移民達の関心⑤
NM_Hは待機を命じられた。ロイと朱里咲、それから代表してジャングルに突入した250名の帰還を待つのであった。
『被害の報告は迅速にしなければいけません』
未だ関心が薄い。
情報伝達という分野の重要性に、情報という力よりも輝きを放つ重要性。
アレク達もまた、ただ移民達の要望に応えるだけではない。
多くの異世界からの移民が避難という形である以上、命の大切さを訴えている。造り上げた自然の探索の最中に死者が出る事は、少ないとはいえ、フォーワールドの信頼やここにいる人間達が保有している武力の信用の低下に繫がっていた。
アレクはロイと朱里咲を調査団の護衛に付けた。手が空いているのはこの2人ぐらいであるし、何よりお互いが自分くらいには強いからだ。
生まれたてのジャングルに加えて、生まれたての魔物。ポテンシャルが未知だとしても、生きている経験値が絶対的に違っている。
「ったく、ここの魔物共は食い意地が張ってんだな!」
「返り討ちは正当防衛。しかし、もう少し工夫が欲しいな」
両者、備えている肉体のみで不意に襲い掛かる魔物達を蹴散らす。その手さばきは、多少腕に自信があった戦士達の気持ちを、確実に潰していた。
「ははは、なんと強い2人だ」
「魔物の狩人を何十年してきたが、まさか人間の方が強いと感じるとは」
しかしながら、それが安心感にもなる。
このジャングル内に入っただけで、多くの人間が死地を感じ取っていた。それだけの魔境に変わっていたのだ。
「やはりというか、自然で構築されておるから歩き辛いな」
「整備の大切さが分かるな」
ジャングル内はとても歩き辛かった。地面は沢山の栄養を抜き取られており、ふにゃふにゃとしていた。また、木々が乱雑しており、それらを切って進んでいる状況でもあった。
「ところでロイよ。私達は何をすれば良いんだ?襲い掛かる魔物達を倒すだけか?」
「なんだよ、アレクから訊いていないのか?」
「護衛を頼まれただけだ。ロイは違うのだろう?奴とは付き合いが長いはずだ」
「…………いや、俺もこれしか訊いてねぇぞ」
ジャングルを作り上げて、探索するのは良い。具体的な目的が欠けている感じだった。
「信用されていないのだな?」
「そりゃ勘違いだ。俺はあいつに馬鹿にされているだけだ」
「自慢できる言い方だな。自慢にならんぞ」
ロイと朱里咲の頭に入っていない情報ではある。
このジャングルの目的は単なる自然作りにあらず、食糧問題の解決や魔物の養殖、貴重な資源の確保などを目的としている。というか、そのためのジャングルである。
現在、このジャングルにいる人間は名実のある農業家や、土地の調査や植物に詳しい人物、魔物を飼いならせるといった人材ばかりである。ロイと朱里咲の2人に護られながら、ジャングルの調査は綿密に行なわれていた。
『フォーワールドの土地はあまりにも自然に適していない』
『何よりも土地の質が、自然に影響を与える』
ヒュールとアレクに強く訴えた農業家達。
とはいえ、訴えても土地の質を変えたり、良質な土地を探し出すのは困難極める。それこそなんかしらの災害が来るかのようなものだ。
しかし、それをやってのけた。最大限の役割をやってのけた。今度は大口を叩いた自分達がしっかりと造り上げる場面だろう。
「素晴らしい!これほど良質な土地はそうありませんよ!」
「自然のままに植物が存在できる環境。ここでなら、より良い農地を開拓できるかもしれない!」
栄養を吸い取られた土地もあったが、それは卵を埋めた中心地に現れていた。そこから離れた土地には栄養が残るだけでなく、土地の質まで変えるほどの力が植物達にあった。植物が過ごしやすいように、土地に変化を加える性質。自然がなせる自然の力。
土地の栄養を吸い取らずとも、すでに安定したサイクルで子孫を残せる植物達を発見できれば、そこが人工的でも農作物がより良く育つ環境と見なせた。
「で、どうすりゃいいんだ?」
ロイ、これで34頭目の魔物狩り。
「良質な土地だって分かっても、ここを農地に変えるなんざ容易じゃねぇーぞ。人間が住める環境か?」
強い魔物ではないが、それはロイの話である。一般人だけでなく、多少の武では到底抗えない自然に暮らす魔物達がここには大勢いる。
良い土地にしたからといって、それらをキッチリと手に入れられるかどうか。
「だから、私達を派遣したんじゃないか?」
「なんだと?」
しかし、これはもうちょっとなんとかならないかと朱里咲も思っている。
「私とお前で魔物を退け、その間に人間が暮らせるだけの設営を皆が行なう。アレクの護衛の意味はこーゆうことなのだろう?」
「人使い荒ぇな。そこまで考えたくなかったぜ」
長期戦になることは明白。しかし、ロイと朱里咲に向いている現在の仕事であるのは間違いない。ロイも嫌がるというわけじゃない。軽く、40頭目の魔物を殺して全体に告いだのだ!
「お前等!命を優先にして、さっさと開拓しろ!魔物は俺と朱里咲が引き受けてやる!」
「それとアレクに連絡を。もっと兵を寄越せとな。人員を安全に移動させる護衛までは私達の手では難しい」
開拓を始める最前線にロイと朱里咲が構える。
「よ、よーし!ならばより人員を求めにいこう!」
「まずは最小限の拠点を作れ!伐採作業ができる者は速やかに行なえ!」
「しっかりとした道作りも忘れるな!」
魔物のいる自然の中で人間の居住区だけでなく、農地を開拓することは容易なことではない。まずはその周囲の障害となる存在を排除するのが、キチンとした段取りではあるものの。
出来る限り、時間の短縮を図りたいアレク達側からすれば同時進行が望ましかった。
「こちらからもやってやろう」
「あ?」
魔物の排除ももちろん、ここはジャングル。障害物としか思えない緑の木々が凄まじいスピードで成長していっている。
「デカイ刃物を持っている奴はいないか?」
そう言いながら、手刀一閃で魔物を両断する朱里咲の手が一番鋭いのではないのかと、一般人達からはそう思えた。なんなんこの人?なんでもありなの?
「よこせ」
「こ、この鋸でしたら!」
朱里咲に投げ渡されたのは、大工を職業としている者が使っている巨大な鋸。ログハウスを建築してきた大工が愛用していた、大木専用の鋸であった。
「皆、伏せろ」
朱里咲が握れば、どちらが重いかが分からなくなる。
「お前等、屈みこめ!」
"軍神"によって重量は感じられない。そして、初めて握った工具あるいは武器であってもすぐに肌に馴染んでしまう。武器を最大限の力で発揮できる技量。朱里咲の背丈に近い刃物の長さと大きさ、彼女と同等の重量がある鋸。(おい、女に失礼だぞ)
それを軽く、優しく、振ったのみ。空気を切っていると思えるほどの、軽すぎる扱い方であった。
ピィィッ
伏せ方が悪かった者には罰が下った。何本かの髪の毛が切り落とされてしまった。
「ひいぃぃっ」
何かを斬ったところはまったく見えなかった。しかし、鋸の刃は確実に通り過ぎた物体を斬っていたのが事実。周辺の障害物が一瞬にして、この刃に触れて切断されたのが事実。
自然に造られた物は見事に両断された。
「これで少しは戦いやすいだろう?ロイ」
一方のロイは上へと飛んでいた。朱里咲が放った刃を目で追いきれていた。その上で、彼女が到達している"技術"が、パイスーと桂に並ぶほどの"超人"であること。
「あらゆる存在を武器にできる、能力だったか?」
「そんなところだ」
剣術、槍術、弓術、投擲、……。あらゆる武具の扱いにも長けているというだけでは収まらないレベル。朱里咲は体術のみならず、様々な技術が突き抜けていた。
「ちょっとは周りを考えろ」
「カッコイイところを魅せたかったつもりなんだが、いかんか」
ともあれ、朱里咲のおかげで戦いやすく、護りやすく、作業が進みやすくなったのは事実。視界の面ではかなり良好。ただ、斬ったとしても地面に倒れただけである。それを今度はロイが纏めて
「斬ってもゴミは残るんだよ!」
その通りですね。
纏めてゴミ掃除をするには斬るだけではダメである。運ばなければいけない。そこまでの人員は割けないため、仕方なく今は、
「どこまでもぶっ飛べ!!」
ロイが纏めて、ゴミを蹴り飛ばす他はない。たったの一蹴りで多くの木々が、遠くへ運ばれていった。
「ほー、君もやるじゃないか」
「当たり前だ。なめんな」
2人の"超人"は力量を認めながら、この護衛の任を全うするのであった。