移民達の関心②
フォーワールドの文化は発展している。元々、"科学"の最先端にいるような異世界であり、様々なテクノロジーが存在していた。そして、それを活かせる人材も輩出している。
「マイクを持つか?」
「私が代表するのですぞ。構わないですぞ」
命を優先しているやり方である以上、人間としての生き方は2の次となっている。それは災害や異常事態が発生したからこそ、高い防衛力が出す矛盾のような環境。
人の命。これを保持させること。
人の生き方。命を使い、どのように進んでいくか。
移民達は指標を求めていた。その指標を、ヒュールが代表して答えることにした。アレクから渡されたマイクを握り、彼が見えない位置にいても聴こえるよう。フォーワールド全域の音響は彼の声を拾うようになっていた。
『失礼致しますぞ。私はこのフォーワールドを管理している人間の一人、ヒュール・バルトと申しますぞ』
移民の9割以上はヒュールと面会している。していなくても、その名前はキッチリと覚えられているだろう。
声だけという形をとったのは仕方ないことだ。今、悩みを解消するだけではダメなのだ。立ち止まれないほど、働く循環をしっかりとせねばいけない。労働を止めない演説。
『今日までに215の異世界の住民達が、このフォーワールドに来ておられる。皆、知っての通り。管理社会という一つの時代が終焉いたしたのである』
この言葉をじっと聞く者、軽く聞く者。まったく聞かない者。様々であった。
『それに伴い、多くの異世界が混乱に満ちた。私達、フォーワールドもその一つであり、我々だけでは生きることなどできないのである』
ヒュールは、アレクやクォルヴァとの話し合いで答えは出していた。
この言葉、これからの言葉はフォーワールドの住民、全員の意見と言って良いだろう。
『ここまでの多種多様な人々が集まり、私達もまた、そのたった一つとなって造り上げたいのである』
歴史を知っているのは極僅か。
なぜ管理人が存在していて、多く異世界を造り上げて、隔離していたか。そーいった答えを知っている移民の数は当然少ないはずだ。
『一つのとても大きな異世界で、大勢の人間が暮らせる社会、環境』
答えは人類が絶滅の危機に瀕したからだ。
我々は同じ種類、あるいは分類となっていても。心は通わず、共食いよりも酷い争いを起こす。それが戦争だろう。
それでもヒュールの本心も、フォーワールドの人々の心も同じ。寄り添おう。
『全員が全員を支え合える巨大な異世界を造り上げるのです!』
今はまだ命を守る、繋ぐことが手一杯である。
その中で1人の希望を叶えることは難しい。要望を聞くので精一杯。
『土地は広がり始めております!居住地も増やしています!生活環境も随時、整えております!』
しかし、それもおそらく無くなる。様々な資源が集まり、人材が集まり、なにより人の数は想定以上に増えたのだ。
『これからは独自の文化を広めることができる環境作りを受け入れます!皆様!大変お待たせ致したのである!』
詮索をする時間も、中身への理解も、
『命を護ったからには、命を大切に、』
いきなり全部の土地や権利、金を解放するわけではない。少しずつ、少しずつ。緩やかに解禁していくのである。
『命を己で学んで行って欲しいですぞ』
ヒュールの声明発表が終われば大勢の移民達は歓声を挙げたのだった。そして、大きな拍手が絶え間なく、そして10分以上も続いたのだった。
「おおおーーー!!」
「待っていたーー!」
「これで店とか造れるんだよな!?」
「昔の生活をここでやってやるよ!」
移民達の高鳴りは大きい。
今まで、好きでもなく土地の整備や生活環境を確かにする労働ばかり。移民だからこそ、自由が少ない事は覚悟していたが。これで終わりは考えたくなかった。
荒波と同じほど、移民達の動きは激しくなった。自由の権利がこれほど大きいとは、当人達が一番思い知っている。
「これからが本当に大変だよ?」
クォルヴァは管理人だから、人間であるヒュールとアレクに警告した。
「人間の生き方は様々、色よりも複雑だ」
「分かっておりますぞ」
「自由は許しても、許容まで見てやらなきゃなんねぇな」
移民達の数は膨大であるし、彼等が今まさに爆発して暴動を起こせば全員が死んでしまう。危機から護り抜いた時よりも悲惨な死に方が浮かぶ。
少しでもストレスを減らすには自由を与える他ない。
「手は考えてるの?」
「まだ未完成もところありますが、そもそも人間に対して、自由を許せるだけの設備がなかったのがフォーワールドですぞ」
労働者を徹底して管理していたからこそ、フォーワールドの住民の多くは感情が乏しかった。春藍もその1人であった。
その原因が娯楽施設の少なさや、技術的な分野以外における労働の待遇の悪さにあるとヒュールは感じていた。フォーワールドのみの娯楽と言えば、タバコと酒などの生活的な事や。仕事を趣味に変える製作、人間同士の会話ぐらいだ。なんとも寂しい。
農園なんてなく、輸入で食材を確保していた。加工技術や冷凍技術はあっても、自ら食材を調理することなど滅多にない。調理技術を持っている人間なんて少ない。
「農地に、海に、……。フォーワールドには滅多になかった物もようやく用意できたしな」
「農林、水産関係の方々だけでなく、魔物がいなければ狩人も仕事にならずですぞ。分野は何十種類も増えたはずですぞ」
職業の多様化あっての自由だ。
激動が始まるスイッチをヒュールとアレクは押した。多くの人々が喜びに満ちていても、静かに険しい道のりを感じる。