助かるとは……なに?
この鬼畜な発想。
薄々は感じていたんじゃないか?アレク。
全員に報せなかったのは正解だろう。伏せるべき真実はあるもんだ。言葉の使い方が上手い。
「……………」
『どうしたんだ?』
「人間はそーゆうものなんだ。偶然なんだ」
『?』
「いや、"私は知らなかった"にしておこう」
『なんだそりゃ』
作業員に犠牲者が出る事は分かっていた。だから、逃げ出す確率が低く、このフォーワールドを守りたい自国民を危険なポイントに置いた。
そして、"一刀必滅"を用いてやりたかった真意はむしろこれだな。
ドゴオオォォッ
【くっ、なんて強い奴だ】
【攻撃しても瞬く間に再生する!】
【あの刀に触れれば全てが消え失せる!】
クォルヴァに襲い掛かる魔物達も気付いていない。
地面ばかりを掘り進めるクォルヴァの意図。単に水の勢いを削ぐためだけじゃない。アレクは想像以上に水の量が多い事を感じ取っていた。まともにフォーワールドに呼び込んでしまったら、全てが水没してしまう。
バギイイィィッ
ようやく辿り着いた場所。最地低。"一刀必滅"が破壊したのは土地だけじゃなくなった。壊してはいけない領域まで来てしまった。
「若、一気に落下するぞ」
『は?どーゆうことだ?』
クォルヴァの言葉の意味が分かった時。若は恐ろしく思えた。全部を考えているのはアレク。実行したのは自分とクォルヴァ。分かっていてやっていると思ったら、かなり心にグサッと来た。
だって、しょうがないだろ?じゃねぇんだ!こうするしかねぇんだ!
バギイイィィッ
"一刀必滅"は判別などつけない。所詮は刀であり、一つの物だ。
土地のその下にある存在と言えば、……
「フォーワールドとは違う異世界だ」
自分達が急に水害にあったのと同じ。クォルヴァと若が落下する姿を捉えられた人間なんて1人もいなかっただろう。みんな、突然空から降ってくる大量の水にあっけにとられて、恐怖を感じるよりも死に辿り着いた。
ゴオオオォォォォォッ
風呂一杯に入ったお湯。抑えていた栓を外す。
それが、あまりにも規模が大きくなって起こったと思えばイメージしやすい。あまりにも巨大過ぎる渦巻きが起こる。
「なんだ!?」
「水が一気に引いていくぞ!!」
この唐突な異常現象に驚く者達は多くいた。しかし、この異常で感じることはただ一つ。
「助かったんだ!!」
「アレクさんと、クォルヴァ管理人がやってくれたんだ!!」
「やった!守ったんだ!!」
痛烈かつ幸福を浴びる。命を守りきったというほっとした気持ち。異常現象など、頭の中から消え去るほどの至福。
幸福とは助かった。その今の真意を深くは見れない。人はそれだけ混乱していた。
「やったみてぇだな。クォルヴァ」
なんとか時間稼ぎはできた。やっぱり、想像以上の水量。多くの異世界を飲み込んできたという読みは当たっていたな。
フォーワールドだけじゃ収まりきれない水。ダムや海のどうのこうのじゃ済まないレベルだった。
「……………」
しゃーねぇよな。悪く思うなよ。俺達も俺達で生き残るためなんだよ。生きた奴の選択だ。
アレクが陳謝する。この周りの喜び方は助かったということだけ。あんた等が死んだことは……
ドーーーーンッ
「アレク!助けろーー!」
「!……若……か?」
一心同体を解除して若だけが、"ディスカバリーM"を用いてフォーワールドに帰ってきた。その表情は嬉しいのか、怖いのか。五分と五分といったところ。
無理もない。
ビギイィッ
「ああー、すみませんね~~」
アレクの指示は命を大切にしろである。こーいった作戦になったのを理解した上で、最良の選択をとる。クォルヴァは水が全てを飲み込む前に術を放った。
「驚かしちゃってホントに。大丈夫ですよ。私が能力を解かない限りはこのままです」
「いや、あの………」
「な、なんで水が空から降ってきて……」
「止まっているんですか……?」
クォルヴァの両手が水に浸かっている。まるで握っているような、止め方。
『不動』
「これを使えば私が本当に動けないので。丁度良い、貯水槽ができてから使うつもりでした。言い方が悪かったですかね?」
クォルヴァは若との一心同体を解き、ザクロ水との一心同体を行なった。物質に融合する事で、コントロールすることができるのである。
しかも、身体との直接的な連携であるため、膨大に増えたザクロ水全てをコントロールできていると言っても良いのだ!
「ともかく、脱出をお願いします。荷物も置いて、フォーワールドに向かってください。早くアレクくんと若くんは来てくれない?魔物に襲われたら一溜まりもないし」
いかに能力が優れていても"魔術"における基礎である、魔力が高くなければ活きることはない。異世界をいくつも飲み込んでしまう水をコントロールできる能力に、可能にしてみせる絶対的な基礎がクォルヴァに存在している。
どんなことにおいても、絶対の力には絶対の根幹がある。巨大な樹木に、巨大な根があり、しっかりとした土地と環境があるように。
研ぎ澄まされ、限界や頂点まで上りつめれば、どこも同じような光景が広がる。
基礎において完成はないが、基礎という土台が出来上がったからこそ、本来の能力が活きる。たったそれだけ。
「まったく、これで少しは一件落着かな?」
フォーワールドの真下に位置する、異世界に水を流し込んでなんとか守りきった。守るという言葉が正しいのか?
別の異世界が身代わりになった感じがするが、防衛というのは難しい。備えをしていても、想定という範囲は常識などで留まってしまう。予想不能の中でできうる限りの最善は、いかに最小の被害を食い止める思案と目の前に対することに集中できる行動力。後先を考えていればアレクはこのような作戦を立てないだろう。クォルヴァもまた、行動に出なかっただろう。
別の犠牲を生み出して、生き残った。全てを救えるという最悪手を素早く捨てること。
「………………」
未来はまた今度見る。
「………………」
現実と直面し続ければ、未来が勝手にやってくる。
誰だって現実があって辛いこと、悲しいこと。感じる度合いに精神が揺らぐ。
「遅すぎだ」
異世界からの移民達の引き入れをしている間。ヒュールからの連絡が入り、春藍達とロイ達が帰還した情報が入って来た。ようやく、一息つけそうな状況になってきた。
「アレクくん!そろそろ、水を流し込んでも大丈夫かい!?」
「ああ!住んでいた連中には悪いけどな。仕方ねぇ」
多くの命は助かった。しかし、命以外は消え失せる水が飲み込んだ。クォルヴァが能力を解除し、全ての水が勢いよく流れ込む。激流となって全てを削り、流し込む。流れ着く先などなく。
「…………………」
未来を観て来た。まだ幼き少女は、
「生き残ったが、どうやって説明するか?」
「難しいことだね。仕方ないじゃ済まないが、これしか選択がとれない」
最後の管理人であるクォルヴァと、フォーワールドを纏めているアレク・サンドリューを影から確認していた。
最善に、全てが報われるとは限らない。
「ん?」
「!……?」
アレクとクォルヴァが何者かの視線を感じ取り、そちらへ向くも……。"現在には誰もそこにいなかった"
幽霊という類よりも悪辣な存在であることに気付けたのは大分先になる。
2人の強者でもわずかでしか感じ取れない気配。瞬間に、
「気のせいか?」
「お互い疲れてるってことだよ」
誰かの存在があったことを忘れる。それほどの存在。
人類はまだ感じ取れていない。
「ユ・ル・サ・ナ・イ」
歪み切った人間はあまりにも極端な形で生まれ、成長して行く事。
"少女がまだ少女であること"
その名をまだ知らない事。
「私は誰も捨てない」
少女の名前は、バードレイ。
自分の異世界を捨てて、フォーワールドに流れ着いたまだ小さな魔王である。