移民達の関心⑦
「ピィィィィィイ、ドガアアァァン」
奇声を上げながら、椅子と共に倒れ込む女性の姿がそこにはあった。
頭から焦げ臭い煙を出しているかのような、表情もまた彼女の労働の大変さを表していた。
「あがががが、ががぎぎ」
壊れた機械。私は機械ですと、訴えるような奇声であった。
機械ならばまた代わりを持って来れば良い、作ればいい。なぜならここは技術大国だ……。代わりはいくらでもいるはず、……
「それはさすがにできないぞ」
椅子をまず元の位置に戻してからだった。
広東を起こして椅子に座らせるアレクの姿。
「……ここ、禁煙」
「注意する余力があるならいけるじゃないか」
タバコを天井に向ける。換気扇のところに煙を吹きかけて、広東に気をつかった。
ここはフォーワールドの様々な情報が管理され、記録されている場所である。管理人がいた頃から、データ管理の業務を担っていた広東が責任者となってまとめている。
現在、移民達の情報管理を行なっている状況なのであるが、人手があまりにも足りていない。
突然来たアレクに起こされ、嫌々ながらも再び業務に打ち込む広東。打ち込みながら要望を出してみる。
「ねー、もうちょっと人員を増やしてくれないかしらぁぁ?」
山佐やヒュール達、男共の仕事には人手が多く入っているのに対し、広東が行なう仕事には人員があまり来ていなかった。移民達にはとても任せられない仕事だから仕方がない。
「ダメだ」
「なんでよ、簡単な仕事じゃない。量が尋常じゃないだけよ」
データの入力。フォーワールドの住民達にとっては別に大したことを思っていなかったが、移民達にとっては深い共感は抱けなかった。まだそこまでの思考が届いていないとも言えるし、感じたからこそ不安になったのかもしれない。
アレクは灰皿にタバコを押し付けながら、
「広東の仕事はすまないが、理解されない仕事だと認識してくれ」
「裏方ですけどね。扱いは表の方々と同じぐらいにして欲しいです」
灰と同じ仕事。
「仕事は何も理解されるためにあるわけじゃない」
「分かってますよ。何年、この管理を任されていると思っているのかしら、でも糖分足りてない~」
目にもやらない部分。
データ管理という外部からは評価のし辛い仕事を請け負っている広東。移民達からは危険人物とも見られたようなこともある。
「管理人がいなくなっても、データ管理を怠るわけにはいかないからな」
だが、移民とは逆にフォーワールドの住民達からの信頼と信用は厚かった。
多くの異世界が管理人の消失によって、混乱している中で移民の受け入れが行われた。アレクとヒュールというフォーワールドでも絶対的な人物の2人が承認すれば、納得もいく。納得した人物もいる。
しかし、移民が全員、良き移民というわけでもない。厄介者もいる。事実、法の改定や取締りの強化を願う意見も上がってきているのだ。
その中で一役買うのが、広東が保有している住民達の個人情報であった。
住人の名前、生年月日、性別、年齢、家族構成、現在の住所、出身地、職歴(あるいは学歴)、功績、罪状、などなど。細かな情報を記録する。
これから出会う者が、危険人物かどうかも広東からの情報を引き出せば分かる。これはフォーワールドの住民にとってはありがたかった。人間は誰だってそうだが、近づきたい人間、近寄り難い人間がいるものだ。
情報公開はあくまでプライバシーを護るため、最低ラインまでしか開示されないよう設定されている。細かい情報が漏れることは広東にとってはとても大きな失態となるのだ。だからこそ、人海戦術を行なうことができない仕事なのだ。
「とはいえ、移民達にとっては納得ができませんよね」
「そうだな」
その通り。人は危険人物を避けると同時に、その人物と共通点があると見れば違う人であっても避けてしまうものだ。連帯責任としてはかなり重たいことだ。
アレクと広東からすれば、その危険人物のみを除外したいという気持ちであるが、住民達はそう考えてくれない。差別と区別を明確してしまうというのは、致し方ない部分。争いを削る罰にしては非常に重たいことだ。
また、情報開示の方法を移民達があまり知らない事もある。フォーワールドの住民達はこの社会に慣れているから情報の引き出しには苦労しないが、移民達は苦労している。情報の優秀さと凶悪さ。
発端は移民にあれど、長く引き摺るのはフォーワールドの住民の方だった。
すでに報告を受けているだけの、事件を引き起こしている人物には情報が書き込まれている。その事件がどのような物かまでも記載されているが、真相については曖昧な状況。まだ法の制定や、真実を突き止める機関が設立されていないのも弊害。誤報や誇張、憶測というものかもしれない。
とはいえ、正しい情報が載っている機関からの情報と受け取れば、憶測などでも真実となってしまう。
フォーワールドの住民達、特に年齢が若い者達は危険人物との関連性がある存在との関わり合いを極力控えた。それが差別なり、区別を生んでいた悲劇。
「それでも事件の抑止力にはなっているんでしょう?じゃないと、私の仕事が無駄じゃない」
「予測通り、抑止力となっている。フォーワールドの住民に限ってはだな」
リスクは極力背負わない。
その姿勢がフォーワールドの住民達にはある。口下手な奴が多い。事件を起こすタイプではなく、巻き込まれないようアレクが考えた対策は間違いではなかった。あとはこの形を基盤として、喧騒のない社会の歯車を作りあげていく。
「ふーっ」
もう一本、タバコを吸おうとするアレクであったが、広東に気を遣って我慢する表情を作った。その表情に疑問を感じた広東
「………そういえば、アレクさん。どうしてここに来たんです?」
「いやな。お前に調べて欲しいことがあってな」
わっ、聞きたくなかった。あまり、頼み過ぎたくはなかった。2人は似たような気分であった。
「恐れながら聞きます……」
「すまんが、言うぞ……」
アレクがここに来た理由。それは今まで取り上げていなかったのが、おかしいくらいのことである。山佐は完全なる管轄外であり、ヒュールは移民達に仕事の斡旋、及び管理と監視で手一杯。アレクが、罪なる責任者となってこの事実に挑む。
「財源、どー考えても足りてないだろ?」
とても根本的な部分の問題に対して、未着手過ぎたのであった。
「……もしかして、私達の仕事には給料が発生しないのですか?」
さすがに戦慄した表情を作り出してしまう広東であった。