ!で、どうなの?」
『私の方からならば見えるぞ』
「藺さんが言う、ショタ王子ですか?」
『そんな判断基準を私ができるか、レモン。余は神だ』
見えない感覚で山羊波達の上空を霧のように漂っているメテオ・ホール。声を掛けたら気付かれるだろうな……。
この三名が組んで、藺とは別ルートで要人を狙っていた。
2つのチームが狙っている標的は2名。
「ファシム大臣よ、最近の下界(ここでいう城下町)では何が流行っているんだ?」
現、王様。年齢、8歳。言葉通りの子供による王様。つまり、王子様。
アイゼリア合衆国の王子様、ロストメン・アイゼリア8世。
父と母を亡くし、城内の大臣及び幹部達によって教育を受けている、この異世界の王様。まだ異世界の仕組みが分からぬドアホ。王子様という役職に対して感じることは、偉くあることと誰よりも先に進んでいることだと、学習させられている。
王族ではあるが、王様らしい派手な衣装よりも下町で身に付けられている物を好んでしまっている。少年の無垢さがあふれ出ているその姿。
「ええ、ええ、そうですね。しかし、王子。流行りは早々終わらないのですよ。あなたは最先端に行っております」
ファシム大臣。
現在、王に代わって執権をとる大臣である。この大臣が現在の支配者であり、アイゼリア合衆国を混沌とさせている最重要人物、
管理人やロストメン王子の父がまだ存在していた頃はただの行商人に過ぎなかった。管理人の消失という大混乱の中で暗躍し、危機を乗り越えるための財源を彼が確保及び提供したことによって、この大臣の地位を得た。
立派な鼻の下にあるお髭に肥満体という、不健康さが漂う外見ながら自らが王様だと主張するかのような豪華な衣装を纏っている。ロストメン王子とは行商人時代から交友があり、皇子は彼のことを信頼している。
「僕としては次の流行が来ないかなーって、思うんだ。この服、2日で飽きてきたよ」
「左様ですか。でしたら、また町の方に偵察部隊を出しましょう。未来を発掘しましょう」
城内で王子を監禁しているような状況を作り上げている男。
「頼んだぞ、ファシム大臣!」
「承知しております。ご安心を」
いかに血があれど、環境がなければ育たぬ者だな。
最後の王位後継者がとんだ愚王であり、財界を立て直した功績を持つ私が王国内におれば、自然と民の意見と支持は私に集まる。
ファシム大臣は行商の頃から野心家であったと言われていた。内部の人間が、ファシムが国の大臣となる事に不安を抱くことも当然ながらあったが、彼は結果を残してこの地位と信頼を手にした。
そうだとしても、普通にやっているだけでは結果は生まれない。普通ではなかったからだ。王族に仕える大臣にまで上りつめられた、能力と行動力がある。
「!おやおや、何か用ですかな?グイ軍団長」
「ファシム大臣。また良からぬ企みか?」
軍隊のトップの中には、ファシムを毛嫌いする者も多い。とはいえ、軍と大臣とでは立場と仕事が違っている。
「まさか、流行を調べるだけですぞ。ロストメン王子は流行物が大好きなのは知っておろう。革命的な流動が起きるものでしょう」
「ふんっ、貴様が意図的にやっておるのだろう。貴様の毒がどれだけこの世界を混乱させたか。貴様の人形の件はとうに広まっている」
「軍は軍。政治は政治。グイ軍団長の仕事は、私を止めることではない。国民の敵を蹴散らすことだろう?多数決は決まっている。物を良いたければ数を取れば良い。まぁ、もう遅いがな」
なにやら不吉でしかない内部事情がここにはあった。