移民達の関心③
カチカチ…………
【勢力は3つか?それとも4つか?】
カチカチ…………
【桂の残した種か、藺兆紗か、朱里咲か、ダーリヤか】
カチカチ…………
【あんたもいるんだろ?固まってねぇでよ】
カチカチ…………
【……………もう、いるんだろ?】
時計仕掛けの小部屋に1人の男がいる。1人だけのはずだ。
それでも彼と向き合う存在がいた。楽しそうに笑っている女性の顔は、とても奥が深く本音を隠し切っている。
その服はあの時と変わっていない。その髪の長さも変わっていない。紫色の髪はまだ、彼女の明るさをなんとか表している。唇の色が紅く塗られても、所詮は装飾の色。その下の色は心と同じく隠れた色。
身体に心が完全に隠れていた。
【あんただけは昔から何も見えねぇ、わからねぇ】
彼しかまだ入れない異世界に、平然と無言で踏み込んでくる。特別な事も伝えず、生きていることすら不明な存在。
人間の肉体だというのがもったいないような、シリアスな怪物。消えてくれと言っても、何も動じずに、むしろ聴こえていないような表情。ただ俺を見に来ただけみたいな、愉快犯。
きっと、そろそろか。来るか。
彼の表舞台の予感は当たっていた。
◇ ◇
「んんーっ……はーっ」
身体を伸ばし、身体の中にあるダルさを弾き飛ばしたかった。
「はぁっ。ダルッ」
それでも気分の悪さが拭えない。ライラがそうであるように、夜弧や春藍、アルルエラも同じだ。
クォルヴァの精神治療によって、目や身体では感じることが難しい、藺兆紗の精神汚染から逃れることができたものの。治療が完了するまでのダメージが激しく残り、その溝には怠惰が入り込んできた。
「うーん……」
「一度、気を吐き出し続けましたからね……」
ホッとした感情になれば、緊張は解かれ。身体の悲鳴が脳に聞こえるようになる。フォーワールドに戻ってこれたという一段落にライラ達は、極度な気落ちに見舞われた。
宛がわれている部屋でボーっとしている4人。
「謡歌は大丈夫なのかしらね~」
「私達みたいなダルさで済んでいればいいんですけど」
このダルさが抜けるには最短でも1日は掛かるとクォルヴァに伝えられた。精神的な疲れが抜けるまではただ安静。
それがちょっとした苦痛。ライラと夜弧、アルルエラには強く痛感していた。
「何もやる気になれないのは辛いねぇ」
そう言いながら、春藍は言葉とは裏腹に作業用の手袋を填めて、自分の体をメンテナンスを行なっていた。両足の義足部分を外しているところである。
「よくそんな細かい作業をできるわね」
「僕の身体はまだ改造途中だから。メンテナンスは日課なんだ」
確かに精神的に辛いとはいえ、日課や習慣といったものは早々止めることはできない。キッチリとはいけないが、身体のためにやらなければいけない。呼吸みたいな行動は、ダルさがあっても行なわれるものだ。
「……春藍さ」
「なに?ライラ」
ライラの判断力はかなり落ちている。普通ならこのようなことは訊かなかった。単純に藺兆紗の拷問を浴びての、疑問。
「リアの身体を埋め込んで、今までやらしい事はしてなかったんでしょうね」
「げほっげほっ」
「?」
その言葉に咽たのは夜弧であった。一方で春藍はまったくなんのことか理解できていないようだ。春藍の場合、考える力を削がれているようだ。
「さ、さすがにそんなことはしてないでしょう!春藍様に限って」
「それはそうだけど」
これは自分も藺兆紗の影響があると、発言してから反省するライラ。恥ずかしいことを自分から言ってしまった。そんなライラの気持ちすら理解せず、
「どーゆうことを言うの?」
春藍だからこそ、この鈍感というよりも酷い無知。ある意味の阿呆だ。表情すら機械になったと思いたいが、純粋な顔も作っている。
逆に質問されるもんだから、ライラは髪をかきながら春藍に近づいて
「前にもしたでしょ?」
そーいうところも、好きではある。
チュッ
「あっ」
声をあげたのは夜弧、アルルエラはライラの積極振りに少し褒めていた。
唐突のキスをされた春藍は、それでもよくは分かっていないようだ。少しは自分の気持ちを晴らしたライラ。
「こーゆうこと。みたいな?」
「そうなんだー」
そんな感想を返すんか!?
というツッコミは胸の奥にしまっておく、ライラ。ただこれで少しは自分も心置きなく、何かができそうだった。
一方で夜弧はワナワナと両腕を動かしながら、ダルさがどこかに消えたかのように、"トレパネーション"を発動しかけた。魔力によって黒ずんでいく夜弧の両手。
「な、な、な、何してるんですか!?春藍様に口付けなんて!私達の前で!」
「五月蝿いわよ。絶対安静って言われていたでしょ。戦闘体勢をとらないで」
「安静なんてできるかぁ!戦争です!室内じゃ、ライラの"ピサロ"はまったく使えない!この距離なら私が勝つ!」
ダルいとか言っていられない事を目の前でされたら、気持ちが昂ぶる。
夜弧にも影響があった。こんなところで騒動を起こすことは、周りにとっては迷惑でしかないが……
「誰か来る」
「ん?」
アルルエラの言葉が、ライラと夜弧の戦闘体勢を解いた。その言葉通り、1人の人物がここに足を運んでいた。
ガチャァッ
「やー、気分はどうだい?」
「クォルヴァさん」
治療に携わったクォルヴァの来訪。何か緊急の案件か、アレクからの伝言か。
「少し話をしたいんだけど、いいかな?」
あるいは謡歌の治療のことか、
「どんな話よ?」
「春藍くんとライラちゃんに関係あることなんだけど」
「謡歌は無事なんですよね?」
「先ほど意識は取り戻したけど、記憶が多少混乱している。今は君達以上に、ゆっくりした時間が必要だね。思い出すことは私達の口からは言わない方が良いから」
あんまり妹に対して、関心のなかった春藍が心配していた。
そこはさすがに兄妹とも思える。つーか、春藍の気持ち的には妹というより仲間という捉え方だと、ライラと夜弧には解釈できた。
一方でクォルヴァは謡歌を含めて、春藍とライラに嫌な言い方をして誘導を狙った。
「話を戻すけど、春藍くんとライラちゃん。私は管理人としてだが、2人の実力不足を感じ取った」
精神的に弱っているところに掛ける、嫌な言葉の選び方。
「それは悪かったわ。みんなに迷惑をかけたのは事実よ」
「……どうしょうもなく、はい。その通りです」
なんか嫌な企みを感じるライラ。一方で、そのことを不覚反省している春藍。その口から、クォルヴァよりも先に出た。
「強くしてくれませんか」
クォルヴァの話の答えを先に言ってしまった春藍。フライングである。
「ふふふ、私の言いたい事を素直に受け取ってくれる春藍くんは良いね」
絶対違うでしょ。
ライラはクォルヴァの求める事には賛成であるが、その手段に不安を感じ取った。春藍の慣れがおかしいのだ。
「とはいえ、春藍くんを強くすることはできても、しっかりさせることは君次第だ」
「え?」
「すでに君の強さは、君自身の力にリア、ポセイドンといった力が加わっていて、能力だけをとればアレクくんやライラちゃんを超えられている」
春藍の場合、能力とパラメータが抜きん出ている反面。経験値がまだまだ足りない。戦闘経験はもちろん、"戦場経験"が足りていない。心構えの脆さがまだ残っている。
「強くはできても、護るとか戦うとかは君自身が変わらなきゃね」
「そうですか」
「でも、強くするよ。私がしてみせる!強くなることは悪くないからね」
いや、だからと。ライラはその手段について訊いておきたかった。やられ役は正直、コリゴリだった。
「あたし達2人に何をさせるの?」
「あー、訊いちゃうんだー。残念ですよ~」
「中身を確認してからよ」
ライラの目はかなり警戒心が昂ぶっていた。その警戒心を向上心に回してもらえば、きっといいんだけど。ライラを納得させるには手段を明かすしかない。クォルヴァはストレートにそのやり方を教えた。
「手っ取り早く言うと、私が2人の身体と同化して体内の構造を変えてあげる」
「改造ってこと!?嫌よ!!」
「だから、言いたくなかったんだよね」
ライラの大きな声に、夜弧もアルルエラも同情する。気持ちは分かるが、クォルヴァも食い下がらない。
「私が同化して、まだ体内で解放し切れていない魔力を強制的に使えるようにする。"魔術"の使い手であるライラちゃんと夜弧ちゃんには言っている意味が分かるよね?」
潜在能力の覚醒と伝えればカッコいいが、魔力が増えるといっても暴発を誘うようなやり方。
「能力の精度が著しく伸びますが、持久力が損なわれると思いますが?」
「そーだね。夜弧ちゃん。体内の魔力を解放しすぎると、術者の意思と相反してコントロールが難しい」
だからこそ、夜弧を省いた。
「夜弧ちゃんの場合、"トレパネーション"は発動できる距離も、能力的にも、長期的に使える方が良いだろうから、私の手段では悪影響ばかりだろう」
両腕という範囲に加えて、夜弧の身体能力はそこまで高くない。短期決戦向きではない。
「しかし、ライラちゃんがより強くなるには能力と自分自身への改革だと思うよ」
野外でライラが戦えば大抵の敵は、何もできずに敗れ去るだろう。それだけ圧倒的な力を誇る。ただし、距離を詰められた状況や"ピサロ"を発動させてから、攻撃に至るまでの時間はやや遅い。
条件さえ整えば、圧倒的というのがライラの強さ。
「ただ強くなるだけではダメだ。具体的な強さこそ、求めるものだ」
「……………」
クォルヴァの言い分は理解できる。ただ、
「少し考えさせて」
クォルヴァの手段を選ぶかは別。信頼こそしていても、信用まではできない。
「悪いけどね!あなたの力も借りるかもしれないけど、そーいった面はあたしがあたしで解決するから」
1人で解決できることかどうかの判断。そうですねと言う気もないし、考えるだけの時間もアテもある。自分がまだまだなのはライラ自身、分かっている。
「なんだー、残念」
「クォルヴァ!あなた、完全にあたしで遊ぶ気だったでしょ!?」
「そんなことないけど、楽しみ減ったなーで」
よく考えてみれば、このクォルヴァ。"RELIS"という現象を作り出したりしていた、研究者であった。ポセイドンとは違う意味で、人体実験を好んでいそうだ。ホントに残念がっている。
とはいえ、すぐさま了承してくれた春藍には両手を握りに来たクォルヴァ。
「ともあれ、春藍くん!」
「は、はい」
「君は私に協力してくれるんだろう?私だって、キッチリと君を強くしてみせる。今は信じてくれ!」
「わ、分かりました」
春藍には自分について考える力が乏しい。それが判断力や、経験の少なさというものに繫がる。もう少しは考えて欲しいと、ライラと夜弧は思って見ている。
このお話はクォルヴァの本音であった。一方で、
「それはそれでね、本題を君達に話に来たんだ」
「そっちを先にしなさいよ。で、何?」
管理人らしい不安をライラ達に伝えに来ていた。
「知ってはいると思うけど、先日。アレクとヒュールは移民達へ簡易的な自由を与えた」
「土地やお金、職業のですね」
「大雑把に語るならばね。まだまだ修正するべきところが多い。そして、人間同士の対話に決着をつけるのは難しいことだ」
様々な人生、文化を歩んできた人間同士が話し合いをすれば、上手く纏まるとは思えない。その上、中身を正しく判断することが難しいのも実情。ほぼ0からのスタート故、トラブルの予想などアテにならない方が多い。
人間トラブルという、ファンタジーよりも愚かしい中身の解決。
「平和な戦争みたいなものだがね」
クォルヴァは呆れながら言うも。
「人間はそーゆうものだから」
納得し、諦めもしている。人種、人格、歩いてきた人生。何億年と経っても、変わっていないとその都合の良さを寛容にみている。
とはいえ、手を打つのも役割。
「だからこそ、人間関係における問題を解決に導ける人材が必要だと思う」
「……それは確かにね。裁判を取りまとめるような機関がいた方がいいわね」
「しっかりと事実を証明できる方がいるのはいいですけど……」
ライラとアルルエラがクォルヴァの意見に納得しながら、アテのある人材の方に向く。
「え?私?」
「夜弧の"トレパネーション"なら記憶も読み取れるんでしょ?現状は、あなたしかいないんだけど……」
「できなくはないけど、私は最大で2人が限界よ」
「そうですけどね」
できることと、要領を考えれば夜弧も人選外だった。すでに移民の人数は何十万と超えている。夜弧1人ではどう考えても足りていない。
しかし、そんな不安を取り除くようにクォルヴァは笑った。
「いやいや!夜弧ちゃんも候補だけど、私の中では最有力候補が決まっているんだ。古い友人なんだがね」
「古い友人?」
「あなたが最後の管理人でしょ?他にそーゆう奴がいるの?」
ライラの疑問、それを簡単に晴らすように言ってくれるかと思えたが、雲りのような表情を作るクォルヴァだった。
「まー、いるんだけれど」
「何かあるの?」
「とてもじゃないが、私1人では説得できない人だ。ほとんどを引き篭もりとして過ごしている方だから」
ひきこもりを家から追い出すと、考えてもらった方が良い難易度の人物。その彼がこれから起こり得るだろう、人間関係の問題を一度に解決できるとクォルヴァは思っている。
「それと春藍くんとアレクくんは会えば分かるだろうね。っていうか、みんな、顔は知っているのかな?」
「え?僕とアレクさんがですか?」
「みんなが?」
まだ何も知らないだろうし、何も教えられるような人でもなかった。管理人とは別の影の人物。時が来たら自ら出てくるとは聞いていたが、それはその人の考え方だ。
「会えば分かるんだ。時間があるとき、みんなで彼に会いに行きたい。彼がいなければ解決できる問題は多いはずだ」
そんな彼が表舞台に出てくるのはまだ少し先のことである。