勢力図
「野蛮、野蛮。学のない。猿と言う」
アジトはなく。常にどこかで身体を休める。頭を休める。
今日より2人から3人になった。ダーリヤが言うのだから、強いは正しいのだろう。しかし、琥珀にとっては不満であった。
「ワシャー、馬鹿は嫌いなんじゃ」
勇浪という野蛮人の加入。琥珀が造り上げたアンリマンユを面白半分で損傷させたり、すでにやりたい放題であった。そして、彼はまったく琥珀に懐かないのだ。
そりゃ琥珀からしたら納得いかないだろう。
「言葉ではなく、姿勢で接するのだ」
「きゃっきゃっきゃ!」
ダーリヤはまるで彼を子供のように扱い、髪を優しく撫でながら勉強を教えていた。脳みその発達は著しく悪いが、空っぽの頭だからこそ一度ツボに嵌れば、あっさりと分野を極めることができた。
頭の容量に差があれど、その使い方を工夫することで天才へと変化できる。
「よしよし。大分、頭と身体で理解できるようになったな」
勇浪に武芸を教えるダーリヤ。彼が楽しそうなのは、今まで彼以外が到達していなかったからだろう。ようやく、自分と同じような素材に出会えた。
たった数時間の修練で、勇浪の実力は以前の数十倍の強さを引き出した。今のロイがぶつかれば勝つ事は難しいだろう。
「どれワシももう一度、やってみるかの。勇浪、頭をこっちに向けるんじゃ」
「ぎゅうううぅぅ」
「な、なんじゃ?」
琥珀が勇浪の頭を撫でようとすると、彼は噛み付いてきた。まったく躾ができていない犬であった。
「ぎゃーーー!私の手を噛むなーー!」
「ぎゃうぎゃう!」
「食いちぎるな!食いちぎったらどーしてくれるんじゃい!?」
勇浪にとっては、琥珀のことが相当嫌いなのだろう。頭の悪さがそれを象徴しているのかもしれない。
ダーリヤは勇浪がまだ言葉を理解できず、自分の中にある感情をコントロールできないことも含めて琥珀に言葉を突きつける。
「琥珀博士のアンリマンユが、勇浪の故郷である異世界を潰したからだろうな。そのことに対する怒り、苦しみをどこにぶつけるか迷っているのだろう」
「納得がいかん!お主だって、潰す手助けをしてただろう!」
「デカさの仇じゃないか?」
ダーリヤの方が強い。
しかし、強さというのは引鉄には関係ない。アンリマンユという巨大な兵器が全てを潰したと、勇浪には映っていたのだ。
自分の好きだった光景が、アンリマンユによって潰れ、それを操る琥珀博士を憎む。憎しみを感じる模範のような精神の動き。勇浪の良いところであり、悪いところであろう。
なんとか琥珀博士の手が喰い千切れる前に、ダーリヤが優しく勇浪を離してあげる。
「もうお主には近寄らんわ!」
「きききっ!きいぃっ!」
琥珀博士と勇浪の仲までは修繕できなかった。これはもうどうしようもないほど、相性が悪すぎだ。
新しい仲間を手にして、ダーリヤは琥珀博士に尋ねる。それは自分がそうするのであって、決して琥珀がついてこないからだ。
「琥珀博士。私はしばらく、勇浪を教育していきたい。お前と勇浪の仲を見る限り、無理に協力して欲しいなどとは思ってはない」
「しばらく別行動か」
ダーリヤから提案された一時的な別行動。元々、仲間意識は低い2人だった。そして、互いに実力を知っていて信頼している。一人になって、死ぬことはないだろう。
「丁度良かったわい。欲していた資源があるんじゃい」
ただ闇雲に異世界を破壊し回っていたわけではない。捜していた異世界が琥珀にもあった。とはいえ、その異世界は崩壊していた。
「"アルテマ鉱石"という貴重な資源が欲しいんじゃ。より巨大なアンリマンユを造り、動かすにはもっと、もっと、もっと」
異質やろ、このデカイことに対する感情。
「もっともっともっともっともっともっともっともっともっと!!巨大な力がいるんじゃああぁぁぁっ!!」
頭に血が昇る。駆け抜けるホルモン。イメージを広げるだけで勃起していく。
「というわけで!ワシは、"アルテマ鉱石"という物を取って来るわい」
「資源ごとアッサリと踏み潰すなよ」
「なーに、それが製造されておる異世界は知っておるし、技術者の一族も知っておるんじゃ。つまり、会うだけじゃ」
輸入輸出がストップしている状況。貴重な資源ならなおさら入手するのは困難。ダーリヤ達は春藍達と違って、自由自在に異世界を移動できる手段を持たない。つまり、彼等がやることは全てにおいて強行的な手段。
アンリマンユの巨大さを活かした破壊力で、強引に隣の異世界を抉じ開けること。
「ひゃはははははは!!アンリマンユよ!!出撃じゃーー!邪魔するものは足で踏み潰して構わん!!」
『了解シマシタ』
唐突に始まる、戦争以下。下々共への蹂躙。アンリマンユと琥珀博士の侵攻の目的は障害を阻むから、物理的に壊したという。あまりにも理不尽過ぎるもの。目的のためならば残忍な判断すら、正常と思える頭脳。
頭は良いのだろうが、性格はとにかく悪いという一例。
「墓穴を掘るなよ、琥珀博士」
確かに優れているが性格に難がある。それを理解しているダーリヤ。
遊んでいるのはあんたの方が多いだろう。
◇ ◇
「クシュン!」
「どうしたの?山羊波さん」
「いえ、誰かが恋の噂でもしてるのかしらね?突然、くしゃみだなんて」
いや、あんた。標的にされているよ。
「まったく、私が美人だからよねー。罪なことですわ~。ねぇ、レモンちゃん」
「……そうですか?」
「あら?なんなの?その短い、間と?マークは……。即答しなさいよ」
情報を第一に考えている藺兆紗が率いる、"占有"は今、一つの異世界を支配しようしていた。藺兆紗の洗脳術、レモンの言語能力による感情操作、山羊波の"五月病"による思考能力の単調化。
組み合わさることで、暴力とは違った手段による支配と実行をみせる。
「なにやら嫌な予感がします」
標的ではないが、確かな情報がなくても直感がまたもたらす。
「近く戦争が起きそうですね」
藺兆紗が力と人を蓄えるのも、不意なことに対する手段のため。力なき者が崩れていく時代の中で生きる為。
"占有"、藺兆紗達 と 琥珀博士+アンリマンユの激突は迫っていた。
しかし、双方共に"いつ"と"どこ"かを理解できていない。