移民達の関心④
フォーワールドは、徐々にその土地面積を広げていた。
「よっ」
隣接している異世界を飲み込むような形で広がっていく。土地が広がるというだけであり、そこには何もない場所だ。
アレク達が広がり始めている土地の一つ一つにライフラインを設営することで、ようやく土地の価値ができる。しかし、土地の価値をただの面積だけで捉えている場所が北側にあった。
「よくこんだけの土地を事前に確保しておいたな。すげーな、あいつ」
『アレク様が入念に必要な農地の計算をしているからです』
ロイとNM_Hは、何もない土地の中心まで進んでいくところだった。自分が手に入れた重要な巨大な卵、"鳳凰卵"。
『これだけの土地に自然を植え込むことができれば、多くの食料難や資源不足を解消できる広大な自然となります』
「やっぱり進歩した異世界でも、原点を見失っちゃいけないってことか」
『私達はこうして管理や拘束から解き放たれてから、自由の楔を知るのです』
話しながらようやく中心地に辿り着く2人。
「よーするに。飯を食べる前に、飯を作ってくれる人がいる、飯の材料を作っている人がいる。そーゆう有りがたさを大勢の人間が知れたってことだろ?」
『ロイ様にしては的確な例えです』
「し、失礼だな」
ロイは運んできた"鳳凰卵"を地面に置いた。そして、両手を開いて閉じての繰り返す。機材を運ぶ手間を無くすための人力、NM_Hはそんな原始的なやり方に一つのくだらなかった質問を飛ばした。
『手袋、いりますか?』
「いらねぇよ」
『野蛮ですよ』
「汚れた手は洗えば良いんだよ」
拳はグーの形。
ロイは一気に地面を殴り続けて、掘り始める。
「うおおぉぉっ!」
地響きに加えて、ロイの気迫が込められた雄叫び。NM_Hはこの大音量を淡々とした表情で聴きながら、掘り進めている距離を測っていた。ロイが掘った土の量を計測し、その逆算で距離を導き出している。
「どりゃあああ!」
ロイの拳はグーの形であるが、地面と衝突した後。素早く横に拳を切って土を飛ばしていた。グーの形とはいえ、力ませずに柔らかくわずかな隙間を拳に造るのだ。勢いをつけて殴れば、拳の隙間に土が入り込んでいく。振り上げた時に拳の中に入った土を払う。
一連の動作は単調といえど、高度なもの。パワー、スピード、テクニックの三点をしっかりと抑えてなくては成り立たない拳。
『そこまでです』
「おっ?このくらい掘れば良いのか?」
約10mの距離。この中に"鳳凰卵"を入れるのだ。
地面を殴り続けたロイの拳は土色だけでなく、血の赤色も混ざっていた。ズボンで拭こうとすれば、NM_Hが汚れても良いハンカチをロイに渡すのであった。
『服の洗濯は大変ですよ』
「悪いな。洗ってちゃんと返すよ」
渡すというか、
「ハンカチ、下に投げ込んだよな?」
『ロイ様が手をお拭きになりたがっていましたから』
ロイが跳躍一つで地上に一旦出る。10mほどの深さに達した穴に"鳳凰卵"を丁寧に置くため、再び卵を持って穴の中へ。
「勝手に割れるんだろ?」
『はい。土で埋めればしかと、殻は破れます』
「掘った穴、もう一回埋めなきゃいけねぇのか」
溜め息交じり。とはいえ、もうこれで終わりだ。
今度は殴るではなく、掘った土を足で穴の中へと放り込んでいく。靴が汚れてしまうと、NM_Hは心配の目をロイの靴に送っていた。
自然の誕生はもうすぐである。それを心待ちにしている人間は数多かった。
バギイイィッ
土の重さによって、殻は破られた。中身はすでに生き物の形であらず。
鳳凰が今まで食べてきた物が込められた中身。それは熱く、濃縮された物質となっていた。土に侵食すれば、栄養を引き出して膨れ上がる。
周囲の土がこの中身に引き込まれるように動き始める。
「ここにいちゃマズイな」
ロイはNM_Hを抱えながら、一気にこの場所から離れていく。
「感慨があまりわかねぇな」
『何がです?』
「いや、別に」
お姫様抱っこをして、NM_Hで遊んでみたロイではあったが、その反応はとても薄くて楽しみが半減であった。凄い存在であるが、感情を自然に持っている人間の方がやっぱり凄いな。
逃げるロイとNM_Hをまるで追うように、高い栄養を求める大地の欲求があった。
「しっかりと捕まれ」
『こうです?』
こう、ギュッと握られると。もう少し興奮した温かい気持ちが欲しい。それでも言葉と身体は正直に言ってくれる。
「ああ、元気が10倍でた!」
『科学的根拠がありません』
冷たい返しでも、それで良い。ロイの身体は軽やかになって、さらなるスピードが上がっていった。自然の摂理から逃れるための全力の逃走。
完全なる安全地帯まで逃げ切ったロイの勝ちであった。
「ここまで逃げれば十分だろ?」
あとは自然の変化を眺めるだけであった。
養分を強く吸われてしまった土地が、とても広大となっているものの。吸い上げた養分を貯め込んだ場所は大きく丸々と膨らんでいた。誰の目にも見ても、爆発を予感させる膨れ方。
『あれが種です』
「種?」
『様々な生命体の命となる種が、あの中に詰まっています』
植物の種と考えれば一般的であるが、"鳳凰卵"が生み出している種は植物に限らず、魔物などの生き物ですら含まれている。異種同士混ざり合い、新種の魔物を生み出したりもする。
ドゴオオォォォッッ
破裂音は爆発のそれと変わらない。しかし、各地へ飛び立ったのはNM_Hの言うとおり、植物の種や見慣れない魔物達の姿であった。それらは生きたまま、解き放たれた。広大な自然の誕生。
ドババババ
枯れた土地に辿り落ちた種だとしても、中に詰め込められた栄養のみで早々と成長していく。芽が生まれ、茎を伸ばし、花を咲かせ、新たな種子を飛ばす。花火となんら変わらない速度で急成長を見せる植物達の躍動。まだ栄養のある土地を求めるような、植物達の生存手段にも思える。種子を飛ばせば枯れてしまう花。まだわずかに残る栄養を得るため、魔物達が食べてあげる。
自然の摂理を間近で見られる光景の広がりに、ロイは
「綺麗なもんだな」
暢気ともとれる発言。感動を受け取っているとは思えない声の出し方。
自然という生き物と括っていい光景の広がり。何かに縋るように栄養を吸い上げる。取り合う。生き残るという執念を実行に移していけば、自然は巨大となる。栄養価の高い土地に根を生やし、可能な限りの成長を遂げる。生存競争が生み出していくのは多くの生命体とジャングルであった。
ピーー、ガガガガ
自然の光景に眼にしながら、NM_Hは業務の完了をアレクに報告する。
この状況と機械音はミスマッチ過ぎる。NM_Hの体内には緊急連絡用の、通信手段が備えられている。
『アレク様、こちらの任は完遂致しました』
まだ成長の兆しを残しているジャングル。今は前段階に過ぎないものの、この自然がもたらした職業は多い。
NM_Hの連絡から3時間後。狩人や農業家といった山の自然に対しての職務希望者が訪れたのだった。およそ8000人。自然がなければ何もすることがなかった者達である。
「おおぉぉっ」
「これまた見事な自然が」
「伝説とも言われた、"鳳凰卵"が造りだす自然をこの目で見れる日が来るとは」
自然が好まない土地の中で生まれた立派なジャングルに、人々は感嘆としていた。同時に自分達がこれまで辿ってきた事を活かせる機会を与えられた。
一目散にでもジャングルの中へ入りたい。仕事を探したいところに。
「まー、落ち着けや。よく見れば今が危険なのは分かるだろ?」
ロイと
「いかんなぁ、自然を相手にするのは骨が折れるぞ。それは私達より知っているだろ?」
慈朱里咲が、人々の歩みを止めていた。
「あ?なんで朱里咲さんがいるんだ?」
「アレクに彼等の護衛の任を頼まれてな。私も暴れたいのだ。あと、"さん"付けは良い。呼び捨てで構わない」
この女。マジの戦闘狂だな……。
ロイは朱里咲の戦闘意欲に少しながら、呆れていた。
「俺とあんたでも退屈するだろ?」
「つまらんな」