人間VS管理人。三展開
「連れて来られました」
「こんなところまで来ちゃったね、どうするの?」
春藍達が檻に入れられたまま連れて来られた場所は、ただのとても広い部屋だった。この部屋の天井が開いて、春藍達は檻ごと落とされてこの部屋に入った。
プツゥンッ
「!」
入ってきた2人を確認するかのように、壁が変型して現れたモニター。映っているのはこの世界の"管理人"、ウェックルスだった。その姿を見る春藍と、睨むように見ているインティ。
『まずは2人か。私としてはこれから起こる拷問を想像して、泣いてくれることを願っていたが、さすがに"管理人"にはむかう事をしている連中だな』
「誰あんた?」
『…………私はウェックルス。このゴールゥンのただ1人の"管理人"だ』
「あっそ」
なんだかインティの、管理人に対する対応がぞんざいだと思った春藍。さらに言うと、ウェックルスはインティの事ばかり目が言っている模様。当然だった。
『"黒リリスの一団"の排除は我々"管理人"の目的。君には洗いざらい仲間の情報を吐いてもらうと非常に有益だ』
「……………」
「インティ、どうするの?」
「はっ…………面倒な事だねー」
『!』
インティは二つのナイフを取り出し、両手で握って宣言した。
「聞きたいなら、さっさとやってみな。正面から堂々と、それが理想を通す力でしょ?」
『檻に囚われると気分が良くなるのか?このサルは?』
ウイイィィンンッ
インティが構え、挑発すると。ウェックルスは周囲の部屋の壁を操作した。壁から現れたのはいくつも空いた穴、銃弾を発するところだ。四方から飛んで来る攻撃の準備は整った。
『"超人"の君でも早々楽には死な』
「速く攻撃しなよ、うっさいよあんた」
『ぁっ?』
度々拒絶するインティの態度に、ウェックルスは躊躇わずにスイッチを押した。四方から飛ばされる"ショック弾"と呼ばれる科学だ。一撃でも命中すれば、電撃を味わって体の自由を奪われる。だが、数を浴びればインティも死ぬ。言わずもがな、春藍はもっと早く死ぬだろう。
「伏せるんだ、春藍くん!」
ドガガアアァァッッン
重々しい弾幕設置準備完了音。壁の向こう側はあと数秒で発射を出すだろう。インティは即座に春藍を、伏せろと言っておきながら足で無理矢理倒した。その近くに自分の陣地を築く。春藍を守るようにナイフを握り、四方から来る弾幕に備え。
『発射』
音と弾の嵐が2人に襲い掛かった。インティは春藍を中心に周るように動いた。"韋駄天"と呼ばれる"超人"のインティの動きはどんな些細な動きでも速く、その状態を長く保てる持久力も兼ね備えていた。無論、目も良い。動きながらしっかりとどこに飛んで来て、どう対処すれば良いかも分かる視野の広さを持っていた。
スパァンッ
使っている2本のナイフも名刀と呼ばれるべき、業物。弾丸程度では早々刃こぼれもしない。弾丸をナイフで切り裂く。それも粉々になるほどに何度も一発の弾丸を斬っているインティ。
圧倒的速度。圧倒的反応。圧倒的持久力。圧倒的精密機械。
ドルゥゥンッ
インティの体力が尽きるより先に弾幕が止んだ。春藍にはいきなり自分が倒された後の出来事を覚えられていない。何かがあったとは理解しているが、どんな事が起こったか分からない。
『なるほど』
「んーっ、まだ続ける?」
「イ、インティ。何をしたんだ?」
春藍には傷が一つもない。だが、インティには厚い服がわずかに弾丸が当たった痕があった。とはいえ、リアがいつも見ていて暑苦しいと思うその服装のおかげで、体には一発も接触していない。
インティの動きを確認したウェックルスは方法を変えた。物体や生物による攻撃は、檻の中にいるインティには通じないだろう。
『仕方がない。一旦、殺してからだ』
プシューーーーゥ
「!」
「こ、今度はガス?」
『斬れない物だったらどうかな?』
次にウェックルスが部屋に吹き込んだのは、人間に害のある毒ガスだった。いかにインティといえど斬れない物は避けられないし、防げない。
「あー……やっばー」
「えええぇぇっ!?」
「ガスみたいな気体とはウチの能力、相性が悪いよ。これは終わったかな」
「ど、どうしよう!?」
早くも。降参の顔色を出すインティ。弾丸ならいくらでも切り落とせるのだが……。インティは檻に触れて春藍に訊いた。
「この檻を破壊できる?そうすれば助かると思うんだけどさ」
「ぼ、僕にそんな事言われても。、"創意工夫"で先ほど試しましたけど、素材の性質を変化させてもすぐに元の性質になろうとするんです!」
「たぶん、この檻は"科学"の何かでできてるもんねー。そりゃ簡単に壊せないよね。よく考えれば銃弾で傷付いたところも、もう自動修復してるし」
徐々に部屋に溜まっていく毒ガス。このままでは2人共毒殺されるのも時間の問題だとされる時。
「あれ?」
「なに?ウチの事見て、可愛いなんて思わないでよね!(笑)」
「インティ。その服の中に着ている黒いのって」
「!ああ、恥ずかしいー。これウチの矯正用の錘なの。すっごい重いよ!銃弾喰らって見えちゃってるよ!」
「それです!凄い使えそうです!早く服を脱いでください!」
「あー、リアが言っていた通り変態だよね、春藍くん。ウチは怒らないけど」
急いでインティは"韋駄天"の力で中につけていた錘を素早く外した。鉄とかではない、春藍ですら見た事もない素材でできていた。それをどこで手に入れたか聞きたいくらいだが、それよりもこの良質素材を変型させる。重くて、とても硬い素材だ。
「よーし。これをハンマー状にするよ」
「春藍くんも、リアと同じ科学使いなんだね」
「うん」
"創意工夫"でインティの錘をハンマーに手早く変えた春藍。できたところを見て、インティが春藍ですら持てない物を軽々と持って振り回し、檻に向けて強烈に叩きこむ。
「そーーーれぇぃ!」
バゴオオオォォォッ
「やった!」
春藍の"創意工夫"でも、発射された弾丸でも崩れなかった檻が。インティのハンマーとなった錘によってぶっ壊れた。だが、檻は素早く壊れた箇所を修復しようと機能し始めたが。
フオオォォンッ
錘を外した完璧な状態となったインティの速度は修復をも上回り、春藍も連れて檻から脱出した。
「うわぁ、速いよ!インティ!」
「だって錘を解いたんだもん。しっかりと捕まってよ!目指すは"管理人"の部屋!」
「ど、どこにいるか分からないよ」
そして、春藍とインティの檻からの脱出と同時刻。毒ガスを流した頃にウェックルスは3人の方に意識が向いていた。そのため、春藍達は毒ガスで死んだだろうと思っていた。あまりにも良い偶然が重なった。管理人の部屋で彼は吼えた。
「な、なんだこいつ等は!?どうやって、バリアの中に入った!?」
ライラ、ネセリア、リアの侵入。絶対安全という拠点からの、"ポリス"任せの支配と戦闘を行う彼だ。安全な居場所を失った焦りは隠せなかった。
「先ほど外で無意味に、パワーを使っていただけだったはず!消耗戦に持ち込めば私の勝ちだったんだ!」
「なんだなんだ?今更焦って来たのか?」
「!こ、このポンコツがぁ!もう貴様等に出番はないぞ!」
ゴールゥンの"管理人"は、ウェックルス1人である。
だが、異世界から2人の"管理人"が"黒リリスの一団"が現れた事と、ライラ達がやってきた事で訪れていた。1人はこの部屋で待機しており、もう1人は別のところに向かっていた。
「テメェの負けだよ。引き篭もっていないと自分の事を万能な存在と思い上がれねぇんだ。真正面から戦えばこのポンコツにすら壊れる、ボンクラじゃねぇか。なぁ、ボンクラ管理人」
「!テンメェェェ!それ以上調子に乗った言葉をほざいて見ろよおぉぉっ!!貴様をズタズタにしてやるからな!」
「やれるならしろよ。キレるなら人間に向けろよ」
管理人の1人は立ち上がった。ライラ達の映像と、まだウェックルスは気付いていないが、春藍達が脱出している映像、…………もう1人の侵入者の映像も確認して。
「相性を考えれば、俺はライラの方を抑えてやる」
「か、か、勝手にテメェ等な!この世界で行動してんじゃねぇ!私の世界だぞ!私が、思うままに支配している世界なんだぞ!?よそ者が偉そうにするな!」
「テメェはインティ側を完全に抑えるんだな。戦う実力がねぇボンクラでも、この戦いと世界の大将様なんだぞ。せいぜい上手く逃げ隠れしろよ」
バタンッ
「ケッ、ポンコツの格下管理人が!病み上がりの癖して、この私に命令だと!?」
ウェックルスの拠点は様々な仕掛けがある。
自分自身が誰であろうとここで怒れるのは、自分の心にある臆病さから生まれた、色んな"科学"を手掛けてきたからだ。"管理人"の最高高位であるポセイドンからもその技術を学んだ。ただの支配はレシピを見ながら作れる料理のような甘い物ではない。
この世界の人類に、”あぁぁ、もうウェックルス様に従わないとダメなんだ”っと与えるべき。末代まで続く恐怖を教えてから、目指した先にあるゴールを潜れば、ちゃーーんっと幸せと感じられるお金も地位も、達成感も得られる仕組みを生み出す。
ちゃんと努力しただけじゃ、ただ才能があるだけじゃ、その辺に転がる野良猫の死体に成り果てる。ウェックルスの恐怖政策による人間の末路もまた、ウェックルスの恐怖感が増す事だろう。
「いいぜ。やってやるぜ。全力だよ。ヴォケが。テメェ等、ポンコツも壊してやるから覚悟しろよ。できてんぜ。この私にはな!」
ウェックルスは自分の机の裏側にあるスイッチを押して、自分の最高傑作を呼んだ。